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東京大空襲「国策の誤り反映した結果」 民主・細野氏、米の無差別爆撃には言及せず


 民主党の細野豪志政調会長は10日の記者会見で、70年を迎えた東京大空襲について「国策の誤りを反映した結果だ。過去の総括はしっかりとしていかなければならない」と述べた。東京大空襲が非戦闘員の殺戮(さつりく)を目的とした米軍の無差別爆撃であることには一切言及しなかった。
 細野氏はドイツのメルケル首相の来日にも触れ、ナチスによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に関して「全体としてしっかりと総括しているのがドイツだ」と指摘した。その上で「日本と同列に論じることはできないが、反省のあり方として、わが国が先の戦争で自国民、周辺諸国に対して大変な被害をもたらしたことについて真摯(しんし)に反省することは重要だ」と語った。

▼ 違うだろ、こんな思想では日本の自立を助ける力にはならない、単に戦後の欧米戦勝国の戦後史観をなぞらえているに過ぎない。

 ぼんくらな政治家は感じられないかもしれないが、第二次世界大戦の戦勝国が取り決めた戦後秩序に対しての反旗が世界中で巻き起こっている。
 それはアジアでもイスラムでもアフリカでも欧州でも米大陸でも起こっている。最早70年前の戦勝国に寄る世界支配、国際連合による秩序は無力になっている。世界の各地で自分達の近代史観を表明している。その中で東京大空襲が日本が悪いからなんて狂っている。

▼ 日本は中世から近代に至る時代に欧米の植民地政策に反対しそれに対抗するために大東亜共栄圏という概念を主張した。いわゆる思想的背骨である。これは間違っていない、欧米の侵攻に対して力を合わせようという考え方は正しい。それが欧米諸国の歴史観とぶつかるのは当たり前。

 この状態は今の安倍政権がやろうとしていることと差異はない。そしてそれに抵抗する勢力は戦後レジュームを守ろうとしている勢力なのは明らかだ。
 国民を奴隷に例えれば「自分は奴隷出身なのだが、奴隷を管理する役所の門番になることが出来た、だから出自がそこである奴隷を管理する役割を全うしたい」そんな自分では考えないいわるる愚民。

 そういう愚民の票をあてにするほど落ちぶれたんですかねえ。

今こそ戦後の日本のあり方を根本から考えよう

4日、安倍晋三首相と船田元自民党憲法改正推進本部長が会談し、憲法改正の国会発議とその賛否を問う国民投票の実施時期について、2015年夏の参議院選挙後が「常識だろう」という認識で一致したという。
 船田氏が会談後、明らかにしたところによれば、衆参憲法調査会や政党間協議を通じて参院選までに改正テーマを絞り込み、参院選では憲法改正を最大の争点に掲げる見通しのようだ。
 また船田氏が、「一度にすべてを改正するのは無理なので、何回かに分けて改正する」という考えを示したに対し、首相は「なるべく平場で大いに議論し、憲法改正の中身を絞っていくことを丁寧にやっていくべきだ」と語ったという。大いに議論してもらいたい。結構なことである。

主権をはく奪された状態で憲法を制定

 現憲法について、「アメリカの押しつけ憲法」だとか、「国民が賛同したから押しつけではない」という論争が、改憲派と護憲派の間で行われている。だがあまり根本的な論争とは思えない。
 もっとも重要なことは、現憲法が制定されたとき、日本は主権をはく奪された国家であったということである。1945年9月2日、戦艦ミズーリ号で調印された降伏文書には、「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は本降伏条項を実施する為適当と認める処置を執る連合国軍最高司令官の制限の下に置かれる」とされており、連合国最高司令官総司令部(GHQ)が主権者となった。
 1946年11月に現在の日本国憲法が公布され、翌年の5月3日に施行されたが、これはGHQによる占領統治下のことであった。憲法というのは、国の形を示すものであり、主権を定義する文書である。そもそも国家主権も、国民主権も奪われたもとで、憲法など持ちようがないということである。しかも、「戦勝国が国の形を変える、あるいは、憲法を変えることは、当時でも国際法違反」(『自由と民主主義はもうやめる』佐伯啓思著、幻冬舎新書)だった。
 だからこそアメリカは、「降伏後に於ける米国初期の対日方針」(1945年9月30日)でも、「占領の究極目的として、平和的で責任ある政府の樹立と自由な国民の意思による政治形態の確立をうたっていた」(国立国会図書館資料と解説)。要するに、いかなる政治形態をとるのか、日本国民に強要しないという建前をとっていたのもこうした事情からである。
 しかし、1952年4月28日に発効したサンフランシスコ条約第1条(署名は1951年9月)で「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する」とされるまで、GHQは日本の主権を認めていなかった。そのもとで日本国民の自由意思による政治形態の確立などできようはずもなかったのである。ましてや主権の最高の発現である憲法制定などなし得ないことである。

