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東北地方太平洋沖地震

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★MBSの大阪W選挙特番「激突! 選挙直前スペシャル  『どうなる大阪の運命』」が急遽取りやめ、いわゆるドタキャン。★

 

"橋下vs平松" 24日夜、生放送で討論…ゴールデンタイムに2時間ガチンコバトル、視聴者意見も募集

・大阪市長選(27日投開票)で、前代未聞のガチンコ対決が実現する。
 前大阪府知事の橋下徹氏(42)と、再選を目指す平松邦夫氏(62)が24日夜、毎日放送の
 ゴールデン番組で生討論するのだ。米大統領選などでは恒例だが、日本では選挙期間中に、候補者同士がテレビで長時間の生バトルに臨むのは極めて異例。橋下氏優勢とされる現在の選挙情勢にも影響を与えるのは必至だ。

 注目の番組は、関西ローカル枠で放送する2時間の生特番「激突! 選挙直前スペシャル
 『どうなる大阪の運命』」(午後7時〜)。ジャーナリスト、田原総一朗氏(77)が司会を務め
 市民約50人も招かれている。

 「全国注目の選挙だからこそ、放送する意義がある。選挙期間中のゴールデンタイムに 両候補が討論するのは当局でも初めて。全国的にも珍しいのでは」と同局関係者は説明する。
 「弁護士界の風雲児」としてテレビ番組で過激なコメントを披露してきた橋下氏と、 人気ニュース番組「MBS ナウ」のキャスターを長年務めた平松氏。

 毎日放送「報道番組なので、特に視聴率を狙ってはいません。(橋下氏が率いる)『大阪維新の会』の 是非が問われているといいますが、両氏の政策を突き詰めていきます。ぜひ、多くの方に見て いただいて投票の参考にしてほしい」と語る。

 1960年の米大統領選のテレビ討論会では、民主党のジョン・F・ケネディ氏が清新かつ若々しい弁舌を披露して、現職副大統領で知名度に勝る共和党のリチャード・ニクソン氏を圧倒。
 大統領の座を射止めたことは政治史に残るエピソードとして語られている。(一部略)
 
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20111122/plt1111221606003-n1.htm

・ゲストコメンテーターは評論家の宮崎哲弥氏(49)、八代英輝弁護士(47)や、同局ワイド番組 「ちちんぷいぷい」でおなじみの石田英司氏(52)ら。スタジオには大阪市民約50人を招き、
 視聴者からメールやツイッターでリアルタイムに質問を募集する。(抜粋)
 
http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/topics/news/20111115-OHO1T00084.htm
 
24 :名無しさん@12周年:2011/11/23(水) 10:56:44.56 ID:nyhqXSES0
>>4
逃げた経緯

今日のMBSたね蒔きジャーナルの収録で、2本撮りの合間に談合市長がMSB側に橋下氏の「大阪市の生保対策は緩い」というのは許せない。どれだけ職員が危険を承知でやっているか!と顔を真っ赤にして抗議。
http://twitter.com/#!/89matsuno/statuses/139011117874814976

今日と明日の二本撮りでしたが、談合候補が明日の分の収録前にゴネた。顔を真っ赤にして、滑稽の極み。各社マスコミも取材で来てたからスポーツ紙とか報道したらいいのに。 #tane1179
http://twitter.com/#!/89matsuno/statuses/138987122509090816

平松さん、再度スタッフにクレーム中です。
http://twitter.com/#!/kjworks/statuses/138965345347186690

なんだかなぁ~。毎日放送、虚しくなる。 RT @takuyasunsun333: @t_ishinたね蒔き〜の生活保護の質問してたオバチャマあれヤラセやで!毎日放送の職員らしき方がオバチャマ帰るときわざわざ出迎え案内してた。今日もアウェイのテレビ番組?頑張って橋下徹さんo(^o^
http://twitter.com/#!/akurahaksuk/status/139015980734087169
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▼ これは楽しみにしていた生番組なんだよな。
MBSは平松候補の出身企業、そこへ橋下候補が乗り込んで討論するわけで、もちろん橋下バッシングは物凄く大きいことになるだろう。
 ところが今日その番組が突如放送中止となった。その理由は平松候補からのクレームであるらしい。上記のtwitterが拡散している。
 
