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クマヤ
沖縄の最北端の有人島である、伊平屋島にクマヤ洞窟
があります。
クマヤ周辺
クマヤ洞窟がある岩
クマヤとは、隠れるという意味合いをもった言葉です。。
古からの伝説で、神がこの穴に籠もっていたのでクマヤ
と呼ばれているといいます。
伊平屋地方二島と伊是名地方五島を合わせて「伊平屋
の七離れ」と呼ばれました。
また中国の冊封使が葉壁山と呼び、金箔の書掛軸を与
えた処でもあります。
この伊平屋の七離れは琉球史、日本神話にかかわりの
深い島です。。
琉球史においては、琉球七王統のうち第一尚氏王統の
祖先が伊平屋島に住み、第二尚氏王統の始祖の尚圓
王は伊是名島に生まれ、二王統の発祥の島とされてい
ます。
日本神話においては、神武天皇のご生誕の島であり、
また天照大神が岩戸に隠れた場所とされています。
『(初代の)神武天皇は琉球のゑへやしまに御誕生あそ
ばされたり』という学説を説いたのは、江戸時代中期の
国学者で考古学の方面で活躍した、藤貞幹 先生<享保
17年(1732年) - 寛政9年(1797年)>です。。
藤 貞幹は、その著書“衝口発”で「天の岩戸はこの籠穴
である」と発表しました。
その後、国学者の本居宣長らが憤慨して、「紺狂人」を
発表し反論。それ以来日本考古学者が来島し研究して
きました。
クマヤ入口
洞内は、戦時中弾薬庫にも利用されました。
中央には屋根付きの祭壇がありますが、クマヤ洞窟に
あった信仰の対象は、元々小さな石。
しかし、昭和56、57年頃にいつの間にかこの祭壇が
建てられ、伊平屋村は何度も新聞で撤去を求めたが、
建てた者または団体、現在も名乗り出ていないという事
です。この鳥居、祭壇の形は日本式ですので、琉球本
来の信仰とは全く異なったものです。
※伊平屋出身者に伺った処、現在は鳥居をはじめ元々関係のない物は撤去されていると言う事いです。(2015年7月追記)
昭和43年6月(1968年)、東京都の神代神楽山本崇司宮司ら30名が来島して、天の岩戸開きの神事を挙行する。 天照大神はここに隠れたと言われているけど、実際は
どうなんでしょう?。。。
天鈿女命(アマノウズメ)が裸踊りをして、岩戸を開けた
とされています・・・・。。と言う事は、
アマテラスの女神様もやっぱり。。
女性が好きな女性だったのかも?
ニャハハ。。。
神武天皇が本当に伊平屋で生まれたのか?
もしも、本当だとしたら・・・・
神日本磐余彦尊
日本の神話、発祥地が大きく変わることになりますね。
日本が軍国主義へと進む中で、皇民化(日本化・同化)
教育を徹底された沖縄ですが。。
日本神話にある神聖な場所が化外の地(統治の及ばな
い場所)である、“外地沖縄”にあるのは非常にまずい
事。日本政府は徹底してこの学説、思想弾圧をしたと
言われています。
しかし、真偽の程は、神日本磐余彦尊(かむやまといわ
れひこのみこと)を産んだ玉依姫尊に聞いてみるしか分
からないかもめ?
桃香苺ミルクo(^-^)o
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伊平屋伊是名諸島
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