急速な高齢化で日本は「逆高度成長」に古いシステムを守っていると下り坂を転げ落ちる2010.12.01(Wed)
Bpressが邦訳して紹介している英エコノミスト誌の日本特集は、人口問題に焦点を合わせている。
ここで指摘されていることは、かねて日本でも言われてきたが、「少子化対策」と称して子ども手当で「産めよ増やせよ」を奨励したり、後期高齢者の医療費を増やしたりする場当たり的な政策が続けられてきた。
エコノミスト誌も指摘するように、こういう政策は誤りである。
高度成長は「奇蹟」だったのか 高齢化そのものを止めることは困難だが、その悪影響を減らすことはできる。そのために必要なのは、まず戦後日本の高度成長を支えたのが人口ボーナスだったという事実を認識し、その上で、現在は逆に歴史上にも例のない速度で進んでいる高齢化への対策を立てることだ。
年率10%近い経済成長率が20年近く続いた高度成長は「日本の奇蹟」として知られているが、最近ではそれが本当に「奇蹟」だったのかどうかを疑問視する研究も多い。
戦争で日本の資本ストックは壊滅的な打撃を受けたので、1人あたりGDP(国内総生産)は半減した。これが1970年までに先進国の平均程度に追いついたが、図1のようにこれは戦前からのトレンドを延長したものに近い。
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/8/a/500/img_8adfa63e79d50d88e97132bdbcc2118635431.jpg図1 1870〜2003年の日・英・米の1人あたりGDPの推移(縦軸は対数目盛) (出所:世界銀行など) GDPが急速に増えた最大の原因は、人口が増えたことだ。1945年に7200万人だった日本の人口は、70年には1億500万人と1.45倍になった。この間に実質GDPは約10倍になっているので、その一部は人口成長率で説明できるわけだ。
農村から都市への人口移動が高度成長をもたらした 残りのうち、かなりの部分は農村から都市への人口移動で説明できる。
図2は成長率と農村から都市への人口移動率を重ねたものだが、70年代まではほぼ重なっている。80年代以降は人口移動が減って成長率も下がったが、成長率が上方に乖離している。
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/8/6/499/img_86be5e779631d94238d544c24a6a7e8e20744.jpg図2 実質GDP成長率と農村から都市への人口移動率(1955年を100とする) (増田悦佐『高度経済成長は復活できる』より) つまり高度成長は、急速な人口増加と、それによって農村の若者が都会に出ていったことによってかなり説明できるのだ。
したがって70年代に日本が到達した成長率が、成長理論で言う「定常状態」で、80年代にそれを上回るバブルが発生し、90年代に消滅したと見ることができる。
つまり、現在の低成長は定常状態に近いので、これを大きく引き上げることは難しい。むしろ労働人口が急速に減ることを考えると、マイナスが大きくなる。過去10年の実績を見ると、日本の資本蓄積と労働人口の減少はほぼ等しい。
もう1つの影響は、労働人口が減るために消費が減ることだ。高度成長期のエンジンになったのは、都会に出てきた若者が新しい耐久消費財を買う旺盛な消費意欲だったが、これも高齢化によって衰える。しかも、個人金融資産の3分の2は60歳以上が持っているので、新しい投資に向かわないで預貯金が増える。
要するに、かつて高度成長をもたらした人口ボーナスがなくなるばかりでなく、高齢化と労働人口の減少によって、こうした要因がすべて逆転し、労働人口と消費が減り、都市の高齢化でエネルギーが失われる「逆高度成長」とも言うべき現象が起こるのだ。
ただ、GDPが下がっても、人口が減少するので1人あたりGDPはマイナスにはならないだろう。むしろ過密な都市が住みやすくなるかもしれない。
しかし問題は、所得が均等に分配されないことだ。以前の記事でも紹介したように、日本の社会保障は貧しい若者から豊かな高齢者に所得を移転しており、これから高齢化が進むと、この傾向はさらに激しくなる。
