その他

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

「うどん十字軍」。なんだか最近普通にブログに載せているが、元はと言えば拠点長のMさんがそろそろ転勤になるだろうから、お別れの“うどん巡り”をしようということから始まった企画である。そのMさんは予想通り4月から東京に転勤になった。異動が決まってからのMさんは命を削るかのように連日うどん巡りを敢行し、まさに「讃岐を心に焼き付ける」かの様な半月だった。

さて4月に入り、休日になるとMさんからメールが入る。それは東京で「さぬきうどん巡り」をしていて
そのレポートを送ってくるのであった。GW中も何の脈絡もなくメールが入ってくる(笑)のである。

件名は「うどん十字軍東京支局」(笑)

そんなの作った覚えね〜ぞ!(爆笑)

そんなMさんのメールをそのまま紹介。

4月26日 件名:うどん 「うどんが恋しくて、電話帳でやっと見つけた店です。日野市まできて“かけ”を食べてみましたが、麺は本場にはかないません。でも混んでます!」

イメージ 1

5月4日 件名:うどん十字軍東京支局より 「元巨人の條辺の店に来てます。條辺が目の前でうどんを打っています。暖簾は長嶋監督が左手で書いたとのこと」

イメージ 2

隊長からの返信

5月5日 件名:有難うございます 「Mさんすごいね〜!レポート有難うございます。先日の日野といい、すごいね!さぬきうどんフリークぶりが」

5月5日 件名:追伸 「もう少し細かい感想くださいよ。ブログに載せるから」

Mさんから再返信

5月5日 件名:おはようございます 「うどん生活から離れてしまうと、時々やたら食べたくなってしまいますよ。『條辺』は、だいちゅけ○長が高松に来たばかりの頃のことを思い出したのがきっかけです。場所は東上線上福岡駅から徒歩3分の商店街。オレンジの暖簾をくぐると、モデル級の美人(多分條辺の奥様)がカウンター越しに注文をとっています。そのすぐ後ろに巨体がうどんを茹でていて、顔を見ると條辺。麺は柔らか目で出汁は薄味。客も店の中で並んでいるので、結構流行ってます!」

隊長から再返信
 
5月5日 件名:なし 「東京支局のレポートありがとうございます。四国はうどんのおかげで激混です。日本中のナンバーが集まってます」

Mさんから 

5月5日 件名:なし 「中西で修行したらしいですね。麺は中西より柔らかです。暖簾の色は巨人と同じエンジ色でした。すみません」

イメージ 3

Mさんって、暖簾の色の間違いを謝っちゃうくらい律儀な人で、メールが一つ一つ笑えちゃうんだよな。
もうMさんと別れて一ヶ月経つんだな〜早いな〜。

隊長から

5月5日 件名:なし 「うどんが、中西のうどんに似てますね。さすが弟子のうどん!」


條辺剛(じょうべつよし)1981年阿南出身。
阿南工業高校から1999年のドラフト5位で巨人に入団。2000年の最終戦には一軍で初登板初先発も経験。巨人の高卒ルーキーが先発で起用されたのは1966年の堀内恒夫以来2人目。
2001年はロングリリーフなど中継ぎで活躍7勝6セーブを挙げる。
2002年は中継ぎに専念しまずますの成績を残し日本一に貢献する。前半の疲れからストレートの速度が落ち気味でフォークに頼る投球が目立つようになる。
2003年過去2年の酷使と故障もあり低迷。
2005年戦力外通告を受ける。トライアウトを受験したが獲得球団はなく24歳の若さで引退。

引退後同郷の先輩のプロ野球解説者の水野雄二から「宮崎県内にある製麺所で働いてみないか」と声をかけられたのがきっかけで飲食業の世界に入る。2006年2月に宮崎へ行きそこでうどん作りの魅力を感じ独立開業という目標を持つ。その後「うどん経営のノウハウを学びたい」と讃岐うどんの本場香川県で修行先を探し、高松市で創業60年と伝統のあるうどん屋「うどんのなかにし」で働きながら修行。

