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★熊野修験道ゆかりの聖地 熊野本宮大社 奥の院 住所 奈良県吉野郡十津川村玉置川1番地 TEL 0746 64 0500 玉置神社は、3000年杉の巨樹群に覆われ、霊峰 玉置山の標高1,076mの所にあります。 紀元前37世紀祟神天皇がお立てになりました。『日本書紀』で天地が誕生したときに全部で八柱の神が生まれたと示しています。 国常立尊主神が1番はじめに現れたとしています。日本で祀られている神社は、玉置神社とそして岐阜 の位山、木曽の御嶽山(里宮)、伊勢外宮など極めて重要なところに祀られています。 日本最古の神社が玉置神社にあたります。そして八柱の神の1神である 伊弉諾尊(いざなぎのみこと) 神も玉置神社に祀られています。そして・伊弉諾尊神と夫婦神になられた伊弉册尊(いざなみのみこと) 神もおいでになります。伊弉諾尊・伊弉册尊の二柱神が今の日本の国をお創りになりました。 霊峰玉置山は、世界遺産に認定され、玉置神社の台所・社務所は国宝(重要文化財)になっており由緒ある神社です。 玉置神社 は神武東征で皇軍が熊野上陸後、ここで兵を休め、その頂上近くに鎮座する総欅(ケヤキ)造の「玉置神社」は紀元前33年(崇神天皇65年)第10代崇神天皇が王城火防鎮護と悪神退散のために創建された古社で、平安時代は大峰修験道の本拠地であり、熊野三山権現の奥の院として栄え、皇族方の多くが参拝された記録が残っています。後に1727年(享保12年)京都聖護院門跡派に属し、七坊十五カ寺が境内に点在し、僧侶も数百人を擁したが、明治維新の神仏分離により、現在の「玉置神社」に改称され、祭神は国常立尊と他3柱です。 推定樹齢3000年、幹周り8.4m、樹高20m、直立した主幹はまるで大きな岩石ですが、幹の内部は空洞で、樹皮は殆ど無く地肌を見せ、宿り木が群生して、枝先は天に向かって伸び、その名にふさわしい風格を湛えています。その他「玉置神社」の境内一円には、幹周り8.5m、樹高25mの「夫婦杉」、そして又幹周り10m、樹高38mの「常立(とこたち)杉」や、幹周り8.7m、樹高が40mにも達する「盤余(いわれ)杉」、幹周り7.0m、樹高28mの「浦(うら)杉」など、幹周りが8〜10m、樹高30〜50mに達する巨杉群がごろごろと植わっています。なお、日本特産のスギは、スギ科の常緑針葉高木で、全国各地に自生し、植林も広くなされて来ましたが、古代より建築用材として多く利用された為、全国的に巨樹・老木がほとんど無くなりつつあるのに、「玉置神社」境内には、今でもスギの巨樹が多数あります。 〇 北海道の新十津川町は1889年(明治22年)8月に十津川村を襲った豪雨を機に村民が集団移住、開拓した町。 十津川村と新十津川町は同じ村(町)章を用いている。人口及び人口密度はいずれも新十津川町の方が上回っている 十津川村は、和歌山・三重両県に接する奈良県の最南端、紀伊半島のほぼ中央に位 置し、森林と水資源に恵まれた村です。北方領土を除けば日本一広い面積を持つ村として知られている。奈良県内において実質公債費比率が最も低い市町村である。 ★ 現在の社務所は旧高牟婁院で、文化元年(1805)の建造、部屋を仕切る60枚の襖は杉の一枚板で、狩野派の橘保春らの筆により華麗な花鳥図が描かれており,国の文化財に指定されています。 |
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玉置神社には一度お参りしましたが168号もかなり改良されてるらしいので近々お参りしたいと思ってます。
神代杉には圧倒されますね、見事なものです。
2007/11/24(土) 午前 9:06