 自分は大手マスコミは報道機関としての責務を果たしていないと主張している。いまやネットは既存マスコミの報道に対してもう一つの報道機関となっている。
 この生番組ドタキャンの真実もあっという間に拡散してしまう。
 
 それにしても彼の候補の醜いこと、自分が討論で言い負かされ電波にのることを番組の外で抗議し中止させるとは。そういうことは討論番組の中で反論すべきだ。
彼はジェントルマンで自己愛が強いように感じるので、自分の元所属していた放送局でライバルの若者に討論で打ちのめされ醜態を晒すのが耐えられなかったのだろうか。
 まるでガチンコプロレスのベルトを試合が始まる前に襲って奪取して逃げるようだ。
 まだベルトは審判団である住民が持っているんだが。王座決定の試合前にベルトも持たずに試合を放棄するということは単に負けを認めたということだぞ。
 
そういう訳で、番組は放送されません。

世界一周自転車の旅で知った地球最高の国

日本をこよなく愛し世界で写真展開くスイス・イタリア人夫婦

サイクリングの素人が長距離の旅行、しかも世界一周という、とんでもない大業を成し遂げた。世界42カ国を8年かけて自転車で回ったのは、イタリア人とスイス人の夫婦、レプレ夫妻だ。日本にも1年以上滞在して、北海道から沖縄まで全国を旅した。
 世界一周の基本は野宿だったが、特に日本では多くの一般家庭から宿泊提供を受けて、草の根交流を経験した(本文敬称略)。

振り返れば「奇跡だった」8年の旅

http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/6/8/250/img_68abf325701dd16230a69f392f3d12a6115104.jpg「8年間・自転車世界一周」を成し遂げたLepre夫妻。妻のVerenaさんと夫のLuciano氏。(著者撮影)
 妻のヴェレナと夫のルチアノは、スイス西部の有名な古城シヨン城付近に住んでいる。
 2人は1996年から2004年まで、8年かけて自転車で世界一周した。スイスから中東、そしてアジアに入ってオーストラリアへ。その後、北米と南米を回ってヨーロッパに帰ってきた。
 旅行前、ヴェレナは医薬品関係のセールスをしていて、ルチアノは携帯電話などの家電品の販売に携わっていた。2人とも仕事に没頭し、年始から年末まで仕事の予定がぎっしりと詰まっている状況だった。
 40代にさしかかった頃、「もう十分働いた。仕事を辞めて何か面白いことを」と考えた。以前から会いたいと思っていたネパールに住む友人のところに、「自転車で行ってみてはどうか」とひらめいたという。
 特にルチアノは写真が趣味で、写真撮影に思う存分時間を取ってみたかったこともあった。
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/b/1/250/img_b1c3aa417608601dc1fb2601735b962761336.jpg旅をスタートしたばかりの1996年当時。テントや寝袋、コンロ(調理具)などを積んで。(写真提供以下すべてVerena and Luciano Lepre)
 当時2人はサイクリングの素人だった。自転車を所有してもいなければ、レンタルして普段乗ることさえなかった。
 それが、いきなり自転車旅行とは無謀に見受けられるが、すでに、いろいろな国を普通の観光旅行で訪れていた2人にとって、また同じスタイルでというのは退屈に感じたのだ。
 移動手段が自転車なだけで宿や食事は通常通りという旅ではなく、バックパッキングでと決めた。
 ネパールを目指した旅行が始まり、ヴェレナは背中に、ルチアノは膝に痛みが出たが、旅するうちに、ハンドルとサドルの高さを微調整するなど楽に走れる工夫を見つけていった。1日の平均走行は4〜6時間だった。
寝る場所は、「今夜はどこにテントを張ろうか」といつも行き当たりばったり。食材を調達して自炊し、寝袋で夜を過ごした。
 旅の予算は1日約2000円で済ませて最低限の物に費やした。貯蓄を使うばかりでなく、時おり収入も得た。アウトドア雑誌を中心に、この旅をつづったルポを売り込んだら、運良く買ってもらえたのだ。
 2人は地図も持たずに進んだ。次の日の予定も事前に決めなかった。ときには、航空会社と交渉したら無料で航空券2人分を提供してもらえたり、テントを張っていたら地元の富裕層が家に招いてくれ、豪奢な部屋を使わせてもらえたこともあった。そんな毎日の出来事を楽しんだ。
 14カ月後、2人はネパールに辿り着いた。友人宅で4カ月滞在した間、「そんな楽しいことや驚くことが、まだたくさん待っているに違いない。ストレスや競争から解放された自由な生活ももっと続けたかった」と旅を続行する決意をした。
 「旅をしている最中は予測できないことに身を任せて、次の地、その次の地へと淡々と進んだ気がしていた。でも振り返ってみると、安全でいられたのは奇跡だった」とはヴェレナ。最終的に8年間、怪我も大病もなく、危険な目にも遭遇しなかった。

