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★ 藤原秀衡 ゆかりの地 熊野詣 五体王子
= 滝尻王子宮 (十郷神社) =
〇御歌
== おもひやる かものうはげ いかならむ しもさえわたる 山河の水 ==
住所 和歌山県田辺市中辺路町栗栖川1223
TEL 0739、64、0614
滝尻王子(たきじりおうじ)は和歌山県田辺市にある神社。九十九王子の一社で、五体王子のひとつに数えられる。
滝尻王子は、熊野の神域への入り口として古くから重んじられてきた。
滝尻王子は、富田川(岩田川)と石船川(いしぶりがわ)の合流する地点に位置し、「滝尻」の名も、2つの急流がぶつかりあって滝のように音高く流れたことに由来すると言う。
古来の参詣道を精確に推定することは困難だが、参詣者が初めて富田川に出会う稲葉根王子から滝尻王子まで、参詣者は何度となく、岩田川を徒渉しなければならず、一種の難所であった。
藤原定家は1201年(建仁元年)の『熊野道之間愚記』の10月13日の条で、この間の道中について、幾度も川を渡り山を越さなければならないと述べると同時に、紅葉が川面に映るさまを見事であると称えている。
滝尻王子に至った参詣者たちは、奉弊を行い、王子の目の前の流れに身を浸して垢離の儀礼を行った。
滝尻王子における垢離について、仁和寺蔵の『熊野縁起』には興味深い記述が見られる。すなわち、
滝尻で水浴する事は、右河は観音を念じて浴す、左河は薬師を念じて沐す。
とあり、右の川(岩田川)は観音菩薩の補陀落浄土から落ちてくる水であり、左の川(石船川)は薬師如来の浄瑠璃浄土から落ちてくる水であると念じて水浴せよ、と滝尻でとる垢離の意義を説いている。
中世熊野詣においては、しばしば里神楽や経供養が行われことが、1174年(承安4年)の藤原経房の参詣記『吉記』や『熊野道之間愚記』に見られる。
また、ときには後鳥羽院の参詣の際の様に歌会が開かれることもあった(『熊野道之間愚記』)
その歌会の参加者が自らの詠んだ歌を書き付けた懐紙を熊野懐紙(くまのかいし)が、30数葉現存し、そのうち11葉が、1200年(正治2年)12月6日の滝尻王子での歌会のものである。熊野懐紙は、当時の歌人に珍重され、都で高値で売買されて、後鳥羽院政の収入にもなったという。
★盛衰
しかし、1221年(承久3年)の承久の乱以後、都の皇族・貴紳の熊野参詣が途絶えると、荒廃がすすんだ。
承久の乱からわずか8年後の1229年(寛喜元年)の藤原経光参詣記は、王子が軒並み破壊転倒している様を伝えている。
その中で、滝尻王子は、破壊転倒こそ免れているものの、目に余る荒廃の様相を呈していたと伝えられている。
その後、室町時代頃までには、富田川を何度も渡渉しなければならない難路であることが嫌われて、参詣道が潮見峠越えに移行し、滝尻王子を経由しなくなったため、滝尻王子は近隣の住人のための叢社の地位に戻ったと考えられている。
明治期には、栗栖川村内の10の集落の神社を合祀したことから十郷神社(とごうじんじゃ)と称され、社殿の改築も行われた。
しかし戦後には、各集落が御神体を持ち帰ったために、旧状に復すとともに、滝尻王子宮十郷神社と呼ばれるようになった。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
〇 乳岩
奥州平泉の豪族 藤原秀衡まつわる伝説
藤原秀衡が熊野詣での途中、夫人がここで産気づいて男子を出産しました。神のお告げにより、この岩穴に子供を残して参詣を済まし、戻ってみると子供は、狼の護られ、岩から滴る乳を飲んで成長していたと伝えられています。
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滝尻王子はいまや熊野古道の玄関口になってる感じがしますね。
回りも整備されて綺麗になってますね。
2007/11/14(水) 午後 4:47
いそひよさんありがとう
今まで廻った所でここは一番にぎやかでした。昔はこれから本宮大社までの道のりが大変だったようですね。
2007/11/14(水) 午後 7:05 [ xmhxg ]
初めまして、最近熊野古道のブログ始めました。私も滝尻王子から不寝王子まで歩いたことがあります。そこから引き返し高原神社まで車で行きましたけど、滝尻王子の所は結構険しかったです。発心門王子から本宮大社までを書きかけているので、宜しければ一度見てください。
2007/11/15(木) 午前 10:27 [ 夢野蘭丸 ]
初めまして、滝尻王子のところで、藤原 秀衡の伝説が残ってますね!秀衡桜とか乳岩の話で、もうすぐ藤原 秀衡も登場しますのでよろしくお願いします。
2007/11/17(土) 午前 0:17 [ musasi ]
yumeno ranmaru さんありがとう、
いろいろと勉強させてください。
2007/11/19(月) 午後 3:32 [ xmhxg ]
masasi
さんありがとう。
勉強させてくださいね、楽しみにしています。
2007/11/19(月) 午後 3:35 [ xmhxg ]
滝尻王子に至った参詣者たちは、奉幣を行い、王子の目の前の流れに身を浸して垢離の儀礼を行った。滝尻王子における垢離について、鎌倉時代初期以降成立の『諸山縁起』には興味深い記述が見られ、
右の川は観音を念ずる水、左の川は病を除く薬の水
– 『諸山縁起』[7]
とし、さらに前出の『熊野縁起』では、
滝尻両方河ニ橋ヨリ上ニハ千手浄土御坐。又丑寅ヨリ流タル河ニハ薬師浄土御坐ス。彼水ハ偏其浄刹ヨリ落智水ナリ。是以テ無始無終罪滅ス。
– 『熊野縁起』[7]
と述べて、観音菩薩の補陀落浄土から流れてくる岩田川の水と、薬師如来の浄瑠璃浄土から落ちてくる石船川の水で沐浴することで罪が滅される、と滝尻でとる垢離の意義が説かれている[7][8]。
2009/6/1(月) 午後 10:40 [ sek*1*500* ]
藤原紀香は好みじゃない。お笑い芸人別れて正解なんじゃないの?
2011/10/6(木) 午後 8:33 [ 出雲武士 ]