dunubの窓

がんばれ日本!大事に残すもの捨てなければいけないもの、覚悟を決めて。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1
 
鎮魂という心の問題を収める為に
相手の心を軽んじては成らない。
相手が嫌がるのなら無理強いするべきではない
放射性瓦礫処理という問題と根は同じ
被災地は「他所に放射能を拡散させない」
という覚悟を決めるべき
 

「核廃棄物持ち込み許さない!」 マツ騒動、今度は成田山新勝寺に抗議

 東日本大震災の津波でなぎ倒された岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」のマツの木を、千葉県の成田山新勝寺で「護摩木」と共に焼いて供養することが報道されると、「核廃棄物を持ち込むことは許さん!」などといった苦情が寺に押し寄せた。陸前高田市のマツを管理するボランティア団体にも抗議が来ている。
陸前高田市やボランティア団体からは、市への非難や風評被害が広がるばかりで、「もうそっとしてほしい」といった悲鳴が挙がっている。

「皮は薪にはしないのに」と地元は憮然

市やボランティア団体は、マツを巡る騒動でバッシングに晒されていることに頭を抱えている。今回の騒動のあらましはこんな具合だ。
陸前高田市のマツを管理するボランティア団体によれば、2011年6月に大分県の芸術家から、京都「大文字」で使うマツの木切れが欲しいといわれ、市と協議して提供を決めた。木切れに被災者の願い事を書いて欲しいという申し出については、市民は復興で忙しい中、疑問もあったが、震災で亡くなった縁者を思い、また自分達への心遣いに感謝して応じることになった。「生まれ変わったらまたあなたと再会したい」などと書かれたものが400本近く集まった。
しかし、京都では放射能を心配する府民からの反発が出て、大文字保存会は2011年8月6日、陸前高田市のマツは使わないと発表した。
すると今度は全国から、京都への非難が殺到したため、一時は「大文字」をはじめとする五山の保存会が薪に使うと発表。マツの放射能の検査が条件だった。検査してみると表皮に1キログラムあたり1130ベクレルの放射性セシウムを検出、再び中止が決まった。
ボランティア団体によれば、最初の「大文字」で使うマツは京都の関係者や自分達が検査しても放射能は出なかったという。それは、マツの皮を取り、薪として使えるよう加工した後だったからだ。次に行われた検査では、加工していないマツが運ばれ、皮と内側を別々に検査。内側は大丈夫だったが皮から放射能が出た。ボランティア関係者は、「皮は薪にはしないため、今回の検査でよかったのだろうか?」
と首をひねる。しかし、今回の検査で京都に対する非難が沈静化したのは確かだ。

「燃やしても全く人体に影響はない」

ちなみに、放射線影響研究所に問い合わせてみたところ、野菜や肉、魚などについては、放射性セシウムが1キロあたり500ベクレルを超えるものは食用にしないという国の基準値がある。今回のマツの皮は1キログラムあたり1130ベクレル。約2倍の数値だが、皮を食べることはない。「不安だという気持ちはわかりますが、燃やしたとしても全く影響は出ないでしょう」と話している。
そうした中、11年8月15日、千葉県の成田山新勝寺で9月25日に行われる伝統行事「おたき上げ」で、願い事が書かれた札「護摩木」とともに陸前高田市のマツがたかれると報道された。すると15日の昼過ぎまでに新勝寺に30本近い問い合わせが来た。批判が多く「核廃棄物を持ち込むことは許さん!」といった過激なものまであったという。
新勝寺によれば、マツを燃やすことを決めたのは京都「大文字」が話題になる前で、同じ宗派である陸前高田市の金剛寺が「おたき上げ」でマツを供養することを知り、賛同したことがきっかけ。マツは金剛寺から長さ90センチ、4.5センチ角のものを20本から30本提供を受ける。批判が寄せられていることについて新勝寺では、「まずは放射能の検査をします。検出されればマツは燃やしませんが、拝むという形になるかもしれません」
と話している。
この新勝寺の件で、再び陸前高田市のマツに対する非難が始まっている。先のボランティア関係者の電話には、「どれだけ日本に放射能を拡散させたいんだ!」などといった抗議が来ているという。
 
-------------------------------------------------------------------
 
▼ 被災地でこのような活動をされている人たちは何をやりたいのか。
自分達の気持ちが治まるなら、相手の気持ちは関係ないと考えているのだろうか。
 確かに大災害で人々は大きな痛手を負った。だから日本各地の人々も自分達の鎮魂の為なら我慢しろと思うのであろうか。放射性物質は検出されたが、健康には影響がないから自分達の鎮魂に協力しろと言うのであろうか。
 鎮魂とかいう宗教的行事は心の問題なのだし、個人個人の問題である。十羽一からげに健康被害は無いと科学的判断は絶対になじまない。放射能を恐れる気持ちは当然のこと、それを被災地差別というのは相手の気持ちを理解していないことだ。
特に「このくらいの放射能はたいしたことは無い」という表現や感覚、逆切れ、自ら言い出すことではない。相手に共感してもらうなら責めることではなく自らの境遇を嘆くほうが良い。そういうことで相手に共感してもらえるだろう。
 
▼ 自分達の鎮魂の行事を他所で行うならば、相手の地元民の心を乱さないことが重要であり、放射性物質の拡散を恐れている他所の住民の心を考えるべきだ。
 福島県産の農産物が風評被害で売れないとする、その為地方の小学校の給食に法廷基準値以下の食材を使おう、使わないのは被災地差別だ、法定基準値以下ではないか、関東地方も放射能汚染されているではないか。このような論法は出来ないだろう。
 
宗教的行事ならば
信徒の同意が最低条件になるだろう。
マスコミは今回は心の問題を無視している。
 
 
 

全1ページ

[1]


.
dunubの窓
dunubの窓
非公開 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(26)
  • 中国韓国の原発リスク
  • 2月22日は島根県竹島の日
  • はぐれ雲
  • 水を護る国家事業の実施を
  • 情熱の人
  • tearface
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事