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東海道53次

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日本国道路元標=日本橋の橋の道路のセンターラインの間にある
 
▼ この9日から今日13日まで、残っていた箱根から日本橋までの東海道五十三次ドライブの行程を走破してきた。
 思い起こせばずっと心の隅にあって、しかしある日思いついたように家内に宣言したのだが、家内は「どこにそんなお金があるのよ」だった。そのころは高速道路1000円均一の時代だったので、「行き帰りは1000円、下道を走るのだからその部分はただ」と言って説得した。
 この旅で特に感じたのはカーナビとネットつまりITを活用することで昔の旅とは効率が違う旅になることだ。
 
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あっという間の3年間だった。
 
 
 
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いよいよ箱根越え
3年かけた旅の終わりが始まる
 
▼ 明日、9日から4泊で旧東海道五十三次下道ドライブの最終行程を始める。始めたころは高速道路1000円時代で行き返りを1000円で済ますことができればそれほどコストもかからないと考えていたのだが、時代は変わり世の中も変わった。
 
▼ 今年の春親爺が亡くなったのだが、体調不良になり入院しやがて天国に行き49日を行うまで6ヶ月を要した。これでもピンピンポックリの典型だったわけで、また何時同じことが起こるか分からない、まだ3人の老人を抱えている家族だし自分自身がそっちに行くかもしれない。人生30、40代は子供のため、50、60代は親のために動くのかもしれない。
 
 自分は目標を与えられるとそれに向かって邁進するが目標が無いと漫然と日常を和んでしまう、そしてそれを良くないと考える性格なのだ。止まってしまうと溺れてしまう鮫のようなものか。
 
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東海道五十三次旧道ドライブは終わりに近ついた

 
▼ 3月に親爺が無くなって少し人生観が変わった。といってもそれほど多くのまた極端な選択肢を持つ年齢では無いのだが。
 まず第一に変わったのが人生には決められた時間しかないということ、そして人生は次ぎの世代には引き継げないということ。やっぱり自分の人生の時間は自分のものだし、次ぎの世代の人生はその世代のものだから。
 
 人間は社会の中で生きているから、周りの出来事に影響される。例えば親爺が亡くなることと同じ次元でお袋が亡くなる時がくるし、家内の両親も同じ。これから10年は送ることが多くなる、そしてその時期が終われば今度は自分自身の体調となろう。それでは限られた時間の中でやりたいことをやらなければ。
 
▼ 東海道五十三次を京都から東京まで旧道つたいに車で走ろうと考えたのは3年前の2010年の夏、家内に言うと「なに言っているの、そんなお金どこにあるの」だったのだが。当時は1000円高速の時期だったのでほぼガソリン代だけだと説得して横乗りさせて始めた。
 
 この旅行は今までの旅行とは少し違っていて、学生時代にやった北海道一周や信州一周ヒッチハイクの旅のように観光地目当てでどこへ行く何を食べるというものではない。【とりあえず行く】ということが目的であり、そこの何がある何を食べるというものは現地対応、そこにそれがあるから見る食べるというものである。
 
 現在は静岡県の沼津まで到達しているので、次は三島から箱根越えなのだ。実はこの旅をするにつれ気づいたことがある、旧東海道は西の方が残っている、そして海沿いより山間部の方がより保存されているのだ。その法則によると三島から箱根、小田原は残っているがそれより東は苦しいかも、さらに東京へ入ると街道沿いは開発されているだろうし。
 だがこの関西から箱根や鎌倉近辺、横浜東京へ行くには時間もコストもかかる。実際になんどもチャンスが来るとは限らない、行けるときに行ってしまおうという考えに到達した訳で。
 
▼ 5月のGW明け、5連休に仕事を調整し行くことにした。一気に三島から箱根を超え小田原、大磯(泊)、平塚、藤沢(鎌倉)、戸塚、保土ヶ谷、神奈川(泊)、川崎、品川、日本橋というスケジュール。帰りは中央自動車で昔訪ねた中仙道を高速から。
 
▼ 自分の好きな言葉に「インディアンの古い言い伝え【大事なものは目には見えない】」というものがある。
 自分は目標が無いとだらだら和んでしまう悪い癖があり、逆に目標があると強く向かうという性格だ。自分で目標を作り自分で動く、この歳になっても自らの動機付けで頑張ろうと思う。
 時間は限られているから。
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東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景(初摺)
 
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東海道五拾三次之内 日本橋 朝之景(後版後摺)
 
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▼ 栃木県那珂川町馬頭広重美術館が発行した「広重と東海道展」の図録をゲットした。1000部の限定発行なので大至急電話した。
 東海道五十三次の浮世絵は歌川広重によって20数種も描かれたが、年代によって加筆などがされているためそれぞれ違っている。上の「日本橋 朝の景」も初摺では大名行列の出立と魚河岸から小売に行く魚行商が描かれているのだが、後版では大勢の多様な人々が描かれている。
 
▼ 自分は旧東海道を東に向かって旅をしているが、それぞれの宿場や観光地で受け取ったチケットやパンフレットが大量に残っている。それをこの図録に挟んで残しておこうと思い購入したのだが、あまりの現物の良さにそういう使用目的ではもったいないと思い直した。チケットホルダーは別のものにすることにした。
 以前はスキャナーで画像保存していたのだが、それも面倒くさくなった。
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▼ 半年振りに東海道五十三次のドライブに行ってきた。今回は静岡の岡部宿から沼津宿までの行程、神戸からは遠いので3泊4日となった。
 自分が感じるのには(地元の方にはごめんなさい)東海道五十三次の中では静岡県内の宿場は当時の面影が無いところが多いのだ。災害などに襲われて建築物が消失したり宿場が移動してしまったりしている。
 しかし現代の旅としては良質なコンテンツを保持している場所がいくつもある。
岡部宿の朝比奈大龍勢(祭り)、丸子宿のとろろ汁、静岡の鰻、三保の松原や日本平に象徴される富岳、そして焼津、清水、沼津の海の幸。
 
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金目鯛の姿作り¥1680(沼津漁港、丸天)
非常に美味かった。
 
▼ 特に岡部の朝比奈大龍勢を見ることが出来たのはラッキーであった。年に一日しか行なわれない奇祭で住民の手作りの大型ロケットを打ち上げ、それから射出されるパラシュート花火を競うものだ。現地では大勢の人々が一日中打ち上げられる龍勢(ロケット)を宴席で楽しんでいる。まるで花見のようであった。
 
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ロケットは火薬部分の本体が1mほど、それを8〜10mの竹の先端に
備え付けてある、ロケット花火の超大型版
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ロケットが上空でパラシュートを放出しそれが何度も爆発して
発煙弾を空に広げる(動画を撮ってあるので編集してUPします)
 
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こんな感じのお手製ロケット
天下の奇祭だと思う。
 
食べたいものを食べ
見たいものを見た。

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