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日本企業再生の鍵は「執念」にあり

 
ビジネスマンに人気のあるNHKの番組「プロジェクトX」を見ていると、
日本企業がイノベーションを生み出すうえでも、
「執念」というべき不屈の精神が重要な役割を演じていたことがわかる。
しかし近年、日本企業から「執念」という二文字が消えつつある。
それに伴い、競争力も低下してきたようだ。
このようなときこそ、「鬼軍曹」と呼ばれていた管理職の存在を見直すべきだ。

 
神戸大学大学院経営学研究科教授
加護野忠男
 
 「しつけ」という日本企業の監視機能
 
 新幹線(グリーン車)に備え付けてある雑誌(『ウェッジ』2004年9月号、巻頭言)で日本電産の創業者、永守重信氏の次のような文章を読んだ。「執念という言葉は非常に大切な言葉ではないでしょうか。今の経営者、従業員、それに技術者にしても、執念をもつ人間が少なくなった。やると決めたら絶対にあきらめたらアカンのです。もう一歩、もう一回。この“もう一回の執念”を忘れている。成功するかしないかは執念の差なんです」。ずいぶん乱暴な議論に聞こえるかもしれない。若いMBAの学生の中には、このような精神主義に反発を感じる人がいるにちがいない。30年前の私なら確実に反発を感じていたろう。
 しかし、ずいぶん年をとり、さまざまな企業や組織体を見てきた経験からすると、永守氏が執念という言葉で表現しようとしておられる精神の重要さがわかるようになってきた。中略
 
 永守氏のいう執念は、ものづくりに必要な精神である。産業の資本主義を成立させるには克己心が必要であるとマックス・ウェーバーは言っている。品質の高いものづくりのためには、それぞれの作業者が愚直にきっちりとしたものづくりをしなければならない。それを人の目で監視するのは難しい。人間の目で監視しようとするとたいへんなコストがかかってしまう。作業者一人一人に監督者をつける必要があるし、この監督者を監視するための監督者すら必要になるかもしれない。人間ではなく、神によって、つまり人々の内面から監視してもらう必要がある。
 
 ヨーロッパの場合、その役割を果たしていたのは、プロテスタントの神であるというのがマックス・ウェーバーの主張であった。カトリックの神よりも、プロテスタントの神のほうが厳しいからである。
 日本の場合どうであろうか、日本の神様はカトリックの神よりももっと緩やかである。八百万の神が存在し、「捨てる神あれば、拾う神あり」というのが日本である。このような日本では神様に監視してもらうわけにはいかない。日本の企業は、神によって内面から監視させるかわりに、「しつけ」を通じて習慣をつくるという方法を用いてきた。
 身の回りがきっちりと整理整頓ができていないと気持ちが悪いという習慣をつけさせたのである。日本だけではなく、海外の工場でも、これを実践させている。

ひとりの百歩よりも百人の一歩

 執念は、イノベーションのためのブレークスルーを生み出すためにも必要である。1980年代の半ばに当時注目されていた3M社を訪問し、同社のイノベーションを支えるシステムについて調査をしたことがある。予想外の答えで驚いたことがいくつかあるが、その一つは執念にまつわるものであった。イノベーションに必要不可欠なのは何かという筆者の問いに対して、推進者のパーシステンスだという答えが返ってきたことだ。イノベーションの過程で出合うさまざまな障害を乗り越えて結果を出すためには、くじけない精神を持ち続けることが不可欠だという説明であった。いくら素晴らしい制度をつくっても、この精神がなければイノベーションは起こらないのである。中年のオジサンたちに人気のある「プロジェクトX」を見ると、日本のイノベーションでもこの不屈の精神が重要な役割を演じていることがわかる。オジサンたちが涙を流すのは、多くのプロジェクトで苦難の末に成果がもたらされたのは、執念が難局を乗り切るエネルギーを提供していたからだ。
 
 もちろん、執念をもって取り組んだがそれでも失敗したという例もある。執念だけではどうしようもないのも確かだ。しかし、それを根拠に執念の重要性を否定してしまうのは誤りである。「もう一回、客先に行ってみよう。もう一回試作してみよう。わずかもう一回ですよ。この意識の高さが業績という数字に結びつき、企業再生の活力を生むのです」と永守氏は言う。
 
 多くの人々の執念は企業の独自能力の究極の源泉となる。上層部の一部の人々の執念だけではなく、会社全体にこの執念があるときには、それは企業の独自能力となる。「何とかしようとする執念、この執念を従業員全体が持てば、おのずと何をすべきかが見えてくる」と永守氏は言う。これを永守氏は、「ひとりの百歩よりも、百人の一歩」とも言っておられる。多くの人々が執念をもって仕事に取り組むという状態は容易に実現できるものではない。だからこそ、それは企業の独自能力になるのである。容易にまねできないから、それを失ってしまった後は、回復が難しい。容易に再現できないのである。
 