2007年に入籍。2008年4月14日、妻の実家が近く富士見市に隣接するふじみ野市の上福岡近くにうどんを開店した。 〜Wikipediaより〜

ついでにネットで他の人のインプレッションを覗いてみたが、皆さん好意的な文章が多い!頑張ってほしいものである。そして本家の「中西」・・・。土曜の朝などはお世話になってるし、本部から偉い人が来て空港までお送りする時には「中西」を利用する。テボも自分で振れるし、県外の人は大喜び。当然味も美味しいし、珍しく薬味が白ネギだ。

イメージ 4

Mさんを正式に「うどん十字軍東京支局長」に任命したいと思う(笑)。さらに東京近郊で美味しいさぬきうどんをリサーチしてほしい!ボクはしばらくは本場で“うどんに抱かれる”よ!

<お店紹介>
「條辺」 埼玉県ふじみ野市上福岡1−7−9
営業時間 7:00〜15:00 中西同様早い!
火曜日定休 祝日の場合は翌日休
            

開く トラックバック(2)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

ブログを大分ご無沙汰してしまいました・・・。

ボクもなんとか勤続15年・・・。今まで自分には関係の無いという「リフレッシュ休暇」(連続三日間)なるものを頂いた。新年度が始まり自分の立場上、休暇を取っている場合ではないのだけれど、ボスが休暇取得を勧めてくれて、2日(木)〜3日(金)の二日間休ませて頂いた。土日もくっつけて4日の休暇が頂けたということで、子供達の春休みに合わせて我が家は念願の“九州旅行”に出かけた。

このブログは“さぬきうどん”に特化したブログなので他の食べ物には行を割けない。が・・・。結構麺類を食べたのでちょっと紹介。

2日は高松道、松山道を通って八幡浜へ。ここから大分県は臼杵までフェリーに乗るのだが、120km巡航で頑張ったので、フェリーの1時間前に到着することが出来、お昼は八幡浜の“ちゃんぽん”にありつけることになった。八幡浜は“ちゃんぽん”を観光の目玉に置いていて、実は隠れた“ちゃんぽん”王国。「うどん遍路」ならぬ「八幡浜ちゃんぽんバイブル」なるものが880円で販売されている。

この日は八幡浜の商店街の中にある「丸山」。美味かった!白湯スープではなく、昆布と鰹出汁のスープで色は黒っぽい。長崎のちゃんぽんとは趣を異にしている。

そしてフェリーで約2時間、臼杵に上陸し、陸路別府へ車を走らせ、“地獄めぐり”に興じた。この日は由布院の我が社の寮に宿泊、平日ともあって大きな寮にボクら家族だけ・・・。夜は由布院の街に出て温泉に入った。

3日は大分道と長崎道を走りぬけ「ハウステンボス」に出かけた。TDLに慣れている生意気息子達は、オランダの町並みには全く興味がなく、終始ローテンション・・・。親はめちゃめちゃエンジョイしているのにね。この日は園内の「ホテルアムステルダム」に宿泊した。

さて4日。一般道で大村湾沿いの国道を南下し、長崎市内へ。お決まりの大浦天主堂とグラバー園を見学した。勿論子供達のテンションは上がらず・・・。

グラバー園下のお土産物屋街のカステラ屋でお土産を買い込んだのだが、ここの店の店員が「どこからいらしたんですか?」というので、「香川から・・・」と言うと、うどんで話に食い込んできた。香川県人は皆んなうどんに詳しいと思っているんだろうか(笑)?「以前『山越』に並びましたよ〜」と言う店員さんに、「そーですね〜」とボクは苦笑い。話は止まらず「宮武」「なかむら」「山内」とAAA級の店の名前がドンドン出てくる。挙句の果てには「どっかお薦めの店ありますか?」と聞かれたので(笑)、
ボクは「庵治の『山』かな?」と答えて置いた(笑)。でも凄く喜んでいてその場で携帯にメモを入れていた。うーん「香川=うどん」の方程式は全国で確立されているみたいだ・・・。