日本人の味覚やリラックスの仕方を体感した日々

http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/c/a/250/img_ca2ca6af12a5e6ddc95e34d311f56f6959213.jpg「着物」と「マンガ」という日本文化の典型も、しっかりととらえた
 スイスを出発して3年後、ネパールでの旅続行の決意から約2年後、2人は日本に降り立った。1980年代に2度東京を訪れて以来だった。
 そのときは「何でも値段が張る」という印象で、数日間しか滞在しなかった。だから、初めて訪れる国のような新鮮さがあった。
 一方、サムライ・芸者といった伝統、電化製品などの先端技術、グループで行動するのが好きで、働いてばかりいるロボットみたいな日本人といった、一般の西洋人が持つ日本に対する紋切り型のイメージを抱いていた。寿司も嫌いだったし温泉も入ろうなどとは思わなかった。
 だが2人を待っていたのは、西洋人が思うような「クレージーな日本」ではなかった。
 例えば刺身は魚ならどれでも味は同じと信じていたが、魚の種類や魚の部位によって味が違うことに気がついた。刺身には醤油だと思っていたのが、調味料を変えたり薬味を混ぜたりとタレが1つではないことも知った。
日本の食の奥深さに驚き、ルチアノいわく「自然のものを豊富に食べている日本人は、繊細な味覚を持っている。食べ物や食事で日本人をだますことはできないよ」と認識するほどになった。
 生魚なんて絶対に嫌だと思っていたヴェレナも、刺身が大好物になった。
 41度前後と湯温が高めの日本の温泉も(ヨーロッパの温泉はせいぜい38度が限度)、自分たちで入ってみて初めてその良さが分かった。熱めの湯にゆっくりとつかると、疲労した体のほぐれ方が全然違った。
 とりわけルチアノは日本の温泉が恋しくて仕方ない。ルチアノはいま日本を訪れるたびに、温泉に向かうという。
 日本の旅では、全国の非常に多くの一般家庭から宿泊の提供を受けた。「日本人は人を家に招かないと外国人はよく言うけれど、全然そんなことはない。もてなす精神はしっかりとある」とルチアノ。
 2人は家庭に泊まって暮らし方を垣間見ていくうちに、日本人の価値観、日本人の職業観、日本の教育などを少しずつ知っていった。

日本の複雑さこそが、魅力的

http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/6/7/250/img_6750c277e4a1a12b7a83c64e5889fa62101730.jpg京都にて。撮影してきた大量の写真も積み、自転車は数十キログラムの重量になった
 よく見えなかった日本人の生活の仕方や考え方を知るにつれ、2人は変わった。
 ハイテクvs伝統的な生活スタイル、物質主義vs精神主義、豪華vs簡素、都市の喧噪vs寺や神社などの静寂といった様々な対立するものが混在する日本は、複雑で変わっていると見るのではなく、その複雑さが興味深いと感じるようになったのだ。
 約半年で日本縦断が終わって、東南アジアへ行きオーストラリアに入ったが、「日本の風景や人々をもっと深く心に刻みたい。もっと写真に収めたい」と、もう1度、約半年滞在するために日本へ戻った

