東海道五十三次旧道ドライブは終わりに近ついた▼ 3月に親爺が無くなって少し人生観が変わった。といってもそれほど多くのまた極端な選択肢を持つ年齢では無いのだが。
まず第一に変わったのが人生には決められた時間しかないということ、そして人生は次ぎの世代には引き継げないということ。やっぱり自分の人生の時間は自分のものだし、次ぎの世代の人生はその世代のものだから。
人間は社会の中で生きているから、周りの出来事に影響される。例えば親爺が亡くなることと同じ次元でお袋が亡くなる時がくるし、家内の両親も同じ。これから10年は送ることが多くなる、そしてその時期が終われば今度は自分自身の体調となろう。それでは限られた時間の中でやりたいことをやらなければ。
▼ 東海道五十三次を京都から東京まで旧道つたいに車で走ろうと考えたのは3年前の2010年の夏、家内に言うと「なに言っているの、そんなお金どこにあるの」だったのだが。当時は1000円高速の時期だったのでほぼガソリン代だけだと説得して横乗りさせて始めた。
この旅行は今までの旅行とは少し違っていて、学生時代にやった北海道一周や信州一周ヒッチハイクの旅のように観光地目当てでどこへ行く何を食べるというものではない。【とりあえず行く】ということが目的であり、そこの何がある何を食べるというものは現地対応、そこにそれがあるから見る食べるというものである。
現在は静岡県の沼津まで到達しているので、次は三島から箱根越えなのだ。実はこの旅をするにつれ気づいたことがある、旧東海道は西の方が残っている、そして海沿いより山間部の方がより保存されているのだ。その法則によると三島から箱根、小田原は残っているがそれより東は苦しいかも、さらに東京へ入ると街道沿いは開発されているだろうし。
だがこの関西から箱根や鎌倉近辺、横浜東京へ行くには時間もコストもかかる。実際になんどもチャンスが来るとは限らない、行けるときに行ってしまおうという考えに到達した訳で。
▼ 5月のGW明け、5連休に仕事を調整し行くことにした。一気に三島から箱根を超え小田原、大磯(泊)、平塚、藤沢(鎌倉)、戸塚、保土ヶ谷、神奈川(泊)、川崎、品川、日本橋というスケジュール。帰りは中央自動車で昔訪ねた中仙道を高速から。
▼ 自分の好きな言葉に「インディアンの古い言い伝え【大事なものは目には見えない】」というものがある。
自分は目標が無いとだらだら和んでしまう悪い癖があり、逆に目標があると強く向かうという性格だ。自分で目標を作り自分で動く、この歳になっても自らの動機付けで頑張ろうと思う。
時間は限られているから。
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東海道53次
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