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「うどん十字軍」。なんだか最近普通にブログに載せているが、元はと言えば拠点長のMさんがそろそろ転勤になるだろうから、お別れの“うどん巡り”をしようということから始まった企画である。そのMさんは予想通り4月から東京に転勤になった。異動が決まってからのMさんは命を削るかのように連日うどん巡りを敢行し、まさに「讃岐を心に焼き付ける」かの様な半月だった。 さて4月に入り、休日になるとMさんからメールが入る。それは東京で「さぬきうどん巡り」をしていて そのレポートを送ってくるのであった。GW中も何の脈絡もなくメールが入ってくる(笑)のである。 件名は「うどん十字軍東京支局」(笑) そんなの作った覚えね〜ぞ!(爆笑) そんなMさんのメールをそのまま紹介。 4月26日 件名:うどん 「うどんが恋しくて、電話帳でやっと見つけた店です。日野市まできて“かけ”を食べてみましたが、麺は本場にはかないません。でも混んでます!」 5月4日 件名:うどん十字軍東京支局より 「元巨人の條辺の店に来てます。條辺が目の前でうどんを打っています。暖簾は長嶋監督が左手で書いたとのこと」 隊長からの返信 5月5日 件名:有難うございます 「Mさんすごいね〜!レポート有難うございます。先日の日野といい、すごいね!さぬきうどんフリークぶりが」 5月5日 件名:追伸 「もう少し細かい感想くださいよ。ブログに載せるから」 Mさんから再返信 5月5日 件名:おはようございます 「うどん生活から離れてしまうと、時々やたら食べたくなってしまいますよ。『條辺』は、だいちゅけ○長が高松に来たばかりの頃のことを思い出したのがきっかけです。場所は東上線上福岡駅から徒歩3分の商店街。オレンジの暖簾をくぐると、モデル級の美人(多分條辺の奥様)がカウンター越しに注文をとっています。そのすぐ後ろに巨体がうどんを茹でていて、顔を見ると條辺。麺は柔らか目で出汁は薄味。客も店の中で並んでいるので、結構流行ってます!」 隊長から再返信 5月5日 件名:なし 「東京支局のレポートありがとうございます。四国はうどんのおかげで激混です。日本中のナンバーが集まってます」 Mさんから 5月5日 件名:なし 「中西で修行したらしいですね。麺は中西より柔らかです。暖簾の色は巨人と同じエンジ色でした。すみません」 Mさんって、暖簾の色の間違いを謝っちゃうくらい律儀な人で、メールが一つ一つ笑えちゃうんだよな。 もうMさんと別れて一ヶ月経つんだな〜早いな〜。 隊長から 5月5日 件名:なし 「うどんが、中西のうどんに似てますね。さすが弟子のうどん!」 條辺剛(じょうべつよし)1981年阿南出身。 阿南工業高校から1999年のドラフト5位で巨人に入団。2000年の最終戦には一軍で初登板初先発も経験。巨人の高卒ルーキーが先発で起用されたのは1966年の堀内恒夫以来2人目。 2001年はロングリリーフなど中継ぎで活躍7勝6セーブを挙げる。 2002年は中継ぎに専念しまずますの成績を残し日本一に貢献する。前半の疲れからストレートの速度が落ち気味でフォークに頼る投球が目立つようになる。 2003年過去2年の酷使と故障もあり低迷。 2005年戦力外通告を受ける。トライアウトを受験したが獲得球団はなく24歳の若さで引退。 引退後同郷の先輩のプロ野球解説者の水野雄二から「宮崎県内にある製麺所で働いてみないか」と声をかけられたのがきっかけで飲食業の世界に入る。2006年2月に宮崎へ行きそこでうどん作りの魅力を感じ独立開業という目標を持つ。その後「うどん経営のノウハウを学びたい」と讃岐うどんの本場香川県で修行先を探し、高松市で創業60年と伝統のあるうどん屋「うどんのなかにし」で働きながら修行。 2007年に入籍。2008年4月14日、妻の実家が近く富士見市に隣接するふじみ野市の上福岡近くにうどんを開店した。 〜Wikipediaより〜 ついでにネットで他の人のインプレッションを覗いてみたが、皆さん好意的な文章が多い!頑張ってほしいものである。そして本家の「中西」・・・。土曜の朝などはお世話になってるし、本部から偉い人が来て空港までお送りする時には「中西」を利用する。テボも自分で振れるし、県外の人は大喜び。当然味も美味しいし、珍しく薬味が白ネギだ。 Mさんを正式に「うどん十字軍東京支局長」に任命したいと思う(笑)。さらに東京近郊で美味しいさぬきうどんをリサーチしてほしい!ボクはしばらくは本場で“うどんに抱かれる”よ! <お店紹介>
「條辺」 埼玉県ふじみ野市上福岡1−7−9 営業時間 7:00〜15:00 中西同様早い! 火曜日定休 祝日の場合は翌日休 |
その他
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ブログを大分ご無沙汰してしまいました・・・。 |
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1月の三連休の話だが、三連休の初日は休日出勤でボーっと仕事をしていると一本の電話が入った。「○長〜明日なんやけど、支店長予定空いてないんかな?」とウチの重鎮の従業員Sさんの声。「えーあいてるんじゃないかな?なに?」と聞くと「連歌の会に出てくれへん?」との返事。なんでも芥川賞作家の高城修三(たきしゅうぞう)さんが中心でやっている“連歌の会”の新春歌始めがあるのだが、本来出るべき地元の有識者が体調を崩し参加出来なくなったので、代役で出席できないかということだった。「いやーご自宅には帰らないとは言ってたけど連歌の会だろ〜?一応聞いてみるけど」と答えた。三連休の最終日はボクもボスも社内旅行で北海道に行くことになってたし、いくら単身赴任のボスとは言え可哀想だなと思いながら電話してみた。 |
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初めての四国での正月、2日は前の記事の通りうどん2軒で“うどん人”の面目躍如。さて3日、長男・次男がいないこの休みをどう過ごすかと思案したところ、「しまなみ海道」を通って妻の青春時代を過ごした福山へ行ってみようということになった。妻の父親は転勤族で、静岡県で生まれ、茨城、大阪、広島は福山、そして千葉県市川に引っ越したということで、福山では小学校から高校一年までを過ごしたとのこと。 |
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みなさん!あけましておめでとうございます!昨年はいろいろコメントありがとうございました。今年も美味しいさぬきうどんとの出会いを勝手にレポートしちゃいます。宜しくお願いいたします。 |