スイス、仏、独にて、撮影した日本の写真を公開

 日本縦断は、2人のその後の人生を変えた。いま、2004年末に自転車世界一周に終止符を打って6年半以上が経ち、ゆっくりと思い出をかみしめつつ、スイスの生活に戻ったとようやく感じているが、日本との関わりは強まっている。
 「旅をするという観点から見たら、日本は一番面白い」。2人は大好きな日本のことを、自分たちの経験を伝えることによって、より深くより多くの人たちに知ってもらいたいという情熱に満ちている。
 まずルチアノは、日本縦断で撮影した美しい写真数百枚をもとに、その後、数度の新たな撮影を重ねて、2010年に写真集『JAPAN』を出版した。現在は、東京にフォーカスした2冊目の写真集の準備をしている。
 そして、それらの写真をスライド形式にして、2人で解説をしながら見せる「ジャパンショー」も開催するようになった。
 今年1月から4月まで、スイス32カ所を回った。「城を背に萌える桜」「人力車に乗る舞子」「コスプレ姿の女性」など、個性的で情緒あふれる写真を次々に映し出して、訪れた人たちを魅了した。
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/e/6/250/img_e6c9cc4d2c1b208e83cf6f912f5d43f692371.jpg撮影対象は人や建物だけでなく、動物も。長野県地獄谷温泉にて
 「ジャパンショー」開催を、スイスの新聞や雑誌も大きく取り上げた。好評だったため、数年後またスイス各地で開催することを検討しているという。
 他国でも「ジャパンショー」を開く計画を進めている。ドイツ・フランクフルトからは、すでに招かれている。パリからは、開催に協力すると言ってもらった。ロンドンでも開催できるように話し合いを重ねている。
 ショーは有料だが、目的はお金ではない。見えにくい実際の日本を、たくさんの人たちに紹介したいのだ。
 2人は日本への観光ツアーも作った。大震災の影響で延期になったが、10月、スイスの人たちを初めて日本に引率して、東京、岐阜、石川、京都、広島などを2週間で回る予定だった。

若い世代へ。お金だけが夢じゃない。

http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/9/f/250/img_9f4ca886d73814ee564e5080b629a03b123005.jpg行く先々での人々との出会いを楽しんだ。愛媛県松山市にて
 2人は「生きる上で何がより大事か、何が重要ではないかが分かった」と、旅の前とは異なる価値観で生活している。
 「スイス全土を自転車で走りたい。これほどサイクリストのことを考えて走りやすい道を作っている国はスイス以外にない」。日本だけでなく、自分の国の良いところを再発見したことも、旅からの収穫だ。
 ルチアノは、決してあきらめなければ必ず人生は変わることを、インタビューの最後で語った。ヴェレナは、健康なら何歳からでも新しいことに挑戦できるし、人生を楽しむことが何よりも大切だと話した。
 特に若い世代には「お金を稼ぐことだけ、経済的に豊かになることが人生の夢ではないと伝えていきたい」という。
JBpress 2011,10,6
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▼ 日本人には精神性という価値基準がある。その基準に従って物事を判断する、そういう方法がある国。
 ガラパゴス諸島はアフリカ大陸から隔絶された島だからこそ独自の進化を遂げた生物がいる、日本もアジア大陸から切り離された島国であり行き止まりの場所でもある。独自の文化文明が醸成される場所であったわけだな。
 
 
 この国の「日本らしさ」はいつの時代に作られたものであろうかとなれば「江戸の封建社会と鎖国の時代」なんだろうと思う。
 
謝謝台湾、謝台協助振災
 

110キロ泳ぎ台湾に到着 震災支援に感謝

19日、約110キロを泳ぎ切り、台湾北東部・宜蘭県蘇澳の海岸に到着した鈴木一也さん(前列右から3人目)ら日本人青年6人。いずれも青い水泳帽(共同)
 
(7時間51分前に更新)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 【蘇澳共同】東日本大震災後、多額の義援金などで支援してくれた台湾の人々への感謝を伝えようと、被災地の東北3県の知事のメッセージを携え、17日に日本最西端の沖縄県・与那国島を出発した青年6人が19日、約110キロを泳ぎ切り、台湾北東部・宜蘭県蘇澳の海岸に到着した。
 台湾側からも100人以上が沖合まで泳いで出迎え、上陸後に宜蘭県政府が歓迎式を開催。
 日本側の6人は17日朝の出発後、約30分ずつ交代で泳ぎ、医師ら約10人が乗った船が伴走して、流れの速い黒潮を横断、約50時間かけて到着した。
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-09-19_23660/
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▼ 泳いで渡ったことでニュース価値が上がり台湾が今回の震災で多くの義捐金などの援助をしてくれたことに再度光を当てることになった。また双方の友好を再確認できるイベントとなった。台風により心配されていたが。
 
