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▼ やっぱり大連立は過去のもの。民主党の総理は一日でも長く総理でいたい、議員連中は選挙が怖い、落選が怖い。だから国会をまともに進行させない。
つまり何もやらないであと2年の任期切れを待つ状態なのかもしれない。
ここにもやるやる詐欺。
つまり民主党は解散などする気は無い。なんとか2年間やり過ごそうというつもり。
2011年6月10日 (金)不信任案否決から一週間 石破 茂 です。
不信任案否決から一週間が経ちましたが、何一つ物事が進展しない状況が続いています。
菅総理の辞任はもはや所与のものであるかのように受け取られていますが、私はこれを全く信用しておりません。総理になること自体が目的であった人が、ようやく手に入れたその地位をそう簡単に手放すはずがない。事実、総理自身からいまだに一言も「辞任する」という発言は発せられていませんし、今国会を閉じない限り、不信任カードはもはや使えないのですから(不信任案は一国会に一度しか提出できません)、その気になれば会期を大幅延長してずるずると居座ることは可能なのです。 そうなると参議院で問責決議案が出てくることになりますが、「参議院の問責決議案には何ら法的拘束力がない」と開き直ることすらやりかねないのが菅直人という人なのではないでしょうか。 どのみちいずれ行き詰ることにはなりますが、その日は意外と遠いのかもしれません。それまで続く無為の日々を思うと、何ともやりきれない思いが致します。 不信任案採決の時にも記したことですが、菅総理の思いは「とにかく一日でも長く総理を続けたい」、民主党議員の思いは「とにかく解散だけは回避して、一日でも長く議員でいたい」ということなのであり、この両者の思惑が見事に一致しているからこそ、このような状態となるのです。だからこそ鳩山某の意味不明の言葉に皆が引っ掛かってしまった。いや、引っ掛かった、というよりむしろその場に居た皆がそれを認識しながら出来レース的にわざと引っ掛かったフリをしたのではないか。
あの場で「菅総理は今の鳩山前総理の質問に答えていない。復興基本法が成立し、二次補正予算の編成を終えたら辞める、と明言せよ」と誰一人問い質さなかったのがその証左と言う他はありません。 かかるいい加減極まる内閣を倒すためには、自壊させる他はありません。
己の職を賭して総理に辞任を迫り、聞き入れられなければ辞職する、そのような気概を持った閣僚が数人出れば内閣は自壊せざるを得ないのです。 菅総理のことですから、辞職した閣僚を全て自分で兼任するなどということもしかねないのですが、いくらなんでもそれは世間が許さないでしょう。 一昨年夏の麻生内閣末期、当時農水大臣であった私は与謝野財務大臣と共に麻生総理に自発的退陣をお願いしました。
当然辞表は提出しましたが受け入れられることはなく、自民党は万歳突撃的総選挙に突入し、大敗しました。 あれは私の二十五年に及ぶ政治生活の中で、宮沢内閣不信任案に賛成した時と並んで最も辛かった決断のひとつでした。 ポスト福田の総裁選を共に戦いながら閣僚に登用して下さり、思うように仕事をさせて頂いた麻生総理には大変な恩義を感じていましたし、総理の持っておられる兄貴分的気質も大好きです。しかし直前に行なわれた東京都議選に自民党は惨敗、世論調査では総選挙での自民党の獲得議席は120議席と予想され、このまま突入すれば解党的大敗は必至の情勢でした。下野することはやむを得ないとしても、せめて150〜180議席を確保し、出鱈目な政権運営をすることが確実な民主党政権に対する強力な批判勢力として自民党が残り、次期総選挙に一日でも早く追い込む体制を確保するためにはこれしか方法はないと思ったのです。 あの時、与謝野大臣が私に言われた言葉は、今もはっきりと覚えています。 「石破さん、貴方も私も長く議員を勤め、閣僚を何度もやったのだから政治家としては本望というものだろう。しかしこのまま選挙に突っ込んだら、若手や次に内閣で働きたい者の多くが落選し、自民党は解党的大敗となるだろう。こんな時、閣僚が職を賭して総理に辞任をお願いする以外に自民党の敗北を少しでも食い止める方法は無いと私は考える。貴方に一緒にやってくれとは言わない。自分で判断して貰いたい」 この決断によって失ったものも多くありましたし、その後の与謝野氏の行動は私とは大きく異なることとなりました。しかし後悔はありません。 とにかく議員でいたい、閣僚でいたい、総理でいたい、そのような理由に基づく行動だけは決してしてはならないと思うだけです。今の菅内閣にそのような志を持った人がいないものでしょうか。 大連立話はほとんど消えつつあります。一体あれは何だったのか、今もって私にはよくわかりません。
