▼ 昨日TVを見ているとユーミンの特集があって珍しく家内と意見があった。家内は自分より10歳年下なので青春時代(?)の社会情勢が全く違う。
自分はユーミンと同い年、彼女の曲を聴いたのは大学時代にレコード店でバイトをしている友人に「荒井由美という歌手の歌は物凄く良い」と勧められて聞いたのが初めだ。つまりリアルで荒井由美。
ところがその時将来の妻になる女の子は小学生、あの荒井由美の感覚が分かるわけも無く、耳に入ることも無かったろう。
確か現妻と出会い暮らした当初はユーミンの曲を嫌っていたはず、根っからのロック好きで日本音楽を否定していた彼女。自分と暮らすようになってポスト団塊の感覚が分かってきたのだろうか。
▼ 「あの時美しい恋をしていた、青春のきらめきがあった」
ユーミンはあの当時にあの感覚の楽曲を出したことに価値がある。日本の高度成長が終わり親世代もそれなりに裕福になり余裕が出来た、神田川や青春時代の次の社会。バブル夜明け前。
汚れや曇りが無く、豊かで生活していく不安が無い。お金の問題ではなく純粋に愛と別れを表現する。社会情勢と楽曲がリンクする。
▼ 金曜の妻たちの次ぎの世代、自分達が努力して現在の地位を築いたのではなく、もう生まれてきた時点であった
で、そのユーミンが評価された感覚から時代は過ぎ、あの偉大なアーチストはどこへ向かうのかという話題で家内と意見があったわけ。
自分は永い時代、人間模様を表現してきたなら還暦を迎えた今、家族愛や人間愛、死と生の喜びを歌うのが普通だろと。
家内は、彼女はそれをしないできないだからいつまでも愛や失恋の歌を作る。結局はアーチストは自分を表現するから。と言う。
つまり彼女は未来への不安など無い、曇りの無い明るい将来の中で愛や恋を歌っていた。共感する人たちはそうありたいと願うから。
▼ それではその価値感は今でも通用するのだろうか。
社会情勢が違う今、松任屋由美は違う。
荒井由美こそがあの頃の「あこがれ」なのだ。
「あのころ小さな美しい恋をしていた」
これこそが彼女の価値であり、ノスタルジーに浸ることこそが重要なのだ。