戦後の日本を支配するアメリカの価値観

 戦後の日本は「あの戦争は間違った戦争であり、その戦争で敗北した」という大前提から出発した。そのもとになったのがカイロ宣言とポツダム宣言である。
 1943年12月1日に公開された米英中による「カイロ宣言」は、日本を「野蛮な敵国」と呼び、「仮借のない圧力を加える決意を表明した」と述べていた。また日本が受諾したポツダム宣言には、「我らは無責任な軍国主義が世界より駆逐されるまでは平和、安全、および、正義の新秩序が生じ得ないことを主張する」「日本国国民を欺瞞して世界征服の暴挙に出る過ちを犯させた者の権力と勢力は永久に除去する」とあった。
 日本は本当にそんな「野蛮国家」だったのだろうか。ましてや日本が「世界征服」など目指していたわけではない。戦後、日独伊三国同盟はファシズムと規定され、米英ソ中心の連合国は正義の側と規定されたが、その中心は植民地を多く抱えた帝国主義国家であり、全体主義国家であった。
 確かに戦場で野蛮な行為はあっただろう。どの国の軍隊でもそれは同様である。また、あれだけの多くの犠牲者を出した戦争を正しかったとは言えまい。日本を悲惨な敗戦に導いた軍部の責任も重大である。
 しかし、実はあの戦争が間違った戦争であるという認識は、国内でも、国際的に、そう早くから提起されていたわけではなかった。国内では、ほとんどの人があの戦争が侵略戦争であり、間違った戦争であるという認識は持っていなかった。
 国際的にも、それが最初に提起されたのは、米英両国による1941年の大西洋憲章である。このとき、ドイツのナチの暴虐の最終的破壊が明記された。さらに太平洋戦争開始直後の1942年1月、ワシントンで、アメリカ、イギリス、ソビエト、中国など26か国の連合国により連合国共同宣言が署名され、その中で日本、ドイツ、イタリアの枢軸国に対す国に対する勝利が「生命、自由、独立、宗教的自由」「人類の権利と正義」の保持のためであると宣言されてた。ここに来て「ファシズム 対 自由と民主主義」という戦いの構図が作り上げられた。正義の旗印は連合国側にありとなったのである。
 この考え方が、その後のカイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ条約、東京裁判へと引き継がれていくのである。戦後レジームの中核をなす憲法ももちろん、この延長線上にある。
 これらを通じてアメリカがもっとも重視してきたのが、日本の過去は道徳的に悪い国家であり、民主主義のない遅れた社会だったということを日本国民に認識させることであった。このアメリカの思惑は、見事に成功を収めたのである。

日本に平和をもたらしたのは憲法9条なのか

 護憲論者は、憲法9条こそが日本に平和をもたらしたと言う。だが、本当にそうだろうか。
 平川祐弘東大名誉教授は、『日本人に生まれて、まあよかった』(新潮新書)という著書のなかで、「敗戦国日本は昭和二十一年十一月三日に公布された憲法によって自国防衛の力をもつことを放棄させられました。そればかりではありません。武力を持つことが疾(やま)しいことのように私たちは教育されてきました。この軍事忌避(きひ)こそが新憲法の精神であったかに思われます」と指摘している。まったくその通りだと思う。
 護憲派の連中を見ているとそのほとんどが自衛隊嫌いである。もちろん在日米軍も大嫌いである。要するに丸腰の日本を夢想しているのだ。
 かつて日本共産党は、「では外国が攻めて来たらどうするのか」という回答として、警察力を含む国民の団結した力でこれを排撃するとしていた。皮肉にも日本共産党がもっとも批判してきた戦時中の竹槍作戦と同じなのである。これで軍隊に対応できないことなど明白である。
 護憲派は、また日米安保条約があるために、日本がアメリカの戦争に巻き込まれると主張してきた。だが安保条約締結されて半世紀以上経過したが、そういうことはなかった。日本がどこからも攻められなかったのは、9条があったからではない。どこの国とも陸続きではなく、四方海に囲まれているという地理的条件にあったからだ。また日米安保条約に基づいて米軍が駐留していたからだ。
 だが護憲派が卑怯なのは、「自衛隊即時解散」「日米安保条約即時廃棄」と主張しないことだ。非現実的なことを理解しているからである。非現実的であることを理解しながら、それを隠して、丸腰日本を主張するというぐらい無責任なものはない。