「とにかく解散だけは避けたい民主党」との連立など国民の理解が得られるはずもなく、そのような政権は早晩瓦解するでしょう。 自民党の中に「とにかく権力に戻りたい」というような考えを持つ者も、私の知る限り一人も居りません。大連立より理念ある再編を目指すべきであり、その中核に自民党があるべきだ、という私の思いは変わりません。 復興基本法が、本日の衆院本会議でほとんど自民党案の通りに修正、可決され、来週中には成立の見込みです。
最初から自民・民主・公明の三党で協議しておけば、成立は一か月早かったでしょう。 二か月近く前、自民・民主・公明三党政調会長会談の折、復興基本法は三党でそれぞれ案を作り、協議・修正の上、共同提案の形でどうかと私が提案したところ、たちどころに朝日新聞に「石破政調会長の独断で、クーデターだとの意見が自民党から出ている」と書かれ、この動きは頓挫し、政府からは阪神淡路大震災の時と全く同じ内容の極めていい加減な案が出てくる展開となり、法案修正・成立に多大の時間を要することとなってしまいました。 誰が朝日新聞にあのような記事を書かせたのか知る由もありませんし、私ももっと周到に根回しすればよかったかとも思いますが、何とも残念でなりません。 大連立など組まなくても、責任ある対応はできるはずなのです。今後は原発被害者の方々に対する賠償スキームが議論の焦点となります。党の面子や思惑で徒に時間を費やす愚だけは避けなくてはなりません。
週末は土曜日一日かけて福島県の被災地を回り、自治体首長をはじめとする関係者の皆さんと意見交換をいたします
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東北地方太平洋沖地震
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備忘録として貼っておく。
この記事が真実かどうかは分からないが、
こういう状態でなければあのような混乱は起きないのではないか
という思いになる。
錯乱する総理大臣 、一度お医者さんに診てもらいましょう「注水を止めろ!」という菅直人総理の指示を、「現場判断」で公然と無視し、ニセの文書まで作って官邸を欺き注水を続けていた---。かつてこれほど侮られ、軽視された政府があっただろうか。しかも東京電力福島第一原発の吉田昌郎所長は、指示を受ける半日前に直接菅総理と面会し、言葉を交わしている。おそらくその段階で、「この人の言うことは聞く必要がない」と見切っていたのだろう。 原発事故発生当時、菅総理はそれほど混乱し、錯乱していた。
5月26日15時、東京電力は単独で緊急会見を行い、前代未聞の事実関係を明かした。事故発生直後の3月12日夕方、官邸ら「再臨界の可能性がある。海水注入を止めろ」という指示を受けたにもかかわらず、吉田所長の独断で注水を継続していた、という。
会見に立った武藤栄副社長も、「注水継続の技術的な側面については、議論の余地がない」 と吉田所長の判断をかばった。東電は吉田所長の判断を是とし、総理の指示がいかに的外れだったかを暗に指摘しているのである。
一連の事実経過について、経産省幹部A氏が本誌に提供した1通の極秘メモがある。
メモは、「3・12の東京電力福島第一原発1号機への海水注入に関する事実関係」と題され、この日、官邸で何があったのか、分単位で細かい事実関係の推移がつづられていた。
〈3月12日 18:00~18:20頃 菅総理から、海水注入による冷却実施についての検討、指示が各所に出る。
総理指示で、原子力安全委員会、同保安院などが検討することになったとされるが、実際には、班目(春樹)原子力安全委員会委員長、官邸詰めの武黒(一郎)東電フェローらが、「再臨界の可能性は極めて低い」と菅総理に進言しても、まったく無視された。
菅総理は、「彼ら(班目氏ら)の言うことは信用できない」
と、官邸の執務室に籠もり、知識のありそうな「内閣参与」の話を聞いたり、自ら電話をかけていた。(総理は)興奮状態で、側近の報告が耳に入らないようだった。その一方で、検討の指示と相前後する形で、海水注入命令が出た。
総理はそれを「知らなかった」〉