 この出来事を見ていて、こんな歌が浮かんだ。
 
「おさななじみ」
 
おさななじみの 想い出は
青いレモンの 味がする
閉じる瞼の そのうらに
おさない姿の 君とぼく


お手々つないで 幼稚園
つみき ぶらんこ 紙芝居
胸にさがった ハンカチの
君の名前が 読めたっけ


小学校の 運動会
君は一等 ぼくはびり
泣きたい気持ちで ゴール・イン
そのまま家まで かけたっけ


にきびの中に 顔がある
毎朝鏡とにらめっこ
セーラー服が よくにあう
君が他人に 見えたっけ


出すあてなしのラブレター
書いて何度も読みかえし
あなたのイニシアル何となく
書いてやぶいて捨てたっけ


学校出てから久しぶり
ばったり逢った二人とも
アベック同士のすれちがい
眠れなかった夜だっけ


あくる日あなたに電話して
食事をしたいと言った時
急に感じたむなさわぎ
心の霧が晴れたっけ


その日のうちのプロポーズ
その夜のうちの口づけは
幼ななじみのしあわせに
かおるレモンの味だっけ


あれから二年目僕たちは
若い陽気なパパとママ
それから四年目幼な子は
お手々つないで幼稚園


おさななじみの 想い出は
青いレモンの 味がする
愛の印の幼な子は
遠い昔の君と僕
 
 
 ▼ 日本が同じ統治形態を行った台湾と朝鮮でなぜここまで違うのか。
もっと台湾を重用すべきだと思う。
イメージ 1
 
鎮魂という心の問題を収める為に
相手の心を軽んじては成らない。
相手が嫌がるのなら無理強いするべきではない
放射性瓦礫処理という問題と根は同じ
被災地は「他所に放射能を拡散させない」
という覚悟を決めるべき
 

「核廃棄物持ち込み許さない!」 マツ騒動、今度は成田山新勝寺に抗議

 東日本大震災の津波でなぎ倒された岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」のマツの木を、千葉県の成田山新勝寺で「護摩木」と共に焼いて供養することが報道されると、「核廃棄物を持ち込むことは許さん!」などといった苦情が寺に押し寄せた。陸前高田市のマツを管理するボランティア団体にも抗議が来ている。
陸前高田市やボランティア団体からは、市への非難や風評被害が広がるばかりで、「もうそっとしてほしい」といった悲鳴が挙がっている。

「皮は薪にはしないのに」と地元は憮然

市やボランティア団体は、マツを巡る騒動でバッシングに晒されていることに頭を抱えている。今回の騒動のあらましはこんな具合だ。
陸前高田市のマツを管理するボランティア団体によれば、2011年6月に大分県の芸術家から、京都「大文字」で使うマツの木切れが欲しいといわれ、市と協議して提供を決めた。木切れに被災者の願い事を書いて欲しいという申し出については、市民は復興で忙しい中、疑問もあったが、震災で亡くなった縁者を思い、また自分達への心遣いに感謝して応じることになった。「生まれ変わったらまたあなたと再会したい」などと書かれたものが400本近く集まった。
しかし、京都では放射能を心配する府民からの反発が出て、大文字保存会は2011年8月6日、陸前高田市のマツは使わないと発表した。
すると今度は全国から、京都への非難が殺到したため、一時は「大文字」をはじめとする五山の保存会が薪に使うと発表。マツの放射能の検査が条件だった。検査してみると表皮に1キログラムあたり1130ベクレルの放射性セシウムを検出、再び中止が決まった。
ボランティア団体によれば、最初の「大文字」で使うマツは京都の関係者や自分達が検査しても放射能は出なかったという。それは、マツの皮を取り、薪として使えるよう加工した後だったからだ。次に行われた検査では、加工していないマツが運ばれ、皮と内側を別々に検査。内側は大丈夫だったが皮から放射能が出た。ボランティア関係者は、「皮は薪にはしないため、今回の検査でよかったのだろうか?」
と首をひねる。しかし、今回の検査で京都に対する非難が沈静化したのは確かだ。