都市から農村へ、若者から老人への所得移転を止めよ 経済情勢は予測しにくいが、人口動態はかなり正確に予測できる。したがって対策もはっきりしている。
成長率は「資本蓄積率+労働投入率+生産性上昇率」で決まるので、前述のように資本蓄積と労働投入が打ち消し合うと、生産性上昇率が成長率にほぼ等しくなる。したがって労働人口減少の負の影響を小さくするには、生産性を高めることが重要だ。
特に労働生産性が低いのは、終身雇用などの硬直的な雇用慣行のために、生産性の低い古い企業から新しい企業に人材が移行することが困難だからである。
また年功序列の賃金体系も、働く若者の生み出した所得を中高年に移転し、既存の社員の雇用を守るために新卒の採用が減らされている。おかげで今年の大卒内定率は6割を切ったと言われる。これも老人の既得権のために若者を犠牲にするシステムだ。
ところが民主党政権は、労働者派遣法の改正によって硬直的な労働市場をさらに硬直化させ、来年度予算でも社会保障関係費を聖域にして1.3兆円の「自然増」を容認している。こういうバラマキ福祉のツケは、すべて若者に回るのだ。
高度成長期に人口が増え、特に都会の若者が増えた時代には、年功序列の賃金体系は安い若年労働力を調達するのに便利で、彼らが人口の大部分を占める時代には、今のような賦課方式の年金制度も負担が軽かった。
しかし今、逆高度成長によって、この歯車がすべて逆に回り始めている。
日本が上り坂だったころは、無能な政治家でもよかった。政治なんかなくてもよかったのだ。しかし、下り坂を下るのは、上るよりはるかにむずかしい。
成長率の高い都市から低い農村へ、生産性の高い若者から低い老人に所得を移転する政策をやめ、年功序列をやめて財政負担を均等化する必要がある。
それを避けて過去の成功体験にしがみついていると、日本は坂道を転がり落ちるだろう。
------------------------------以上転載----------------------------------------
▼ この論説の内容は一般的に知られたものだと思う。
日本は人口増と産業発展のタイミングがマッチして高度経済成長を成しえた、今の中国のようなものだ。そしてその時代に構築された社会システムが今なお日本全体を覆っているので新しい価値感を創造できないのだと思う。
新しい価値感といえばエコだとか自然回帰だとか友愛wだとか非産業政策だとかと捕らえられそうだが、自分の中ではそれは伝統回帰なのである。
▼ 以前から何度も書いているように、日本は少子化からの人口減で国力が減衰する。それに伴い国難とも言えるような事柄が頻繁に起こるだろう、その時に我々にすがる縁(よすが)があるだろうか。自分はそれが知りたくてこのblogを始めた、それが分かればすぐにでもそういう分野を自分なりに大切にしまた掘り起こしてすがろうと考えている。
▼ その中で若者の労働市場の減少にはとても不安を感じている。その昔自分が学生のころには企業の定年は55歳であった、なぜ定年が60歳になってしまったのだろうか、定年延長するより退職再雇用とする方法もあったはず。
一般企業ではリストラなど中高年の退職推奨は行われているが公務員にはそれが無い。自分は早期退職や肩たたきは悪いことだとは思っていない、企業が新陳代謝を成すためには必要なことだ。世界中を競争相手に戦う、そういう世の中になっているのだ。
記事にもあるが民主党の政策は高齢者優遇、公務員優遇、大企業平社員優遇の格差を固定し若者を潰すものだ。
財源の目途も立たない子供手当てで高額所得者の扶養控除をどうとかペットに課税するとか出鱈目に迷走しているが、公務員総人件費2割削減すれば簡単に捻出されるだろうに。
平成の無能無策政変は日本人の将来のために行われたのではない。
あの詐欺マニフェストと同じように子供手当てなどの格差是正政策は実は本来の正しい政策と逆行するための眼くらましにしかない。菅総理は「雇用を創出する」「介護と林業が成長産業」というのなら公務員を介護と林業に強制的に移動させ開いた職場に若者を雇用すれば良いのではないか。
若い人達に仕事がいきわたるように政策を変えることが本当の日本と日本人のためだと思う。
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