現場の足を引っ張る総理 このメモの記述について、経産省幹部A氏が解説する。
「福島第一では全電源が失われたことで核燃料が溶融し、地震発生からほぼ1日後の12日15時36分に1号機で水素爆発が起きた。とにかくすぐに水を入れて燃料を冷やす必要があったが、注入できる淡水はまもなく底を尽き、そのあと注入できるのは海水しかない。絶体絶命の危機に陥ったんです。
実は海水注入について、もっとも判断が早かったのは、福島第一の吉田昌郎所長でした。メモによると、水素爆発の40分前の14時54分には、福島第一の対策本部から『準備が整い次第、海水を注水します』という報告が東電本店に届いています。東電本店からは15時18分に原子力安全・保安院にファックスが届き、海水注入の準備に入ったと連絡してきた。つまり、1号機が水素爆発を起こす以前に、現場は『海水を入れるしかない』と腹をくくっていたんです。
ところがここからが問題だった。海水注入の是非についてすぐに判断できず、官邸が大パニックになっていたんです」(A氏)
A氏のメモにも、〈現地が混乱、海水注入の準備中断。この後、2時間ほどは、各所の動きが不明〉となっている。現場が準備を整えていたにもかかわらず、「空白の2時間」を浪費したのである。
なかでもとくに混乱していたのが、菅総理だった。
「菅総理は、海水注入の是非について海江田(万里)経産相に検討を指示し、班目氏ら安全委員会の専門家に『海水を入れて大丈夫なのか!』と聞いた。ところが、『再臨界の可能性はありません』という答えに満足せず、執務室にこもり、知人の科学者に電話をかけまくって自分で調べようとした。
その間に、海江田経産相ルートで、いつのまにか『海水注入』の指示が出てしまっていたんです」(A氏)
この経緯の意味するところは重大だ。官邸スタッフが「機能停止」に陥った菅総理を半ば見限り、「これ以上放置すれば炉心が持たない」と見切り発車で海水注入を指示したということだからだ。
メモにはこうある。
〈18:05 官邸から、電話で「海水注入をしろ」との海江田大臣の命令が東電対策本部に入る。東電側の問いに対し、「原子炉等規制法に基づくもの。命令文書はこの後届ける」と回答。東電は現地(福島第一)に命令が出たことを伝える〉
5月21日の会見で細野豪志・総理補佐官は、18時5分の命令を、
「海水注入の準備指示だった」
と発言している。しかし、東電側は、「海水注入の指示命令だった」と主張しているという。
19時4分の海水注入後の連絡についても、政府と東電の認識は食い違っている。
東電側は「注入を口頭で保安院に連絡した」としているが、保安院は「(連絡を受けた)記録が残っていない」としている。
あくまで東電側の「自主判断」で海水注入が行われたと印象付けようとする理由は、この時点で政府内が大混乱しており、菅総理と海江田経産相の判断が分裂していたことを知られたくないからだった。
この直後、さらに異例の事態が起こった。
「官邸に詰めていた武黒一郎・東電フェロー(元副社長)が、突然福島第一の吉田所長に直接電話を入れたんです。私のメモによれば、時間は19時4分から11分にかけて。『海水注入について、官邸の了解を得ていないため、まずい。止めたほうがいい』と説得する内容だった。
武黒氏は19時20分に東電本店にも電話し、『官邸の了解を得ていない。騒動になるとまずい。いったん止めてほしい』と言い始めた。電話を受けた側が奇異に感じるほどの慌てぶりだったそうです。
実は武黒氏は、菅総理に叱責されたんです。『海水注入を始めました』という報告に対し、菅総理が、
『オレは聞いていない! 再臨界の危険があるのに、何をやってるんだ! ただちに止めろ!!』と怒鳴りまくった」(A氏)
この結果、19時25分にいったん注水は中止した、と官邸には報告された。第一原発からは、吉田所長も承認した文書が届けられたが、実際には注水は継続しており、官邸を欺くために作られたニセ文書だった。
「吉田所長はもちろん処分を覚悟のうえだし、東電も薄々知っていた気配がある。危機を回避するためには、それも仕方がないという究極の判断だった」(A氏)
菅総理の「錯乱」と「再臨界する」という思い込みが招いたドタバタ劇だった。
「総理を説得したのは、原子力安全・保安院の幹部でした。メモによると、19時40分から、保安院のスタッフが海水注入による冷却の効果と、再臨界の可能性についての検討結果を菅総理に説明した。