 どのようにすれば、この精神を回復することができるのか。永守氏は多くの企業を再生させてきた。この経験を次のように語っておられる。「僕のことを再建屋などと世間は持ち上げてくれるが、小難しいことをしているわけではない。僕が再建先の企業に言うのは二つだけ。『会社に休まずに来て欲しい』『整理、整頓、清掃をきっちりやって欲しい』ということだけ。僕が変えるのは、従業員の意識なのです」と。ところが、「従業員の意識を変えるのは経営者にとって一番エネルギーが必要でしんどいこと」とも言っておられる。
 どのようにすれば、この精神を生み出すことができるのか。その基本はしつけである。家庭でも職場でもしつけは、教える側が手本を見せることによって行われる。率先垂範である。毎朝、6時30分には出社する永守氏は「日本電産をだめにするのは簡単なこと。僕が10時に出社するようにすればよい」と言う。

リストラの対象にされた「鬼軍曹」の重要性

前略
 小さなことをきっちり実行させるというのも、この精神を生み出す重要な手段である。洗面所の清掃はそのための重要な手段である。永守氏は次のようにも言っておられる。「僕は再建依頼のあった企業に出向いたらまず洗面所を借りる。その掃除一つでその企業の問題点が一目でわかる。工場にしても同じこと。往々にして業績が落ち込んでいる企業は清掃が行き届いていないものです」。もちろん整理整頓が会社をよくするのではない。整理整頓や洗面所の掃除という小さなことをないがしろにせず、きっちりしようという精神が会社をよくするのである。
 
 私はこのあたりに日本の企業が悪くなった理由の一つが隠されているのではないかと感じている。
 かつての日本の職場には、小さなことに目を光らせ、些細なことで部下を叱り飛ばす鬼軍曹のような管理職がいた。このような管理職が身の回りからいなくなってしまった。その結果、現場で小さなことが徹底できなくなり、重要な精神が受け継がれなくなり、さまざまなところでゆるみが出てきてしまった
 なぜ鬼軍曹は消えてしまったのか。鬼軍曹のような第一線管理者は部下から支持されず、評価が低くなってしまう。評価されるのはきっちりと議論を組み立て、論理的に人を説得できる人々である。部下からの評価が下がったために、鬼軍曹たちは、組織のフラット化のためのリストラ対象とされてしまったのである。みなから嫌われてはいたが、職場にとっては不可欠の存在だった。
 鬼軍曹がいなくなってしまったために社長が自ら率先垂範しなければならなくなっているのである。
▼ 「今の日本に足り毎物は執念」という言葉を耳にして、検索を掛けたら上の記事に当たった(といっても30番目ぐらいだけれど)。
 
 耳にしたのは今日の昼ごろのラジオである。日本に来ている(日本大好きな)外国人に「あなたが思う日本人の良くないところを聞かせて」という質問に対する答えだ。
「言いにくいが『執念』が無くなったのではないか」と出たことば。
 
当意即妙、持ってた茶碗をバッタと落とし小膝叩いてにっこり笑う・・ところだ。
浜村淳のように。
 
 確かにそうだ、最近は執念で仕事を成し遂げる人たちはいるのだろうが目立たない。才能とか経験とか運とか成功には必要な要素はあるだろうが、執念もそのうちの一つだろう。
 
そこで帰宅して「執念」というワードでぐぐったらこの記事にぶつかった。
内容は読んでの通りなのだが、企業が成功するためには社員全員が小さなことまで気を抜かないことが重要で、そのためには現場に鬼軍曹のような役割の必要であったと。
 
▼ 自分は現場主義の体質の会社にいたので良く分かる。その会社も近代化というか再構築にさらされ人員削減や合理化が行われた、自分はやっていた当事者でもあるが、現場ノウハウが継承されなかったのだ。今から20年も前なので、マニュアル化によって人員削減は乗り越えられる、正社員を削減してパートや契約に置き換えるという流れであった。しかしそれによって現場は衰退してしまった、現場主義で成長した会社が現場ノウハウをないがしろにしてしまったのだ。
 
 その昔、戦後の日本でアイビーというファッションが流行したことがある。細身のコットンパンツにボタンダウンシャツとローファー靴というもの、(今のBIGIとかコムサという日本ブランドの人的源流だな)そのアイビーファッションのメインブランドにVANという有名どころがあったのだが、そこでボタンダウンを実際に企画デザインして工場で生産していたという人に話を聞いたことがある。(その人は自ブランドを経営していたのだが)
 その人がデザイン画からパターンを起こして工場に発注すると、工場によって出来が違っていたらしい。シャツの襟のボタンダウンのところが柔らかく綺麗なカーブを描いて出来上がる工場とそうでない工場があったそうな、それは現地で行程を調べてもなぜそうなるか分からなかったらしい。
 ところがうまく出来る工場の縫製現場で、その襟部分に指示書には無いはさみを入れているところに出くわした、聞くと小バサミを少し入れると襟がなじむと言う、つまり現場ノウハウが発生していたのだ。
 その人は自分にそのようなノウハウの積み重ねが本当の品質につながると教えてくれた。
 
▼ 日本は勤勉に働くことによってここまで来ることが出来た。乱暴な言い方だが普通に8時間働いていれば誰もが裕福に暮らせるというのは間違った考え方だ。普通に8時間働いていては裕福にはならない。ところが社会主義者はこの発想が無い、労働組合もこういう発想を持っていない。お手てつないでゴールインの世界であり低い方にあわせる平等化を教育しているとしか思えない。
 そういう社会では執念ももって仕事をなす人物を育てられるだろうか、頑張らなくても良い「世界で一つだけの花」などというとんでもない歌が良いとされるような社会になってしまったのだから。

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