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現在の寺田屋は当時の建物じゃない?
幕末の「 寺田屋騒動 」などの舞台として伏見観光の 人気スポット となっている京都市伏見区南浜町の
旅館「 寺田屋 」に ついて京都市は 25日「(建物は)1868(慶応4・明治元)年の鳥羽伏見の戦いで焼失した 」として幕末から残る 建物ではないとの調査結果を 公表した。 現在の寺田屋では 柱の刀傷や弾痕などを1862(文久2)年の 寺田屋騒動で残った実物として 展示しているが 当時の建物ではない との一部報道 <*> があり京都市が 今月に入って 調べていた。 市歴史資料館が 書物や石碑など九つの資料を点検した。鳥羽伏見の戦いがあった 1868(慶応4・明治元)年 1月27日直後に出た かわら版の地図で 焼失範囲に寺田屋が含まれており 1906(明治39)年に 記された「 寺田屋伊助申立書 」にも 戦いで焼失したとの文言があった。 < 2008/09/25 22:48 京都新聞 一部抜粋> http://blogs.yahoo.co.jp/masatake_ko/36025258.html 道端の出会いさんから一部転載 -------------------------------------------------------------------------------
▼ 今日TVで坂本竜馬の特集を放送していた。その中で寺田屋の竜馬襲撃を部屋に残る太刀傷で検証していた。しかし自分には非常に違和感があった、たしか現在の寺田屋は当時の建物ではなかったはず、鳥羽伏見の戦いで焼失したことを確認したという報道があった記憶があった。
そこで検索するとヒットしました。
やっぱりあの当時の寺田屋は焼失していたと京都府が認めていた、だから太刀傷は少なくとも竜馬殺害当時のものではない。再現フィルムみたいなものだ。大々的に報道しないのは事を荒立てたくないのだろう。
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