お昼は新地中華街の玄武門近くの「会楽園(かいらくえん)」で、“ちゃんぽん”と“皿うどん”を食べた。びっくりしたのは“皿うどん用ソース”でこれが皿うどんに合う合う!ガンガン食べてしまった。その後、平和公園を見学し、一路福岡へ・・・。

夕方福岡に入り、大濠公園近くの宿に車と荷物を置き、ホークスタウンへ出かけた。ヤフードームの周りを散策して、市バスにて天神へ行き、散歩も兼ねて中洲方面に歩き、キャナルシティーで夕食を食べた。

さて5日・・・。朝食は念願の“博多らーめん”ということで24時間営業の「元祖長浜屋」に行った。ここでびっくりしたのは、“朝うどん”ならぬ“朝ラーメン”が博多では成立していたことだ。朝8時半と言うのに、店は超満員!皆んな馴れた感じでラーメンを新聞を読みながら食べている。ある人はいきなり店員のオバサンに日本酒をコップに注いでもらっていた(笑)。この博多ラーメンは絶品で、朝から子供達のラーメンを横取りしてしまった(笑)。東京や高松でも“博多らーめん”ってあるけど、表面上は味が似ているけど、コクや深みは全く違って、本場の味には全然かなわないと思う。こんなうまい“博多らーめん”は始めてかも・・・。替え玉すればよかった・・・。

食後に朝一のヤフードームの見学ツアーに参加し、試合前の選手達を間近に見て、ロッテファンの我が家も大満足!時間は11:30。ここから一路ETC効果を存分に使うべく、福岡〜高松までの500kmを走りぬけた(マジ疲れた・・・・)。でも高速料金は2,000円!ホントびっくりだわ!

さてこのブログは“さぬきうどん”のブログということで、最後は“さぬきうどん”で締めくくらなければ・・・。この1年、四日もうどんを食べない日は一度もなくて、うどん中毒のボクは幻覚症状が出るまでになった(笑)。17:00に我が家に帰り着き、合計1,300kmを駆け抜けた愛車を洗車して、お腹を空かせた。「夕飯はうどんだな!」とボクが一声かけると、うどん人(うどんちゅ)の妻子は「さんせーい!」と言うことになった。夕食の時間にやってる店はというと・・・「うどん棒」?「山田家」?うーん。

「『キリン』なら19:00までやってるよ」という妻の一声に、ボクは過敏に反応した。そうだ!讃岐の日常を取り戻すには「うどん棒」や「山田家」みたいな“よそ行きな店”じゃダメだ!まさに平本店系列の“ジャンキーなうどん屋”じゃなきゃ日常は取り戻せないと、勇んで「キリン」に出掛けた。閉店間際だったため、だだっ広い倉庫を改造した店内に一組しかいない。我が家はホント“我が家の味”を取り戻すべくハイテンションでうどんを注文し、ハイテンションにサイドメニューを取り捲った(笑)。ささみカツ二枚、メンチカツ、ちくわ天、コロッケ・・・。そしてボクは“ぶっかけ大”!

“水担当”の長男がテーブルに戻る前にボクはむさぼるように“ぶっかけ”を吸いあげていて、「と〜たん、もう我慢できないみたいよ・・・」と妻が呆れた顔で子供に説明をしている。閉店時間間際でガラ空きと言うこともあって、麺は瀕死の状態だったが、うどんの禁断症状に冒されているボクは「そんなコシなんてカンケーねえ!」と、“ナイアガラ食い”でうどんを吸い上げる。見る見るうちに“大”は腹の中。食べ終わった時は、子供が食べ始めた時だった(笑)。

「後悔しないほうがいいよ・・・」と妻が気を利かせて、もう一杯食べたら?を促してくれたので、迷わず、レジに並び(笑)、「“かけ小”!」と絶叫していた。

4日のリフレッシュ休暇の顛末は以上の通り・・・。やっぱ“うどん人(うどんちゅ)”はうどんの国でしか生きられないのか!?

<お店紹介>
「キリン」ウチの近く!
営業時間 土日が19:00までとなりました(前は20:00までだったけど)。
定休:知らん!?