いまこそ自分たちの頭で憲法を考えるとき

 結局、戦後の日本は、国の大事な柱をすべてアメリカに委ねてきたということだ。国の最高の規範である憲法も、国の防衛も。国家にとってもっとも大事な基軸を外国に委ねてきたことこそ、戦後70年を機に考えなければならないことだ。そうでなければ、この国の未来など語りようがない。
 戦争犯罪を裁くと言うなら、本来それは日本人自身の手でやらねばならないことであった。その時には、アメリカの原爆投下や無差別爆撃も当然その対象としなければならなかった。戦前の日本の国体がおかしかったというのなら、それも日本人自身が自分の頭で考え、改革しなければならないことであった。
 だが戦後の日本は、そのすべてをアメリカに委ねてきてしまったのだ。憲法改正も、戦後70年談話も、このことを踏まえて議論してもらいたいと思う。
▼ 今までもこのブログで言ってきたことが上手くまとめられている。戦勝国の作った価値感にしがみつく左翼やマスコミは結局は世の中が変わることが怖い人たちだ。
日本人が人質になり身代金を要求された事件に伴い、これまで我々には関係がないと思っていた中東の国々に注目が集まっている。テレビや新聞で各種の情報が伝えられているが、ここではもう少し根本から中東で起きていることを考えてみるために、シリアとヨルダンの人口の趨勢と食料について解説したい。
 人口と食料はその国の社会のあり方を大きく規定する。人口の趨勢と食生活の水準が分かるとその国の様子をある程度知ることができる。この手法は、特に開発途上国について有効である。

人口が急増するシリアとヨルダン

 シリアとヨルダンでは人口が急増している。1961年のシリアの人口は470万人、ヨルダンは93万人。世田谷区の人口は約80万人だから、50年前のヨルダンは世田谷区のようなものだった。それが2015年にはシリアが2200万人、ヨルダンが770万人になった。シリアが4.7倍、ヨルダンは8.3倍である。これほど人口が増えれば、もめ事が増えるのは当然だろう。
 図1と図2に両国の人口ピラミッドを示す。両国共にきれいな三角形の形状をしており若者が多い。2015年の合計特殊出生率はシリアが3.0、ヨルダンが3.3だが、現在20歳から25歳になる人々が生れた頃の出生率はシリアが4.8、ヨルダンは5.1だった。つまり、両国の若者には兄弟が数人いることになる。
 それは戦前の日本に似たような状態であり、ちっと景気が低迷すると若者の失業が大きな問題に発展する。危険なのだ。

シリアでは国民の2割が農業に従事

 両国の食料について見てみよう。両国共に砂漠の国とのイメージがあるが、シリアは意外にも農業国である。後藤健二さんが拘束されていたと言われるラッカはユーフラテス川のほとりにある。その周辺は農業地帯だ。
 シリアの1960年代の穀物自給率は8割程度だったが、21世紀に入ると6割程度に低下している。ただ、これほど人口が急増したにもかかわらず、穀物を6割も自給していることは、ある意味で立派と言える。シリアは農業国であり、現在でも国民の約2割が農業に従事している。
 一方、ヨルダンの自給率は低い。1961年の時点でも50%であったが、その後に急速に低下し、21世紀に入ると数%でしかない。現在、ヨルダンは穀物をほとんど作っていない。パレスチナやシリア、イラクから難民が流入するとされるが、彼らが食べているのは輸入された穀物だ。

ヨルダンではなぜ内戦が起きないのか?