ようやく納得した菅総理から、『海水再注入』の指示が出たのは、19時55分でした。これを受けて、20時5分に海江田経産相が海水注入を命令。東電は胸をなでおろした」(A氏)
療養が必要なのでは 菅総理自身は、5月23日の衆院東日本大震災復興特別委員会で、
「(海水注入の)報告はございませんでした。報告が上がっていないものを、『止めろ』と言うはずがありません!」
と語気を強めていた。
一方の班目原子力安全委員長は、
「私が再臨界の可能性など言うはずがない。そんなことを言ったら専門家としての生命は終わりだ。名誉毀損で、冗談じゃない」
とまで言っている。どちらがウソを言っているのか「藪の中」のような騒動だったが、現実は「再臨界はない」と主張する班目氏の意見に菅総理がまったく耳を貸さず、時間を空費していたというのが真相だった。
18時5分と19時55分の二度にわたって注水指示が出ているのも、菅総理の混乱が原因だった。
ある民主党のベテラン議員はこう話す。
「官邸スタッフの間では、『菅さんは病気ではないか』という話が出るほど、気分のアップダウンが激しい。もの凄く落ち込んでウツ病のようになるときもあれば、興奮して怒鳴りまくることもある。いったん思い込むと、いっさい人の意見を聞こうとしない。唯一の例外は、伸子夫人らしいがね」
ほかにも、菅総理の怒声を直接、耳にした人物がいる。
佐賀大学元学長の上原春男氏は、原子炉復水器の専門家として、地震発生直後から直接、間接に官邸に対し、助言していた。
その上原氏本人が明かす。
「原発が次々に水素爆発を起こした直後の3月20日、佐賀市内の私の事務所に、原口一博氏ら佐賀出身の国会議員が何人か集まって、福島の事象について説明するように求められたんです。
私の話を聞いた原口さんが、その場で携帯電話を取り出し、菅総理に連絡を入れた。私はその電話口に出る形で、総理と直接言葉を交わしたんです」
上原氏は一刻も早い冷却系の回復と、それが不可能であれば外部冷却装置の設置を訴えた。
実は上原氏は16日、17日にも事故対策統合本部の細野氏に呼ばれ、上京していた。しかし結局多くのメンバーが慌ただしく動いているばかりで、まとまった会合は何一つ開かれなかったという。
なかでも、大きな身体で右往左往し汗だくになってひときわ目立っていたのが海江田経産相だった。
上原氏は、統合本部の混乱に呆れ、自らがまとめたレポートを置いて、そのまま佐賀に戻ってしまった。
「20日の電話で総理は、『あなたの書いたレポートには目を通しましたが、技術的に理解できない』と言う。『技術的に分からずとも、やる決断はできるでしょう! イエスかノーか、決めてください』と迫ったんですが、話になりませんでした。
異変が起こったのはそのあとです。菅さんが、舞い上がってしまった。私に厳しく言われてカッとなったようで、突然何事かわめき出したんですよ。ヒステリックというのを通り越して、ちょっと尋常ではない感じでした。日本語でもフランス語でもないような言葉を、早口で延々わめいているんです。ショックでした。日本の総理大臣がこんなことになっているなんて、思いもよらなかった」
菅総理の怒声は電話口を通して、周囲にもはっきり聞こえるくらいの大きさだったという。
「そこにいる人みんなが、(電話は)もう止めろ止めろ、と身振りで私に伝えていた」
その時点で上原氏は菅総理との対話を諦め、原口代議士に携帯電話を戻した。
菅総理は、極度のプレッシャーがかかるとにわかに判断停止する、という悪癖があるようだ。別の官邸関係者が言う。
「1号機が爆発した直後のパニックは凄かった。『放射能を拡散させるな!』と怒鳴り、その後17日に警視庁の高圧ポンプ車が放水に失敗すると、
『たかが放水に何時間かかっているんだ! 自衛隊のヘリを全部福島に集結させろ! 警視庁はいったい何しに福島まで行ったんだ!』
と暴言を吐いた。しかもその後、執務室の椅子に崩れるように座り込んでしまった。
その後1、2号機に通電が可能になったときも、
『遅い遅い遅い!』
と叱咤したという。周囲は弁明に必死ですが、菅総理は聞く耳を持ちません」
官邸スタッフはこうした菅総理の実像を国民の目から隠そうと躍起になっている。
中略
この戦後最大の危機に、この人物が総理でいたのが、国民にとって取り返しの付かない災厄だったかもしれない。
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福島市内の雑草から100万ベクレルを超える高い放射能…