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

1月の三連休の話だが、三連休の初日は休日出勤でボーっと仕事をしていると一本の電話が入った。「○長〜明日なんやけど、支店長予定空いてないんかな?」とウチの重鎮の従業員Sさんの声。「えーあいてるんじゃないかな?なに?」と聞くと「連歌の会に出てくれへん?」との返事。なんでも芥川賞作家の高城修三(たきしゅうぞう)さんが中心でやっている“連歌の会”の新春歌始めがあるのだが、本来出るべき地元の有識者が体調を崩し参加出来なくなったので、代役で出席できないかということだった。「いやーご自宅には帰らないとは言ってたけど連歌の会だろ〜?一応聞いてみるけど」と答えた。三連休の最終日はボクもボスも社内旅行で北海道に行くことになってたし、いくら単身赴任のボスとは言え可哀想だなと思いながら電話してみた。

電話口で「連歌?歌やろ?おれ心得ないで・・・」とボス。「もしアレでしたら私が出ましょうか?」とボク。「でも○長は家族サービスした方がええよ〜」とボスのお気遣い。いや本当に優しい上司だな〜と思いつつ「そーですか?じゃSさんに参加可っていっときます」と電話を切った。その後Sさんに電話で返事。「支店長出てくれるって〜。詳細教えて〜」と言うと「○長も出てくれません?飲んでるだけでいいから・・・。支店長も気が楽やと思うんですわ」と・・・。じゃ結局ボクが出ればよかったじゃん!?

まあ「連歌」ってなんとなく興味あったし、どんな人が集まるんだろうと興味があったので、渋々ボクも出ることにした。

さて当日。飲んでてくれればいい(笑)という条件だったので、車はやめて琴電で高松駅近いホテルクレメントに出かけた。そして受付・・・。うおー大宴会場じゃん!?急にSさんが現れてボクとボスをいきなり高城修三さんに紹介してくれた。ボクらは何がなんだか分からず席に通され、ボスは主賓席で二人は別れ別れになった。なんだよー!一緒に来る必要なかったじゃん!?同じテーブルには元国会議員の奥様や、民主党の香川県第2句総支部長たまき雄一郎さん、そして地元企業の社長さんばかりで、うわー気疲れしちゃうなーって席だった。ボスの隣は民主党の小川淳也議員。なんだかボクは民主党を別段応援しているわけではないのだが、最近小川淳也議員や植松恵美子議員がそのSさんとのつながりで、我が社を訪問してくださり、談笑しているので、やたら身近になっているな・・・。

さて連歌の会だが加藤登紀子やEPOなどのバックでギターを弾いている告○???(忘れちゃいました!すみません)さんのギター演奏に始まり(今度料亭“二蝶”でライブをするらしい)、食事と「連歌の会」の活動報告、そして新春歌始めが始まった。連歌については恥をかかないように、即席でネットにて作法をチェックしていたのだが、参加の皆さんがやたら積極的で、ボクら素人が出る幕はなく、安心してお酒を飲むことが出来た。高城さんが演題の上で、参加者が詠む一句一句の解説や修正を加え、ボクはなる程なる程・・・と頷きっぱなし。そして京都の陶芸家の方の作品の新春くじ引き大会・・・。なんと一輪差しが当たってしまった・・・申し訳ない・・・。

さて次にお出ましは、年明けうどんでTVにも出演された「めりけんや」の諏訪社長・・・。もしかして、もしかして・・・?ボクは年明けは高知で迎えたのだが「ゆく年くる年」で善通寺で振舞われていた「年明けうどん」。新聞にも載っていた「年明けうどん」。年明けうどんの実行委員会の一人である「さぬき麺業」の香川社長には以前仕事でお会いしてご挨拶したのだが、諏訪社長にはびっくり!そしてこの場でその「年明けうどん」が食べられるの?