「燃やしても全く人体に影響はない」

ちなみに、放射線影響研究所に問い合わせてみたところ、野菜や肉、魚などについては、放射性セシウムが1キロあたり500ベクレルを超えるものは食用にしないという国の基準値がある。今回のマツの皮は1キログラムあたり1130ベクレル。約2倍の数値だが、皮を食べることはない。「不安だという気持ちはわかりますが、燃やしたとしても全く影響は出ないでしょう」と話している。
そうした中、11年8月15日、千葉県の成田山新勝寺で9月25日に行われる伝統行事「おたき上げ」で、願い事が書かれた札「護摩木」とともに陸前高田市のマツがたかれると報道された。すると15日の昼過ぎまでに新勝寺に30本近い問い合わせが来た。批判が多く「核廃棄物を持ち込むことは許さん!」といった過激なものまであったという。
新勝寺によれば、マツを燃やすことを決めたのは京都「大文字」が話題になる前で、同じ宗派である陸前高田市の金剛寺が「おたき上げ」でマツを供養することを知り、賛同したことがきっかけ。マツは金剛寺から長さ90センチ、4.5センチ角のものを20本から30本提供を受ける。批判が寄せられていることについて新勝寺では、「まずは放射能の検査をします。検出されればマツは燃やしませんが、拝むという形になるかもしれません」
と話している。
この新勝寺の件で、再び陸前高田市のマツに対する非難が始まっている。先のボランティア関係者の電話には、「どれだけ日本に放射能を拡散させたいんだ!」などといった抗議が来ているという。
 
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▼ 被災地でこのような活動をされている人たちは何をやりたいのか。
自分達の気持ちが治まるなら、相手の気持ちは関係ないと考えているのだろうか。
 確かに大災害で人々は大きな痛手を負った。だから日本各地の人々も自分達の鎮魂の為なら我慢しろと思うのであろうか。放射性物質は検出されたが、健康には影響がないから自分達の鎮魂に協力しろと言うのであろうか。
 鎮魂とかいう宗教的行事は心の問題なのだし、個人個人の問題である。十羽一からげに健康被害は無いと科学的判断は絶対になじまない。放射能を恐れる気持ちは当然のこと、それを被災地差別というのは相手の気持ちを理解していないことだ。
特に「このくらいの放射能はたいしたことは無い」という表現や感覚、逆切れ、自ら言い出すことではない。相手に共感してもらうなら責めることではなく自らの境遇を嘆くほうが良い。そういうことで相手に共感してもらえるだろう。
 
▼ 自分達の鎮魂の行事を他所で行うならば、相手の地元民の心を乱さないことが重要であり、放射性物質の拡散を恐れている他所の住民の心を考えるべきだ。
 福島県産の農産物が風評被害で売れないとする、その為地方の小学校の給食に法廷基準値以下の食材を使おう、使わないのは被災地差別だ、法定基準値以下ではないか、関東地方も放射能汚染されているではないか。このような論法は出来ないだろう。
 
宗教的行事ならば
信徒の同意が最低条件になるだろう。
マスコミは今回は心の問題を無視している。
 
 
 
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被災地の薪に放射能がある無いではなく
日本の宗教的伝統行事を運営当事者への断りも無く
被災地のためだからといって善意を強要することは間違い
 
 
薪問題
2011年、大分市芸術家藤原了児が独断で、東北地方太平洋沖地震の津波で流出した陸前高田市高田松原に被災者がメッセージを書いた薪を送り火として燃やすことを陸前高田市に提案。これを受けて陸前高田市では松とメッセージが集められた。その後、大文字保存会の松原公太郎理事長に打診、保存会も受け入れの意向を示した。しかし、薪を燃やすことにより放射性物質を含んだ灰が飛散する可能性(「燃やした灰が琵琶湖に落ちて水が飲めなくなるのでは」など)、またこれらの消し炭を無病息災のお守りとして持ち帰り、煎じて飲む習慣のある保存会や檀家衆らの不安などの懸念する声が、京都市などに数十件の抗議や意見として寄せられたり、半年前から松明や薪に使う松材の切り出しが始まり、使う木材もどこの山から調達するか予め決まっている事、津波により水に浸かった木が燃えにくく、人工的に急激に乾燥させると文字が消えてしまうということなどから最終的に保存会は受け入れを中止し、これらの薪は陸前高田市で8月8日に迎え火として使用された。一方、受け入れを中止したことに対する抗議も相次いだ[12]福島県伊達市の仁志田昇司市長は「根拠のない不安感を助長させ、風評被害を広げ、結果的に東北の復興が遠くなる。決して容認できない」と強く批判しており、保存会と京都市に対し、抗議文を送ることを明らかにした[13]。その後、1,000件以上の批判や苦情が相次ぎ保存会は方針を撤回し8月10日に受け入れを決定、新たに薪500本を取り寄せ8月16日に送り火として燃やす。
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▼ この問題は京都の有名伝統行事に独断で(相手方に断れないやり方)押し込もうとした『作られた善意の押し売り』、『伝統行事を軽く考えた部外者の乱入』と言える。そしてその相手の立場を考えない強引さ、被災地や被災者だからなんでも許されるという傲慢さ、日本の伝統を守る為に関わっているたくさんの人たちの心情に思いやれない鈍感さ、宗教的精神性を無視した無神経さが見える。
 
