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ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムWar Guilt Information Program、略称WGIP、ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム[1]、またはウォー・ギルト・プログラム、あるいはウォー・ギルト・インフォメーション、戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画)とは、太平洋戦争大東亜戦争)後に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP、以下GHQと略記)による日本占領管理政策として行われたという政治宣伝
文芸評論家の江藤淳が著書『閉された言語空間』(文藝春秋・1989年(平成元年))においてこうした政治宣伝が政策として行われたと主張した。この名称は江藤の発言を後進達が次々に引いているものだが、GHQの内部文書に基づいたものだと江藤は主張している。 実際にそのような明確かつ体系的な計画がGHQ側に存在したかは以前として不明であり、否定的な立場の者はこれを、江藤がGHQによる個々の検閲事例や戦後日本の思想状況などから帰納的に作り上げた陰謀論であるとしている。
 

概要

1948年(昭和23年)2月6日付、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」との表題の文書がCI&E(民間情報教育局)からG-2(CIS・参謀第2部民間諜報局)宛てに発せられた。冒頭に「CIS局長と、CI&E局長、およびその代理者間の最近の会談にもとづき、民間情報教育局は、ここに同局が、日本人の心に国家の罪とその淵源に関する自覚を植えつける目的で、開始しかつこれまでに影響を及ぼして来た民間情報活動の概要を提出するものである。」とある[2]
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムについて江藤は、その嚆矢である太平洋戰爭史という宣伝文書を「日本の「軍国主義者」と「国民」とを対立させようという意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている」と分析[2]。また、「もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、CI&Eの「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。つまり、そのとき、日本における伝統秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。以後日本人が大戦のために傾注した夥しいエネルギーは、二度と再び米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるにちがいない」とも指摘している[2]
また、「「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである」としている
 
▼ この話、初めて見たけれど米国が日本をドイツと同じようなパターンで戦後処理しようと考えていたというものだ。
 ドイツ国民は皆が悪いのではなくヒトラーに騙されていたナチスが主導して大戦を起こした。悪いのはヒトラーナチスでありドイツ国民ではない、国民の罪は問わないからナチスの罪はすべて認めろ。同じように日本国民が悪いのではなく軍部が日本国民を戦争へと引っ張って行った、日本国民の罪は問わないから戦後の処理に対する条件はすべて認めろ。こういうことだろう。
 
▼ 自分は米国は日本の戦後に関して「共産主義の防波堤」と考えていたと思う。そしてもう一つは日本を米国の軍事植民地とすること、極東における米軍の影響力を維持するために日本の資金を使うことだった。
 そして占領する日本人に対して「戦争の罪とはこういうもので、それを再び犯さないために日本人がやることがある」と洗脳したのだ。
 ドイツ人も日本人も「国民が悪いのではなく騙したナチスや軍部が悪い」「このシナリオを認めれば国民の罪は問わない」こう提示されたのだ。国民は安堵し連合国の提案を受け入れた、しかしそれは連合国の都合の良い歴史認識を押し付けられたことでもある。
 
▼ 歴史の修正主義者という言葉がある。良い意味には使われないのだがこれは戦勝国という単なる強国が押し付けた歴史認識への再評価なのだ。歴史の近代再評価と言っても良い。
 日本はアジア諸国と戦争してはいない、その当時アジア諸国を植民地として統治していたのはヨーロッパ諸国でありその土地は欧州の施政下だった。そして戦闘はその土地でその宗主国の軍隊と戦闘したのだ。日本がアジアを侵略した?違うだろ、侵略者として君臨していた欧州列強と戦ったのだ。
 
▼ 日本は欧州の植民地主義とは違った統治手法をとっている、国内化というものだ。台湾にしろ朝鮮半島にしろ植民地として現地の人たちを奴隷のように扱い現地から生み出される富を現地に残さず本土に移送するようなことはやらない。日本は台湾も半島も北海道や沖縄と同じように国内化しようとしていた。現地のインフラに大量投資し日本と同じような場所にしようとしていた、これは現地人にとっては嫌なことかもしれないが、内地化が本音だろう。
 
▼ しかし日本への占領軍はそういう視点を取らない、日本はアジアを侵略し現地人にひどいことをした。  ?  現地は欧州の植民地だったよな。自分達のやってきたことは完全に無いものとして日本が現地国民と対峙したような理屈になるが。
 
▼ 勝てば官軍だから「自分達の言い分を丸呑みにしなければ次ぎのステップは無い」こういう話は多い。しかしそれはその時点のことだ、未来永劫その時点の決め事を修正できないことではない。江戸から明治の不平等条約も見直された。理不尽な押し付けは見直されてしかるべきだ。
 
▼ 日本の統治は欧米の植民地支配とか決定的に違う、発展が遅れていた地域に投資し日本の技術をつぎ込み発展させる。日本は欧米の言う「侵略したのでも植民地支配した」のでもない。確かに未開と考えていたのかもしれないが、搾取の対象とは考えていない、その証拠に台湾も半島も日本が関わった時期に人口が増え繁栄した。欧米が(中韓が)いう植民地ではなく、内地化が正しい。
 
▼ ところがそういう考えを欧米や中韓はとらない、自分たちに不利になるからだ。
歴史認識は自国に有利か不利かの話なのだから、真理の結論が出るはずが無い。
特に中韓は認めない。
 
 戦後体制=日本は敗戦国敵国であり自分達の気に食わない動きはすべて悪であるという馬鹿げた理屈で中韓は押してきている。全くおかしな話だがそれが現実だ。
 その動きに同調する村山元総理の歴史認識の酷さとこんな人物を総理に担ぎ上げた当時の自民党の腐った状態だったか。
 
 こういう馬鹿が総理であった、いや鳩山、菅など酷い総理が出現する迷走した20年だった。団塊の世代が政治的に力を持ったじだいこそ、日本を迷走に貶めた時代なのだ。経済的には大きくなったが思想的にはヒエラルキーが大きくなった。
 
 団塊の世代は特殊な世代、「アンチ」という言葉がぴったり、文化的には裾野を広げたがその思想で国家を語ると酷くなる、ディズニーランドの小さな世界を見た後で「世界平和ぞ望む」のは子供の心だが、相手があってのこと。おこちゃまの精神が世界で通用するわけもなく、簡単に騙される日本人の精神年齢は12歳なのだろう。

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