壇上のハッピ姿の諏訪社長が「どうぞみなさん噂の『年明けうどん』をご賞味ください」と言った瞬間、クレメントのお姉さん方が「年明けうどん」を個々人に運んできた。「うわー!マジ嬉しいっす!」とニコニコ顔のボクを見て、同じテーブルの奥様方は苦笑い・・・。「この人うどんなんか好きなのかしら?」といった目線だ。

そして目の前に紅白の「年明けうどん」が運ばれて来た。おー!見た目にもキレイだな!写真撮っていいのかな〜ともじもじしていると、同テーブルのたまき氏がカシャカシャ撮りだして場が和んだので、ボクもシャリーン!どんぶりの中には紅白の麺と寿のカマボコ。そして梅干と昆布で色合いをそろえている。麺は思ったより太くて、うどん人(うどんちゅ)のボクは一瞬で平らげてしまった。そして「うー!もう一杯食べたいな〜」と思っていると、奥様方が「ここのテーブルの人帰られたから、もう一杯どうぞ!」ってボクにお替りを勧めてくれた。

当然「そーっすか?じゃ!」と、もう一杯。奥様方も「若いっていいわねー!」的目線で、ボクのがっつきを注視していた。あー!連歌の会来て得したなー!と大満足。偶然って嬉しいね!思いがけす、善通寺や滝宮天満宮で並ばないと食べられない「年明けうどん」をいとも簡単に射止めてしまった。

いやー!運を使っちゃったなー!

イメージ 1

イメージ 2

初めての四国での正月、2日は前の記事の通りうどん2軒で“うどん人”の面目躍如。さて3日、長男・次男がいないこの休みをどう過ごすかと思案したところ、「しまなみ海道」を通って妻の青春時代を過ごした福山へ行ってみようということになった。妻の父親は転勤族で、静岡県で生まれ、茨城、大阪、広島は福山、そして千葉県市川に引っ越したということで、福山では小学校から高校一年までを過ごしたとのこと。

高松道から松山道へひた走り、今治から「しまなみ海道」へ、景色の見事さに目を奪われながら、島々を回ってみた。島はそれぞれ特色があり景色もそれぞれで、大いに楽しむことが出来た。そして夕方に尾道に入り、小学生の頃、尾道の景色に胸ときめかせた映画「転校生」に思いを馳せながら、古寺廻りを楽しんだ。三男を背負っての坂道は相当堪えたが、正月の食べすぎ解消にはもってこいと、北原佐和子の「マイボーイフレンド(転校生テーマ曲)」を口ずさみながら坂道を汗かきながら登る。千光寺から眺める尾道の港は、ホント絶景というか、絵になる景色で、こんなところに住んでいる人は幸せだなとしみじみ感じてしまった。

さて尾道から国道2号線を通り福山に入る。福山に近づく度に、妻の胸は高鳴る様で「あー懐かしい」とか「こんなビルなかった!」とか興奮を隠せない様子。そりゃそーだ福山を離れて約20年、一度も訪れていないということらしい・・・。予約していた最近出来たと言うオシャレ?なビジネスホテルに入るが、福山に?というような凄く今風(笑)のホテルで、展望スパはあるし、部屋もなんだか今風。それでも料金はビジネス価格で、ホテル業界の生き残りに向かっての熾烈なサービス競争を目の当たりにした。

しかし想像とは違って福山ってめちゃめちゃ大きかった。高松より都会だな(笑)・・・。

この日は妻が中学時代の友達と事前に約束をしており、そのお宅にお邪魔し夕飯を食べることになっていた。タクシーに乗って駅前すぐのこれまた豪勢なマンションに入った。ボクもいい夫を演じるべく普段の自分らしくない、爽やかな振る舞いに終始した。他にも友達が来ており夫が4人集まるも、ボクだけが初対面だったため、とにかく飲むしかなかった(笑)。その後、夫達だけでボーリングをしようと言うことになり、国道2号線沿いの「キャッスルボウル」なるボーリング場に出かけた。

そこで酔いと、日頃の運動不足で(笑)、なんと“最下位”になってしまい情けない姿で友人宅に戻った。なんでプレッシャーに弱いんだ!ボクは(笑)!

