dunubの窓

がんばれ日本!大事に残すもの捨てなければいけないもの、覚悟を決めて。

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▼ 今日、ちょっとびっくりしたことがあった。
実は半年ぶりにyoutubeに動画をアップロードした。これで60本内外だろうか、以前は時間もあり内容もシンプルなものだったのでアップも簡単だったのだが、経験を重ねるごとに内容自体が凝ってきてさらに転居やパソコンの買い替えが重なりアップが本当にできなかった。

久しぶりにちゃんと動画ができたのでアップをしようとyoutubeのマイページを開いたら以前の自分のある動画のコメントに対するレスが入っていた。

その動画は古代邪馬台国についての考察だったのだが、自分はそこに自説を書いた。
その説とは、邪馬台国の場所を記した魏志倭人伝から本来の邪馬台国を探すことは不毛であるということ。
なぜなら、当時の東アジアの状況は中国文明の一人勝ち。
その魏の使者が辺境の地、倭を訪れ「あなた方の都はどこか、その行き方は?」と調査して来れば当時の役人(大帝国中国の使者に相対するこちら倭側としてかなり優秀な役人)はどうこたえるだろうか、ということだった。
 安易に「はいはい、ここからそんなに遠くありません。陸路3日もあれば首都邪馬台国にたどり着けます」などと言うだろうか。
魏が倭国を攻めてくる可能性が高いわけで、本当のことを言うわけがない。
 それではどう読み解くか、まず最初の水行が本当の邪馬台国への行程と違うのだ。
中国魏から船団が来るのはもちろん船だ、彼らが九州の北に襲来した際に邪馬台国はそのまま船で何日も進めと嘘を言った。
もし上陸されてしまえば、邪馬台国はすぐそこだから。

▼ 自分の説は、魏志倭人伝に書かれた邪馬台国の場所は当時の魏の調査隊が倭国にだまされた位置を書き記しているというものだ。
魏志倭人伝を距離とか行程とか日程から読み解くのは無価値だと。
 裏を読む、
水行何日は「陸に上がるな」
さらに陸行何日は「船を置いて陸を進軍せよ」
さらに水行何日は「再び船を使え」
こんなに困難な場所に邪馬台国はあると当時の倭国の役人は魏の使者に言ったのだ。

▼ これに対してコメントがあって、「本居宣長の説に似ていますね」であった。
自分、本居の説を知りませんw 光栄です。

インターネットの世界は広いなあ。

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