 両国の人々は主に鶏肉を食べている。昔は羊肉も食べていたが、草原での生産に限界があることから、人口が増えたために1人当たりの消費量は大きく減少した。
 1970年頃、両国共に1人当たりの肉消費量は10キログラム程度であった。それが、現在、ヨルダンの消費量は45キログラムぐらいになった。一方、シリアの消費量はその半分程度にとどまる。本来、農業国であるシリアの方が肉の生産量が多いはずだが、ヨルダンは飼料を輸入して大量に鶏肉を生産している。ヨルダンの肉消費量は日本と変わらない水準になっている。
 ヨルダンはリン鉱石や天然ガスを産する。それを輸出して外貨を稼ぎ、かつ巧みな外交によって西側諸国から援助を得ている。食料の輸入に困らない。
 人間の食べ物に対する欲求は基本的なものだ。腹が空けは怒りっぽくなる。一方、美味しいものを食べれば満足して温和になる。そのために、開発途上国の政情を考える時、肉の消費量はその国の政治を考える上で重要なファクターになる。
 人間は肉が好きだ。ヒンズー教徒が多いために、豊かになっても肉の消費量が増えないインドのような例もあるが、多くの国では所得が向上すると消費量が増える。肉消費量は開発途上国の生活水準をよく表している。
 アラブの春によって、シリアのアサド政権は内戦に引きずり込まれることになったが、それは生活水準がなかなか改善されなかったからだろう。一方、ヨルダンのアブドラ国王は危機が叫ばれながらも、なんとか政権を維持している。それは、肉の消費量が順調に増加したことに見られるように、生活水準が改善したためと考えられる。ヨルダンの人々に不満がないわけではないが、シリアよりはよいと思っているのだろう。

国家ではなく部族を信頼

 アラビア半島に住む人は放牧によって食料を得てきた。チグリス・ユーフラテス川沿いでは小麦も作られて来たが、降雨量が少ないためにその流域の多くは草原である。多くの人が放牧に従事してきた。ベトウィンはその典型だ。
 遊牧を行う人は同じ部族の人間しか信じない。それは、放牧は少人数で行うものであり、草地の利用権を他の部族と争うためだ。彼らは、国境を越えてどこへでも行く。そもそも、アラビア半島の国境は第1次世界大戦の後にイギリスとフランスが勝手に決めたものだ。
 遊牧を行う人々は国家にはとらわれない。部族社会を形成する。そして、遊牧で養える人口は少なかったから、シリアもヨルダンも50年前の人口は少なかった。それ化学肥料が使用されるようになって穀物生産量が増加すると、余った穀物が貿易を通じて砂漠の国にも流入した。それが人口を増加させた。
 食料を輸入できるようになると、人々は遊牧を止めて都市で暮らし始めた。しかし、都市で暮らしても遊牧時代の記憶はなくならない。人々は国家ではなく、部族を信頼している。シリアもヨルダンもその実態は部族連合国家である。
 そのような国を統治するためには、強力な独裁者が必要になる。イラクのサダムフセイン、シリアのアサドはまさにそのような人物だった。ヨルダンの王家は人口が少なかったために彼らほどの独裁的な政治を行う必要はなく、部族間の力関係を調節する巧みに操縦することでなんとか国家を維持してきた。それが欧米に好感をもたれたのだろう。ヨルダンは西側について援助を引出して、それなりに発展することに成功した。

日本とはまったく異なる文化と人口構造

 シリアもヨルダンも人口が急増している。そして部族国家である。このことを忘れてはいけない。両国はコメ作りに文化の基礎を置く日本とは、最も離れた国と言ってよい。
 そして、若者が多すぎることに悩んでいる。少子化に悩む日本とは異なる。それを忘れて自分の物差しで測ると、大きな間違いを犯すことになる。今回の事件は日本人にいろいろなことを教えてくれている。
▼ やっぱり第二次世界大戦の戦勝国、欧米が作った戦後レジュームが終焉を迎えようとしている。
 日本の安倍政権がどう右傾化がどうのなんて世の中の流れに沿っているだけ。今日は休みでTVのヒストリーCHを見ていたら「日本軍の蛮行」なんていう60年も前の英国が作った番組を流していた。勝てば官軍というが勝利の記憶を維持できなかったのだろう。そして移民などの人口移動がややこしくしてしまった。