そんなこんなで気分ワルー!ってことで、ホテルに戻り部屋で飲みなおすことにしたのだが、つまみが全くないことに気付き、コンビニを探すべく一人国道2号線を歩きだしたのだった。歩けども歩けどもコンビニがなく「くっそー!戻るか・・・」とつぶやいた時に、見慣れた明かりがボクの視線を釘付けにするのであった。

23:00・・・。「はなまるうどん」は元気に開店していた。「うどん人(うどんちゅ)として、福山のうどん状況をリサーチしなければならないな・・・」と責任感に駆られ、こんな夜遅くに炭水化物はマズイだろと思いつつも、店内に足を踏み入れるのであった。

店内は時間も時間だったせいか、誰もいなーい。酔った体には冷たい“ぶっかけ”だなと、パートのオバちゃんに「“ぶっかけ小”冷たいので〜」と小粋に(笑)注文した。おばちゃんの手際を「うんうん・・・福山の『はなまるうどん』も頑張ってるね、さぬきうどんも全国に流布されているんだなあ・・・」と絵顔で見守っていたのだが、突然オバちゃんが「トレイ取ってくださいね〜」とボクに指図した。ななななにー!俺を誰とおもっとんじゃー!あーっ!?香川から来た“うどん人(うどんちゅ)”だぞ!こら!本州の「はなまるうどん」に指示されたくないわい!!って酔ってたせいか妙にプリプリしてしまった。

あったまくるわ・・・!と食べる“ぶっかけ”の味は良く覚えていない。“はなまる味”だったかな?まーいーや・・・。

そんなこんなでホテルまで戻る・・・。ちかくにポプラ(コンビニ)が見えた。なーんだとポプラにむかったが、ホテルの近くに福山の盛り場があるのを初めて知った。若人達がキャバクラの値引き交渉・・・。「おー若いのう・・・」とオジサンはホテルの部屋に帰って三男坊の寝顔を見ながらビール3缶・・・。

くっそ!「はなまるうどん」の癖に!酔っ払いはいけませんな。

<お店紹介>
特になし 国道2号線沿いの「はなまるうどん」

くまちんさん分かります?

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

みなさん!あけましておめでとうございます!昨年はいろいろコメントありがとうございました。今年も美味しいさぬきうどんとの出会いを勝手にレポートしちゃいます。宜しくお願いいたします。


さて年末から正月、四国王になるべく浦安や東京には帰ることはせずに両親が四国にやってきた!今年は高知にて正月を過ごそうと30日に高知道を通り土佐清水市に出かけた(し・・・渋い)。ここは今年のGWに行ったところで、泊まった旅館が何故か気に入ったので再度両親をこんな渋い所に連れて出かけたのである。昼は中土佐市にある「黒潮本陣」で鰹三昧、夜は旅館で鉢皿料理を堪能した。

31日は宇和島に行きたいという親父の突発的なわがままにより、宿毛、宇和島を経由して四万十川沿いを爆走し窪川に出ると言うなんともハードなドライブを敢行した。そして年越しは高知市内の「城西館」という老舗旅館で・・・。ここは夏休みに両親と泊まったのだが、母親が妙にお気に入りで、年越しは是非「城西館」でということになった。ちょっと我が家では手が出ない旅館なのだが、母親がスポンサーになってくれるということなので、喜び勇んで出かけることになった。夕食は豪華で、絶対に残すもんか!とビール、日本酒を片手に激しく食べた。紅白歌合戦を見ながらののんびり大晦日で心も体も癒されたが、体は・・・。ちょっと体重計が心配だ。

そして「明けましておめでとう」。そして「おやすみなさい」。

さて2009年がスタートした。朝から豪華バイキングを食べあさり“もう戻れない体”になりそうな満腹感と後悔の狭間に自分を追い込む。1日の夜、両親が東京に帰るのに合わせ長男と次男を東京に連れて行ってもらうことになっていたので、この日は早めに高松に戻って、飛行機に合わせて時間を過ごすことにした。旅館を出発し高知城を見物し「さーて香川にもどって善通寺でも行くか〜」と高速に乗ろうとしたところ事件は起こった・・・。

電光表示には「大豊〜川之江JCT間が雪で通行止め」の文字。なっなにぃー!?どうやって高松に帰るんじゃ!?焦って南国SAのインフォメーションでお姉さんに尋ねる「一般道だったら帰れます?」。すると「32号線はチェーン規制されてますが通れますよ」との返事。「・・・・・」。

チェーン!持ってない!

