南紀州新巡礼の旅

神や仏にすがりたい気持ちにさせたのは?

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             ★ 臨済宗妙心寺派

   ?H2>安養山 萬福寺  ★御歌
   ?H1>安養の 山に萬(よろづ)の 福(さいわい)を 大慈大悲と 仰ぐうれしさ



住所 和歌山県西牟婁郡すさみ町すさみ4280
TEL 0739 55 2159
本尊は、阿弥陀如来

周参見の堀池にあり、臨済宗妙心寺派、本尊は阿弥陀如来です。「紀伊続風土記」には、「萬福寺、安養山、禅宗臨済派、京都妙心寺末寺、本堂7間半、5間。僧坊9間、6間、鐘楼、東庵観音谷より、寺内に移すという、村内にあり末寺あり、」と記載されている。
また「周参見村郷土誌」には、寛永14年(1637年)京都、高峰和尚が開基し、享保年間に火災により消失、第八世寛道和尚が、天明元年(1781年)本堂を再建し寛政4年(1792年)長沢芦雪、障壁画16本に画す。と記載されていますが、現在は行方が知れません、東泉庵(後庵)山本家に子犬の絵が、1枚残るのみです。


長沢芦雪が串本の無量寺へ師円山応挙の絵を届けそこで自分も多くの絵を書いて帰路周参見の東泉庵に泊り、萬福寺の十六枚の襖に絵を書いたという記録が萬福寺に残っている。
 時は天明7年(1787年)のことである。
 しかしその襖絵は明治中期以後全く行方が解らなくなっており、わずかに東泉庵(後庵)山本家に子犬の絵が一幅残っているだけであった。

   芦雪の梅月図と虎



熊野古道大辺路(おおへち)街道は、田辺を起点として富田坂(とんだざか)、安居(あご)、仏坂を越して周参見、海岸筋を串本、古座から色川〜本宮へ通じる熊野詣りの最初の幹線で、皇室の熊野御幸道とされ、多くの修験道も修行のために通りました。
 現在では、大辺路街道の大部分は、国道や県道の建設工事により、古道跡の多くは残されていません。
 しかし、その中でも、白浜町富田(とんだ)から日置川町安居(あご)への「富田坂」、安居の渡し場跡からすさみ町周参見への「仏坂」、すさみ町和深川から見老津への「長井坂」は、旧街道の名残りをとどめており、この三つの坂は2004年7月7日に世界遺産に登録されています。
 大辺路街道がいつの時代から開通されていたかは記録もなく不明です。皇室の熊野参詣の最初の記録は、宇多法皇の延喜7年(西暦907年)ですが、それも通行路が大辺路か中辺路か不明であり、たとえ大辺路を通ったとしても海路であったか陸路であったかもまた定かではありません。

「熊野年代記」には、天智天皇が667年に、また天武天皇が683年にそれぞれ大辺路を通って熊野へ行幸したと記録されているそうですが、史実としては認められていないところです。しかしこれらの事柄は、大辺路が古くからあったことを物語っています。

★海中郵便ポストのいきさつ

南紀熊野体験博(平成11年4月から9月まで開催)を契機にすさみ町マリンスポーツフェスティバル実行委員会が設置。2002年にはギネスブックに「世界一深いところにあるポスト」として認定、掲載されました。
 



 

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