 五山の送り火は地元の行事であり、お盆に霊魂を向かえ送るためのものである。
全国的に有名だからという理由で東北の震災で亡くなった人たちも入れて欲しいと言ってもすんなりとは行かない。京都地場の行事なのである。
 百歩譲って東北の鎮魂を兼ねてもらうとしても最初に話を通すのは京都の保存会や檀家の人たちへの許可であろう。それを京都の保存会や檀家を無視して話を進めて異論が出れば『被災者の心を踏みにじる』という声に押されて進まざるを得ないようにしてしまうのは間違いだ。
 
こういう伝統は外部の人間がどうこう言うものではない。
今回の事件は、発案者の行き過ぎた見切り発車、京都市長の舵取り失敗、マスコミの被災者貴族的擁護が問題なのだ。伝統行事は守っている人たちを無視しては成り立たない。放射能があるかもとかが拒否の理由と報道されているが、日本の伝統行事に簡単に外部から口を挟ませることへの拒否感も多いと思う。
 

問題の経緯

企画発案者は 大分県の美術家 藤原了児氏
元福井市議 後藤勇一氏とNPO法人「ふくい災害ボランティアネット」も主導。
つまり岩手県民でも京都府民でもない部外者により進行された。
使用させる予定の薪は 福井県のNPO団体から何故か買い取る事になっている。

京都の五山の送り火保存会に事前許可も取らずに岩手県・陸前高田の松を京都の大文字の送り火で使用させる企画を勝手に進行。( もちろん無断

送り火保存会の許可もないまま、岩手県陸前高田で京都府の本来の送り火とは全く違う形式の送り火用の薪作りを開始。
放射性物質検査をする予定もなし。

送り火保存会に無許可のままマスコミに自らの企画を宣伝。

その企画を知った京都府民が松の安全性を問題視し、発案者にちゃんと安全検査をして欲しいと問い合わせる。
(市民を安心させる事も大切。安全が確認された上なら問題なく行える)

「検査をして欲しい」という内容の問い合わせに企画推進側が逆ギレ。
「京都の人たちは、福井の原発の電気を使っているのですから、放射能を受け入れるぐらいの気持ちで電気を使って欲しいです。」
と放射性物質自体の受け入れを要求するような文面をブログに掲載。

発案者が検査結果を発表。放射性物質不検出と発案者側が提示した調査結果が、実は 放射性物質用の検査とは全く関係ない別種の検査であった。
塩害の有無 の確認のための単なる成分解析であり、そもそも放射性物質を測れない検査だった。

この時点でストロンチウムが検出されている。
(自然由来か原発による人工的なものか、検出量などは不明)

再度、京都府民が問い合わせ。

発案者、ストロンチウムの放射性の有無を探知出来ない上での簡易検査を行う。
しかも松を細かく砕いた上での事。

企画者側が発表した検査結果(成分分析結果)を暫くして説明も無く削除。

普通ならこの時点で企画却下のところを
京都府側が岩手の方のご好意を無駄にしない為に独自で検査までするはめに。



企画や検査が非常にいい加減であったことや市民の声を考慮した結果、企画を断念
(市に問い合わせたところ、中止を決定した理由について
「10ベクレルが検出限界値なので、0かもしれないし9かもしれない。9であれば皆さんに迷惑がかかるので今回は中止にした」との回答)

それでも被災地の方のためにと、大文字保存会の人間が頭を丸めて現地に向かい、
8日夜、現地の薪を現地で「迎え火」として焚く。

プロジェクト開始は取り上げなかった各マスメディアが「被災地の松の使用中止」時点から大々的に取り上げ京都バッシング、経緯を無視した偏った報道を行う。

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