神代杉・・・樹齢3000年とは見事ですね。神事仏事は和合が理想の形だと考えます。明治の政策は日本の宗教のあり方を変えてしまいましたね。
2007/11/24(土) 午前 11:16
すごい大木ですね〜。
この杉も今までいろんなことを体験されてきたのでしょうね。
これからも守ってくれることを祈ります。
2007/11/24(土) 午後 3:42
見事な神社ですよね。ここは瀞峡側から登りました。細い道でちょっと不安でした(カーナビも拾いませんでしたよ)もう一度行ってみたいです。
2007/11/24(土) 午後 10:22
いそひよさん有難う、和歌山県三十三ヵ所の内唯一県外ですが、国道168は整備され猿飼橋を渡っての道のりはカーブばかりだが思ったより道幅広く迷ドライバーも無事参拝を済ませほっとしました。
2007/11/26(月) 午前 5:00 [ xmhxg ]
妙さん有難う、継桜神社の杉も見事でしたがそれを上回りますね。
私も同感です、明治維新に神仏分離され神社のみ軍国主義に利用されだし第2次世界大戦では神風なるものが出現しましたね。
日本人の宗教のあり方としては神仏習合のほうはいいとおもいますね。どちらにも平和を願えますものね。
2007/11/26(月) 午前 5:35 [ xmhxg ]
わかさん有難う、大木の前に立ち瞑想にふけるのもいいですね。神社より大木に神秘と自然の偉大さを感じますね。
2007/11/26(月) 午前 5:50 [ xmhxg ]
houzanさん有難う、
私もはじめはそのルートで行こうと思っていましたが道が悪いときき168号十津川温泉郷から入りました正解のようでした、でも苦労して到達してこそご利益がと考えたりして!
2007/11/26(月) 午前 6:01 [ xmhxg ]
初めまして、ジョニィーと申します。よろしく。
北海道は新十津川の生まれです。
玉置神社は、新十津川町にもあります。
しかし、十津川村から移住した当時の創建ですが、
近年になってから地元の「分からず屋」等が個人の名前だとか、何とかイチャモンつけて新十津川神社に名前を変えてしまって、今は違います。
しかし、表札だけは、新十津川神社になっていますが、中身はそのままで、地元の人たちも玉置神社で通じております。
2008/2/6(水) 午後 1:01 [ ジョニィー ]
神秘的な風景ですね。自然を見ていると、本当に心が癒される気持ちになってきます。
2009/1/28(水) 午後 10:12 [ - ]
俺、マジセレブ初めて見たよw
ってか、1発出すごとに10万くれたんですけどwwwww
http://transaqtion.com/md/e26o7ib/
2009/2/5(木) 午前 9:34 [ ふっくん ]
室古・阿古師神社(熊野市二木島町)
二木島湾を挟んで東に阿古師神社、西に室古神社。
神武東征軍が熊野灘で難破、その際に犠牲になった神武天皇の兄、稲飯命を阿古師神社に、弟の三毛入野命を室古神社に祀ったのが起源。日本書紀にも記載されている由緒をもつ。
波田須神社(波田須町)
秦の始皇帝の命を受け、不老長寿の薬草を求め日本に渡ってきた徐福伝説がある。
摂社・徐福社も存在し、徐福宝物のすり鉢も残る。波田須は秦住が転化した地名という。
大馬神社(熊野市井戸町)
紀伊風土記によると坂上田村麻呂が熊野の蝦夷討伐後、熊野総鎮守として創建。
獅子岩が大馬の狛犬という謂れがあり、この神社には狛犬が無い。また、神社の滝は有名。
花の窟神社(熊野市有馬町)
ご神体は磐座。日本書紀に記されるイザナミ尊の陵墓である。
産田神社(有馬町)
磐座がご神体。ここでイザナミ尊がカグツチ尊を生み亡くなったところ。
花の窟神社と同じ系列であり、日本の稲作発祥の地の伝説がある。
2011/6/2(木) 午後 9:14 [ 環境歴史観光防災カメラマン ]