▼ これは自分が昔から思っていることなのだが、仕事ができると一概にまとめてしまう「有能な人物」にはいろいろな種類があると思う。
平時に決められた作業手順に沿って他の人より仕事ができる人。
何も課題も無く真っ白な画用紙のようなものに価値ある絵が描ける人。
通常の仕事では役に立たないが喧嘩には強い人。
自分は業務はできないが部下を使えばできる人。
人それぞれに有能な人物像は違うだろう。
さてこの自分はどういう人が理想であるかというと
連合艦隊の総司令官、艦隊を組んで敵と会いまみえる。
戦艦の艦橋にいてまんじりともしない、やがて戦火を交える。
右後方の駆逐艦が被弾、速度が落ち艦隊から離脱しそうななる。
その報告を聞き隊列を崩すなと言う。
また、戦国武将なら劣勢の軍勢を率いながら統率の取れた戦闘を行う。やがて敵味方が入り乱れ白兵戦となる。
自分は少数の部下を率いて敵の本陣へと向かう。
その前に辞世の句を詠んだり名演説を行ったりする。
まあ、ネタなのだが、実際に自分は戦隊が崩れずにぶつかり合う状態から白兵戦に突入する事態が一番好きだ。
役職とかポジションとかで与えられていた力が通用しない場面。
そりゃ人間一人が生まれて育ったなら個人の力量はあまり変わらない。
戦場で「俺は部長だ」とか「おれは中隊長だから命令を聞け」とか言っても良いけれどその効果は保証されない。
その時点での人物の価値を周囲は見るからだ。
かのイチロー選手を育てた仰木監督は選手を評価する場合、それぞれのシチュエーションで評価し選んだという。
スタメンで力を発揮する選手、平静な心なら頑張れる選手。
リードすれば気が抜ける人、逆に逆境で力を出す人。
普通の人とは感覚が違う人、全く緊張しない選手。
かの元阪神の監督の岡田さんも打線の組み方にはタイミングの取り方が違う選手を入れると言っていた記憶がある。
仕事ができる=成果が出る
まあ、これが一番だろうね。
辞世の句を詠んだり舞を舞ったり浮名を流したりすることと戦闘に勝つことは関係ないと思う。
色物かなあ。