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地獄の黙示録より
団塊の厭世世代の旗手
いやな事は知らん振り
自分の手は汚さずきれい事が好き
この夫にしてこの妻あり
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▼ 自分はこの総理夫婦は団塊の世代の代表サンプルだと思っている。
そしてこの夫婦に共感をもつ層がかなりの数存在することも想像できるのだが、今の日本にこのような非現実主義者が大量にいることが混迷に拍車をかけていると思う。
この管総理の夫人は先の外国人記者クラブの会見で「あなたが総理になって何が変わるの」と聞いたことを話した。つまり彼女には夫が総理になって何が変わるのか理解できなかったのだ。何十年も政治活動する夫の側で陰日なたになっていたであろう妻自身が夫が何をしたくてどう変わるか理解できないでいるのだ。
▼ 総理大臣は日本最高レベルの意思決定をする職務である。その選択肢は対立していることが多く、全ての国民が納得するようなまたは異論を挟まないものは選択するというものではない。
しかしその職務はただ単にAかBかをサイコロで決める権利があるというものではない、国民がその人物に対して「自分たちの知性理性の代表として自分たちに代わって意思決定してほしい」と信頼出来るものでなければならないのは明らかだ。
国民が国家の意思決定を任せるだけの信頼とはどこで醸成されるのであろうか。
単に国会で過半数を確保している政党の代表であるということだけでは不十分なのである。その人物が国家の将来に対してどういう問題意識を持ちどのような政治哲学に沿って過去から現在に至るまでの行動を起こしてきたか、その評価によって国民は信頼をおくのである。
▼ はたして管総理は国家の問題に対して一貫した思想を持ち確固たる政治哲学に元着いて発言行動して来ただろうか。ブーメラン使いの達人と呼ばれるように野党時代の行動や発言は政権をとった今はまったく逆の姿勢になり自分に降りかかっている。
管総理の政治理念は妻にも分からないもので到底国民に理解できるものではない、過去の言動や政治姿勢と現在のそれが違いすぎるのである。こういう人物には信頼感を持って国家の重要な意思決定を任せることは出来ない。単に2年前の総選挙で勝った与党の代表者だからという形だけのものではない。
▼ それにしてもこの管総理の夫人は「団塊世代の主婦の悪しき代表」だと思う。
実際の総理婦人であれば自分の夫の大事であるから、必死で擁護するであろうにどこか突き放して見ているように感じる。また自分の夫が現実に対峙している問題に対しても未だ「前の政権が悪かった、長い間の膿がある、すぐには変わらない」などと言うような自分事と認識しないところがある。
これが団塊の世代の特徴で「現実逃避、きれい事に終始、自分の手は汚さない、批判はするが実務はしない」というサラリーマン専業主婦的無責任体質である。
▼ 地獄の黙示録というフランシス・コッポラの映画を知っているだろう。ベトナム戦争での狂気を描いた傑作だ。
この物語は、ベトナム戦争当時、現地へ派遣された米軍の英雄がベトナム奥地で軍を離脱し独立国家を形成した、その人物を抹殺する役目を負った兵士が目にする戦争の現実と狂気がテーマであった。
この物語の中で短い時間だがベトナム奥地に在住するフランス人家族が出てくる。
もともとベトナムはフランスの植民地でフランス人が入植しプランテーションを経営しながらフランス風の暮らしをしている家族を描いている。
その家族はベトナム戦争の戦火が拡がりその暮らし自体が危険になってきているにもかかわらず、「政府が悪い、なぜ自分たちがここを出なければいけないのか」と口論する。戦争に巻き込まれているという現実を直視せず、いやなことには目をつぶる。そんなフランス人家族の妻たちが出てくるのだ。
日本の団塊世代もこのように厭世感が強い人たちが多いと考える。だから管総理婦人のあの発言に共感する人が多く、それがまたあの発言を生むのだ。
団塊の世代の人はそろそろ現役を外れる、今更汚いことや汚れ役などゴメンだろう。今後日本が悲惨な道を歩くとしても、自分たちは逃げ切れると考えている。
管総理が小沢を叩けば支持率が上がるという現象は、金権政治を嫌い清潔な政治くを求めることは悪いことではない。しかしそのことが全てに優先することではない、全てに優先されることは日本の為に正しい意思決定を行い組織を導くことだ。
それには国民の信頼がもっとも重要なのだが、管にはそれが無い。
支持率がまた急落した、信頼出来ない人物に重要な意思決定を任せられない。
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