イスラム国の「真の狙い」など存在しない

2月1日、イスラム国はジャーナリストの後藤健二氏を殺害した映像を公開した。残念な結果だが、これはイスラム国がかねて予告していたとおりのこと。後藤氏解放の条件としてイスラム国が要求していたのは、ヨルダン政府が収監中のサジダ・リシャウィ死刑囚の釈放・引渡しだったが、ヨルダン政府がそれを拒否したことで、時間切れとなったかたちだ。
 この間、さまざまな情報が飛び交い、あたかもヨルダンとイスラム国の交渉が進んでいるかのような印象もあったが、そうした情報はいずれも誤情報だったということになる。
 今回の人質事件をめぐっては、イスラム国の目的について「存在感のアピール」とか「有志連合への揺さぶり」などとさまざまな説が飛び交ったが、それには大いに疑問がある。実際のところ、すでにこれまで何度も繰り返してきた外国人人質殺害によって、イスラム国の存在感は国際的にも十分に大きなものとなっており、いまさら新たな誘拐・殺人を重ねても、国際的な宣伝効果はさほど高くない。
 また、ヨルダンと日本を結びつけた今回の脅迫も、日本人の反イスラム国感情を高めこそすれ、有志連合を揺さぶるほどの効果など最初から期待できない。つまり、イスラム国の「真の狙い」なるものが、本当にあったのか甚だ疑わしいのだ。
 イスラム国の本当の考えなど、外部の人間には分かるはずもないが、彼らは脅迫映像でその主張を自ら公表している。われわれが知り得るのは、その情報だけであることに留意する必要がある。

「やっていること、言っていること」を分析のベースに

 筆者は今回の事件において、イスラム国の出方を探るために必要な状況分析に、根拠の薄い主観的推測と未確認情報が広く見られたとの印象を持っている。
 真実を探るうえで、考え得るさまざまな可能性を検討することは重要だ。したがって、未確認情報でも「それが事実だったら?」との仮定で状況を分析する意味はある。主観的な推測も、なるべく多くの想定に基づいて検討すべきだ。
 しかし、その前にまず行うべきは、実際にイスラム国のやっていること、言っていることをシンプルに分析する作業である。それがベースになって初めて、「もしかしたら他に狙いがあるのかも?」と検討するという手順が必要だ。それが最初から、主観的推測と未確認情報を前提にした分析がベースになってはいけない。
 今回の事件で言えば、主観的推測と未確認情報をいったん排除し、実際のイスラム国の言動だけを検討しても、そこには一貫性があることが分かる。
 繰り返すが、イスラム国の考えは外部には分からない。もちろん彼らの言動に大きな矛盾があれば、隠された裏の狙いがあるといった「穿った見方」も説得力を持つが、矛盾が見当たらなければ、まずはストレートに考えることが必要だ。前述したように、もちろんさまざまな可能性について考察することも重要だが、「穿った見方」が先行しては、観念的な世界に囚われ、リアルを見失う。
 そこで、ここでは「イスラム国には特に隠された狙いなどなかった」と仮定して、彼らの語ったこと、行ったことを検証してみたい。

その行動は完全にプロの誘拐団のもの

 まず、イスラム国の過去の行動を見れば、今回の人質事件は、これまでイスラム国が何度も繰り返してきた「外国人誘拐ビジネス」の延長にすぎないことが分かる。イスラム国は、特にシリアにおいて、自分たちの手に入った外国人を片っ端から監禁している。
 監禁した外国人に対し、イスラム国はまずはスパイ容疑で尋問し、その後はほぼ例外なく身代金目的の人質としている。そして、身代金が支払われた人質は必ず解放し、支払われなかった人質は殺害している。
 この方針は徹底したもので、例えば彼らが敵視しているキリスト教主導先進国であるフランスの国民でも、身代金が支払われれば解放している。米英の両国は国策として身代金支払い拒否を公言しているが、それでも例えばアメリカ人人質の家族に身代金が要求されていたケースがいくつか明らかになっている。たとえ敵国でも、解放するか殺害するかは、完全に身代金支払いの有無によるのだ。
 これは、彼らが政治的アピールを最大の目的とはしていないことを示唆している。彼らの行動は完全に、営利目的のプロの誘拐団のものだ。彼らはただ1回だけ誘拐しているわけではなく、資金源として誘拐をとらえている。彼らは自分たちの脅しが言葉だけでないことを担保し、さらなる脅迫を円滑に行うために、必ず約束は守る。少なくともイスラム国はこれまでの誘拐事件で、そのルールを一度も破ったことがない。
 ちなみに、シリアで誘拐ビジネスが流行しだしたのは、内戦が泥沼化した2012年半ばであり、イスラム国がその主役になったのは2013年半ば頃からだが、現地での誘拐ビジネスには当初からそうしたルールがあったようだ。その背景には、かつて米軍駐留時代のイラクで、地元富裕層に対する誘拐ビジネスが広く蔓延していたことがあるのかもしれない。誘拐ビジネスの手法が、イラクからシリアに持ち込まれたという構図である。
 なお、シリアでは実際には外国人だけでなく、現地の人間も誘拐ビジネスの対象になっているが、筆者がヨルダン在住のシリア難民から直接聞いた話では、現地住民の身代金の相場は800ドル程度であり、平均して数億円が要求されている外国人人質の相場とはケタが違うとのことだ。やはり外国人は、それだけ彼らにとっても大きな資金源なのである。
 ともあれ、イスラム国は以上のように、外国人人質はまずカネに換えることを考える。政治的な利用は二の次だ。その点で、イスラム国は政治的なアピール、または駆け引きを重視するアルカイダのような既存のイスラム過激派とは一線を画している。「日本は人道支援を行っているだけだ」と説得すれば対話が可能だという見方は、イスラム国とアルカイダ等を混同している甘い見方であろう。