ややばいぞ!四国に雪なんて降らないと思ってなかったから、チェーンなんて持っていなかった。恐るべし四国、これじゃ王様失格だよ。時間は11:45・・・。飛行機は19:15・・・。間に合う。

室戸経由だ!と、咄嗟に判断した。そして同時にブログのお友達の“なはりんさん”を思い出し、奈半利で昼食食べようと決めた。国道32号を南下し、国道56号にぶち当たり、太平洋沿いに東へ爆走する。
南国インターを下りて丁度1時間、安芸、安田を越え奈半利にたどり着いた。“なはりんさん”のブログに出てた店を探そうと駅周辺をウロウロしたが、「そうか・・・今日は元旦か・・・」と気付く。そりゃそうだわ、元旦から普通店は営業してないよな。駅前のマルナカはやってたけど・・・。本当は奈半利から493号で室戸岬を周らずに東側の東洋町に抜けようと思ったのだが、「今日室戸岬行かなかったら、一生いかないかも・・・」という両親の発言により室戸を回ることになった。

実は8月の最後の土日にボクら家族は室戸に行っていた。わが社の○長Iさんと言う、色々ネットで調べてあちこち出かける人がいて、夏休みに室戸の民宿を見つけて行ってきたところ、料金は安いし、食事は美味しいし最高だったということを聞いた。「○長も行ってみてくださいよ!」と言う事でボクら家族は速攻出かけた。Iさんの言った通り、めちゃめちゃ夕飯が豪華で大満足だったが、民宿と言う事で隣部屋との壁がうすーい!この頃三男の夜泣きがひどくて、他の宿泊客(お遍路さんばかりだったが・・・)に迷惑をかけてしまい、それについては苦い思い出となったが・・・。

そしてこの日、その民宿「とさ」が元旦だというのに営業していたという奇跡に遭遇したのだった。当然昼食は「とさ」で・・・。でも「とさ」のおばちゃんもこんな元旦に「なんて奇特な家族?」と思った筈だ(笑)。わいわいがやがやと元旦ののんびりムードの「とさ」に喧騒をもたらし、そして注文。ボクは迷わず“天ぷらうどん”を注文した。当然さぬきうどんに揉まれているボクにとっては期待はずれに終わることは容易に想像できたが、今年一番のうどんはまず民宿「とさ」で食べるのも悪くないなという心一つにより“天ぷらうどん”を注文したのだった。

出てきたうどんは味は・・・。味はどうでもいい。室戸らしくカマボコが鯨型。かわいいー!天ぷらといってもブロッコリが揚げられていたり、天かすがのっているだけの天ぷらうどんで、さぬき人達が食べたら「ふふっ」っ鼻で笑いそうだけど、ここで今年のうどんをスタートすることが出来た偶然を大事にしよう。奈半利の訪問も偶然だし・・・。ことしも偶然や出会いを大事にしたいと思った。雪で通行止めにならなきゃこんなこともなかったし・・・。さあ2009年うどんシーズン開幕!

お会計。「8月に泊まりでお世話になりました・・・」「えー!ありがとうございます〜!」。

でも14:00に食べ終わってから運転地獄だった(笑)。室戸を周り、東洋町から徳島県に入り、宍喰、海部、牟岐、日和佐の薬王寺(徳島方面から超!渋滞!)、阿南と北上。そして徳島から高松道をぶっ飛ばし、高松空港に着いたのが18:45・・・。マジ正月から死んだ・・・。

そして両親と長男・次男は東京に飛び立った。

残された妻と三男とで、四国初「すき家」(笑)。でもカレー美味しかった(笑)。

さぬきうどんレポートではなくて済みません・・・。皆さん今年も宜しくお願いいたします!

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
だいちゅけ
だいちゅけ
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(11)
  • なおみん♪
  • なはりん
  • 星奈☆彡
  • 星亭あきひこ
  • *:.。*゜しのちきーた :.*.゜.。
  • しおしおしお
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事