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ブラジル五輪目指す若き中国選手たちに年齢詐称疑惑が浮上―中国Record China 6月4日(土)20時15分配信
2011年6月3日、新浪網はサッカー・中国ユース代表の年齢詐称疑惑を報じた。ブラジル五輪を目指す現ユース代表選手の約半数にあたる10人が1993年1月生まれと同じ月に偏っていることが疑惑の的となった。
以前、スポーツ紙・体壇週報は「1月兵団」というタイトルで、年齢詐称疑惑を報じた。代表選手の半数は93年1月生まれ。さらに全員が93年前半生まれと時期的に著しく偏っているという。 疑惑報道、そしてその後のネットでの盛り上がりを受け、中国サッカー協会は確たる証拠をつかめば厳正に処分すると発表した。一方で関係者は93年生まれ世代の選手たちは厳しい検査を受けており、年齢詐称はないとの見方を示している。 協会とは真反対の意見を唱えているのが、かつて中国サッカー協会青少年部に籍を置いてきた馮剣明(フォン・ジエンミン)氏。95年生まれ以前の選手の間では年齢詐称が横行しており、93年生まれにも間違いなく問題があると指摘している。 ------------------------------------------------------------------
▼ 代表候補の約半数10人が1993年1月生まれの「1月兵団」、全員が1993年前半生まれ。
こんなに揃うわけがない、パソコンで順列したみたいだ。中国では戸籍の売買が横行していて、他人の戸籍になることに余り抵抗が無いとTV番組でやっていた。金と名誉のためなら何でもあり。
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東日本大震災:警戒区域「人も家畜もすめないところ」 農水省職員、説明会で発言◇住民抗議「夢を壊すな」 福島県郡山市の避難所となっているイベント会場「ビッグパレットふくしま」で2日、同県富岡町の家畜処分の説明会が開かれ、農林水産省の男性職員が福島第1原発から半径20キロの警戒区域を「現状では人も家畜もすめないようなところ」と発言、参加者から抗議を受けていた。同省職員はその場で謝罪した。
農水省などによると、説明会には同町の畜産農家約50人が出席。職員の発言は、家畜の処分方法や補償内容を説明後、質疑応答であった。参加者から「(区域内で)家畜の世話ができないか」などの意見が出たのに対し「20キロ圏内での世話は人の健康を考えると非常に困難。現状では人も家畜もすめないところ」と発言したという。
その後、参加者の男性から「帰ることを前提としているのに、否定的で夢を壊すようなことを言わないでほしい」との抗議を受けた。男性職員は「言葉が不適切で申し訳ありません」と謝罪したという。【蓬田正志】
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▼ これが復興できない原因のひとつ、正しい情報が公開されておらず、人々の気持ちや決断の根拠があいまいであること。
確かに被災者はいつかは住み慣れた故郷へ帰りたいだろう、しかしその土地がもしかして放射能に汚染されており、この職員が言うように人も動物も住めないのならある期限が来たら正しい情報を出すべきだ。
自分ごとになるが、阪神大震災で被災した際、それまでの事業をなんとか継続しようと奔走したが、結局被災したのは自分だけではなく神戸全体が被災しており、ノーマルな経済情勢から事業を起こすのとは全く違っていた。もっと早く決断できていればもっと早く個人的にも復興できたのに、地震前のことはあきらめるという決断に達するのに時間がかかった。被災地では復興したいという気持ちを後押ししてくれる環境ではあったが、実際は難しい。
▼ この福島の原発事故のエリアは他の地震津波の被災地とはまた違う。
被災者の生活支援を十分に行う前提で土地をあきらめさせるべきだと思う。
いつまでも夢を見ていては人生を浪費するだけ。
しかし原発事故に関して放射能汚染を隠蔽し続ける政権では、正しい情報を暴露することは自らの偽りを認めることになる。こういうことにも菅内閣をつぶすべきという話になる。いやほんと。
離婚だって早ければ早いほど人生のやり直しは利くだろうに。
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