AFP=時事】仏首都パリ(Paris)で13日夜に起きた連続襲撃事件について、イスラム過激派組織「イスラム国(Islamic State、IS)」が14日、インターネット上に犯行声明を投稿した。
ISは声明で「爆発物のベルトを身に着け、アサルトライフルを持った8人の兄弟たちが」、「十字軍フランスに聖なる攻撃」を実行したと述べた。銃撃と自爆攻撃による今回の襲撃事件の死者は128人以上に上っている。【翻訳編集】 AFPBB News
▼ ひどい事件が起きたものだ。
イスラムテロはテロという原則に従って一般市民を標的にする。
これは世界秩序の戦争は軍隊と軍隊が行うもので一般市民を巻き添えにしないという明文化されたものを全く無視するものだ。
しかし彼らにとってみればそんな欧米が決めたことなど守るべきものではない、逆に言えば守らない(逆らう)ことが自分たちの主張であるのだろう。
イスラム教とキリスト教の対立は1500年以上も昔からあって、元々は同じ旧ユダヤ教から派生した宗教だ。
しかしその存在意義自体が相手とは違うというもので、キリスト教は非イスラムであり逆にイスラム教は非キリストである。これはこのテロの被害国であるフランスの検証番組が特集していた。
つまり十字軍の当時からイスラム圏とキリスト圏は殺し合いを千年以上続けていたのだ。だから簡単には解決しない。
宗教は人類の知能や知性の中で生まれた世の中を歩くための手すりのようなもので、自分自身が理解できないもの判断できないものを手軽に決定する指標みないなものだと考える。
しかし、その宗教的な力は強大な権力を生む。
権力は腐敗し、その権力維持のためだけに行動する。
宗教は政権に利用されるだけではなく、宗教の内部自体で権力維持にりようされるのだ。つまり土着的な小さな宗教はまだ許されるが大きな勢力となった宗教は
「人は皆平等」「人は宗教のもとにみな平等」ではなく
「宗教の位によって支配する層と支配され操られる層に分かれる。
これは宗教支配国と共産主義国で同じものだ。
▼ 結論を先に言えば、キリスト教イスラム教ユダヤ教は劣化してしまった。単なる支配層の愚民支配ツールとなった。
もともとこういう宗教は一般国民も支配層も神の御許では同じであるという思想だが、支配層には認められない危ない思想だ。
しかし宗教界内部も腐敗する、権力を維持するために宗教教義を使うのだ。
本当に底辺の市民を救済するのではなく、自らの権力維持のために宗教対立をあおり暴力テロを仕掛ける。
暴力の現場が悲惨であるから、その司令塔である部分には検証が入っていないと思う。
▼ これは自分の意見なのだが、この宗教対立を収めるには長い時間と宗教的アプローチが必要だと考える(こうはいっても大学で宗教をやった、なんちゃってだけど)。
つまり今までの宗教学はキリスト教の歴史とか理念とか、仏教とはとか宗教の根源を探るものであったと思う。
しかしその宗教を融合させたり消滅させたり発展させる(これはあるかも)学問はあるだろうか?
例えば仏教とイスラム教を融合させる学問はあるだろうか?
例えば邪教をと言われる宗教を消滅させる学問はあるだろうか?
自分はイスラムの教えは1000年前のイスラムの地においては何らかの合理性はあったと思う。非常に厳しい環境で生き抜くには厳しい戒律も必要であっただろう。
なにより、女性を非差別層として扱い、さらに一夫多妻によって富を少数の男性に集中させることにより格差を現実化させる。
つまりイスラム教というのは、宗教の名を借りた住民支配ツールなのだ。(こんなこと書いて大丈夫かな)
▼ つまり、イスラム教の内部から他宗教との共存や融合を容認する宗教理念を作らなければ問題は解決しない。
それは彼らの地元ではなく、イスラムの地を遠く離れた場所、例えば日本、豪州、南米などから作られるものではないかと考える。
宗教をもっと分析し、融合させてこそ対立も収まる方向に向かうと思う。