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日本人とは何なのか?それが知りたい。
▼ 以前も書いたと思うのだが、自分は日本は沈没していくと思っている。
本当に日本海に沈んでいくのではないが、日本と言う存在が沈下していくと思っている。
この問題に突き当たったのは、小松左京のSF小説「日本沈没」を読んだ後だった。
2006年にもリメイクで映画化されたから知っている人も多いだろう。
日本列島が大きな地殻変動で海に沈んでいく、その兆候を知った科学者と政府が自衛隊を使って日本人を海外へ逃がすというものだ。
映画化されたが日本が海の中に沈没するという大スペクタクルパニック物語と取られがちだと思う。
▼ 自分がこの小説で考えさせられたのは、日本人は国を無くしても日本人として生きていけるのだろうかということであった。
この小説の最後はロシアに逃れた主人公(だっけ)がシベリア鉄道に揺られて西へ行く場面だったと記憶している(これも自信が無い)。日本人はオーストラリアや北米南米、アジア大陸へと散っていく2000年前のユダヤの民のように。そのユダヤの民が2000年後に約束の地で建国したように日本人はまたどこかで建国できるのであろうか、そのときの自分が日本人と言う証明は何なのか?が疑問だった。
▼ 時が経っていつの間にか自己のアイデンティティが小さな社会の中での物となり、日常に流され世の中のこともなんだか人事のようで。
だが、もう一度考えてみようと思い直した。
きっとこの後の何十年日本は苦しい道を歩くことになる。人口も減っていく、貧乏にもなって行くかもしれない。世界中から物や情報や人までも大量に流入している、もちろん海外へも出て行っているのだが。苦しい中で日本人としての大事な何かを忘れないようにしなければいけないと思った。それを忘れてしまえば唯の乞食、忘れなければ武士(傘貼り浪人)かな。
▼ 今日このことを自分自身で再確認するためにBLOGを書くため画像を探していた。
そして再発見!!
2006年公開版の映画ポスターだと思うけれど、キャッチコピーに自分と同じような解釈を問いかける文章が使用されている。自分だけの勝手な解釈じゃなかったんだ。
国土だけでなく、心まで失ってしまうのか?
▼ 日本人としての心(良い部分のことだと思う)を失ってはいけない。他国の文化と混じり合っても日本人の良いものを失ってはいけない。国の作り方や方向性だって同じことだ。
日本の国や日本人を全否定して海外文化や外国人を無節操に入れることは馬鹿の極み。
国土も失ってはいけないんだよ、日本人の心も失ってはいけない。社会主義思想、世界市民思想は日本人を希薄化する思想だ。祝祭日も単なる仕事の休みの日じゃない。
今年はカレンダーを「二十四節季・七十二候 歳時記」に変えた、今日6日は「蟷螂生 とうろうしょうず」と書かれていて蟷螂(かまきり)が生ず(現れるころ)となっている。もう夏なんだな。 |

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