求めているのは政策変更ではなくカネ

 そして、イスラム国は、彼らの最大の目的である身代金が支払われなかった人質については、他の利用法を考える。身代金が支払われない英米の人質は、米英に対する政治的な脅迫の材料に使い、その生命を断つ。
 イスラム国は両国以外にも、少なくとも2人のロシア人人質を殺害している。おそらく身代金要求に応じなかったものと思われるが、うち1人はスパイと断定して、少年に殺害させている。
 今回の人質事件で、湯川氏殺害の時点までを見れば、イスラム国の要求は一貫している。身代金の要求である。湯川氏については身代金の要求が早い段階からあったのかどうか、情報が明らかになっていないので、分からない。
 しかし、すでに明らかなように、後藤氏に関しては、お身内に早い段階からメールでコンタクトがあり、高額な身代金の要求があった。イスラム国が期限をきって公開の脅迫に切り替えたのは、身代金支払いに応じる意思がいつまでもなかったことで、いわば最後通牒を行ったと考えても、そこに矛盾はない。
 イスラム国は最初の脅迫動画において、イスラム国と敵対する陣営に巨額の援助を決めた日本政府を「十字軍に加わった」と非難しているが、要求していることはカネだ。日本政府に政策変更を求めているわけではない。もちろん日本政府の政策を非難していることから、そこに強い敵意は認められるものの、彼らの要求はあくまで身代金である。
 イスラム国の誘拐ビジネスの過去事例から言っても、ここで期限までに身代金支払いの意思を日本政府が表明し、実際に支払われれば、人質は解放された可能性が極めて高い。

最初に巨額を提示するアラブ世界のバザール的商談

 この脅迫について、身代金があまりに高額だったことで、最初から身代金を受け取れるとは思っていなかったのではないかとの推測がある。最初から殺害するつもりで、非現実的な金額を持ち出したのではないかとの推測である。
 その可能性ももちろんある。しかし、そうでない可能性もある。もちろん2億ドルという金額が、これまでの身代金相場から言っても破格であるのは事実だが、単に日本政府の周辺国援助の金額を見て、吹っかけてきただけだったのではないか。
 これは、誘拐ビジネスにおいては、むしろ一般的なやり口でもある。初めに巨額を提示し、その後、現実的な金額に交渉するというプロセスは、決して珍しいことではない。これまでの他国の人質解放交渉の内幕は一切秘匿されているため、イスラム国のやり口は分からないが、特にアラブ世界においてはこうしたバザール的商談はむしろ一般的なマインドと言える。

 われわれが分かるのは、実際にイスラム国は過去に外国人人質を必ず身代金に替えようとしてきたこと、今回、彼らは身代金を要求し、それが受け入れなかったことで人質を殺害したという事実である。その行動は一貫しており、矛盾はない。

安倍首相の発言がなければ殺害されなかったのか?

