▼ この歳になると両親の死に目が現実となる、自分の家族は
過去40年間誰も亡くなっていない。オヤジが建て直した墓石にも
全く新しい名前が掘られてこなかった。
そのオヤジはもう90歳になろうとする大正生まれ、太平洋戦争
にもゼロ戦の整備兵として参加した。グラマンの機銃掃射を受けて
命からがら物陰に隠れた経験を持つ。
彼が肝臓がんで余命半年と宣告されたのが今年の3月、それ
から毎月のように実家に顔を出すと、その行為自体をいぶかしがる
オヤジで、「今日は何しに来たんだ?」といつも聞いてきた。
▼ 一昨日、オヤジと同居する妹がメールしてきた。「爺ちゃんがし
んどそうでとても一人家に置いて仕事に行ける状況じゃない」と。
(妹は出来る女でキャリア女、離婚して大学生の息子2人とオヤジ
を養っている)
そういう状況じゃ病院に連れて行く以外に選択肢はなく、彼女も
単に同意を求めたくてメールしてきたんだろう、いつもなら淡々と
顔なじみの病院へ入院させるのだが今回は違った。自分としても
やってあげられる手段もなく心のささえとして入院を勧めた。
▼ しばらくして妹からメールがあり、「入院はさせた、万が一の
時には延命行為は行わないという署名をした」とあった。さらに
「爺ちゃんの貯金を下ろしたほうが良いか?」と聞いてきた。
以前、婆さんが倒れたとき自分と親父で郵便局から貯金を下ろし
に行ったことを話してあったのだが、つまり死期が近いと韓j切るの
だろう。
そういうことなのだ、彼女一人に重圧をかけるのは避けなければ
いけないので、自分の意見として「できるだけ引き出しておけ、あと
生命保険などの証書の確認ができるならやってくれ」と書いた。
▼ 両親のあの世への旅立ちはこの10年何度も身近に想定された
もので、兄弟の連れ合いも皆年老いた両親がいる。一家族ごとが
見れる範囲で分担している状況で、自分は両親と離れているが家内
の両親が側にいる。
旅立つ間際の掛け声も決めていて「心配しないで、天国で待って
いてね、みんな後で行くから。天国のお爺いちゃんやお婆ちゃんに
よろしく」である。
そういえば、昔、自分の祖母と話したことを思い出した。
「あばあちゃん、死んでも幽霊になって出てこないでね、怖いから」
そのとき、お婆ちゃんは自分にこう言った。
「はいはい、草場の影から見ているよ」
今ならこう言うな。
「天国に着いたら何らかの形で知らせてね、音でも光でもいいから
夢に出てきても良いよ」
▼ 自分の母親は3年前の正月元旦に脳内出血で倒れた。
生死をさまようストレッチャーの上で医師の呼びかけに答えた。
「聞こえますか、あなたのお名前は?」
それに答えて母親が言った言葉は
「石原○子です」
なんと60年も前の旧姓を答えたのだ。
人は死の間際には過去の映像が走馬灯のように見えるという。
医師の問いかけに答えたとき、彼女には10代の記憶がめぐって
いたのだろうか。
これには3兄弟とその家族が唖然としてしまった。
いずれにしても明日、花束を買って病院に行く。