 なお、最初の脅迫動画の出たタイミングに関して、「安倍首相がエジプトでイスラム国を刺激するようなことを言ったのが原因だ」との推測がある。イスラム国が日本政府の周辺国援助を口実にしていたことから、そのニュースがこの公開脅迫に結びついたことはおそらく事実だろう。2億ドルという身代金の法外な金額も、このニュースを見て思いついたのもおそらく間違いない。
 しかし、では仮に安倍首相があくまで「人道的援助」とだけ話していれば、人質は身代金なしでも解放されたか? あるいは日本政府がそもそも援助など行わなければ人質は解放されたか? と考えると、イスラム国に限って、その可能性はないと判断するしかない。彼らはその前から、身代金の要求を行っていたからである。
 そこで日本政府が判断すべきは、まずは人質の生命を最優先と考えて身代金支払いに応じるか、あるいはテロに屈しないことを優先して身代金の支払いに応じないか、という非情な二者択一の選択だけだったことになる。
 例えば、日本は人道支援だけを行っていること等をイスラム国に伝え、いくら説得しようとしても、彼らは誘拐ビジネスの原則を曲げない集団であるから、結果は変わらなかったであろう。少なくともイスラム国に限っては、過去事例から見ると、まずあり得ないと考えるべきである。
 また、水面下での交渉のうちなら救出の可能性があったとの推測も説得力はない。イスラム国が求めていたのは身代金であり、水面下であろうと公開であろうと、彼らは身代金を入手できるか否かが判断の材料である。日本政府は一貫して身代金の要求に応じていない。水面下であっても、身代金支払いに応じなければ、解放されなかったと考えるべきである

 イスラム国側が唯一、要求を変えたのは、最初の期限が過ぎても日本が身代金支払いに応じなかったことを受け、予告どおりに2人の人質のうちの湯川氏を殺害した後、後藤氏を使ってヨルダンの死刑囚との交換という新たな要求を持ち出してきたことだけである。
 最初の脅迫動画では、イスラム国は明確に「1人につき1億ドル」という言い方で、身代金支払いに応じない場合に2人を殺害することを宣言している。しかし、期限切れとなった時点で彼らは、2人ともの殺害を行わず、後藤氏をヨルダンの死刑囚との交換という奇妙な要求に変えてきた。
 この要求には不可解な点もあるが、それでもイスラム国はそれ以降、この要求を一貫して変えず、ヨルダン側が折れなかったことで期限切れとなり、予告どおりに後藤氏を無残にも殺害した。
 今回の一連の事件でイスラム国が要求したことは、最初は「身代金」であり、次が「仲間の奪還」だった。要求が変わったのはその1回であり、それ以外は一切妥協することがなかった。彼らの目的はその2点だったと考えても、特に矛盾点はない。
 もっとも、第2幕とも言える死刑囚との交換に関しては、その要求の内容に唐突感も否めない。次回は、この死刑囚奪還という要求について、彼らにはそれ以外の隠された狙いがあったのか否か? また、なぜその過程で交渉が進展していたかのような情報が飛び交うことになったのか? その経緯を振り返って、考えてみたい

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▼ 日本人の感覚でこのISISを分析すべきではない。
彼らはイスラムの名を借りた単なる犯罪者集団なのだ。

犯罪を犯すために金が要る、その金は犯罪で集める。
国際法とか全く無視、自分達が法を犯していることを影では知っている。

町をうろついている狂犬病の大型犬、先に数人の住民に危害を加えている。
そういう危機に対して、国会で論議されるべきなのは、その狂犬をどうやって捕獲できるのかだろう。
いわんや、その狂犬と対峙したときの成功しなかった事例を今追及することの。不毛。

民主社民共産はすぐさま国民の利益に応じた質問内容に変えるべきだ。

憲法改正、当選者の84%が賛成

2014年12月15日
 共同通信社は15日、衆院選当選者(475人)のうち、立候補者アンケートで回答を寄せていた458人について回答内容を分析した。憲法改正に賛成との回答は84・9%に当たる389人で、改憲の国会発議に必要な3分の2(317)を大きく上回っていることが分かった。集団的自衛権の行使容認には「どちらかといえば」を含め計69・4%が賛成した。
 憲法改正を掲げる自民党が衆院選で290議席を獲得し、改憲賛成論を押し上げた形だ。共同通信社が衆院選に合わせて実施した全国電話世論調査(トレンド調査)では改憲反対が賛成を上回っており、国民の意識とは異なる可能性もある。
 
 
▼ この選挙、憲法改正なんて争点になってい無いのだが実は憲法改正に近づいている。
 左翼マスコミは早々に防衛線を張っているが、実際近いだろう。

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