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投稿に不調をきたしています
新しいYahoo!ブログのβ版が公開されたそうですが
この頻発する不調を何とかしてほしいものです
弘法大師 ゆかりの霊場巡り 「伊豆88ヶ所霊場」
第79番札所 建久寺
右)那賀川の畔に車を止め下山後の余韻を楽しみます
左)建久寺交差点近くですから歩いて建久寺に向かいます
むやみに歩いてもお寺さんらしきところに来ることができました
まっすぐ進みます
左)質素なたたずまいで境内もおそろしく狭いです
臨済宗(建長寺派)だそうです
右)曹源山(そうげんざん)建久寺(けんきゅうじ)無住だそうで歴史はあるものの庵のような感じですね
建久年間(1190〜1198年)に創立された寺院で 後に安山という僧が再興
那賀村にあったものを現在地に遷移し 檀徒も移住したと云います
第78番札所 禅海寺
祥雲山(しょううんざん)禅海寺(ぜんかいじ)
宗派 臨済宗(建長寺派) 寺の由緒書きに依ると、1192(建久3)年に栄西禅師がこの地を訪れ一宇を造り、祥雲山禅海寺と名づけたとありますが、住職に依ると栄西禅師は勧請されて始祖になったもので、実際は弟子の建立とのことです。 後に1252(建長4)年にこの寺院の本尊釈迦如来を夢に見た鎌倉幕府の6代将軍・宗尊親王と執権・北条時頼が堂宇を再建し、寄進をしたために、宗尊親王が開基とされています。
第77番札所 円通寺
文覚山(もんかくさん)円通寺(えんつうじ)
宗派 臨済宗(建長寺派) 古くは弘法大師作と云われる観音像を安置したという、妙智山円通寺という名前の真言宗の小庵でした。 その後、東林友丘によって臨済宗に改宗となりました。 当時は那賀川の岸辺に沿って堂宇が建てられていましたが、今より200年ほど前に現在地に遷移しました。 その際、1179(治承3)年に僧文覚がこの寺院に滞在していたことから、山号が文覚山となりました。
無住 第76番札所 浄泉寺
清水山(せいすいざん)浄泉寺(じょうせんじ)
宗派 浄土宗 1414(応永21)年に及歎によって開かれた寺院です。 1648(慶安元)年には徳川家光による御朱印状を受けて、1758(宝暦8)年には増上寺の交代寺となりました。
庭園が素晴らしかったようですので墓地の上から覗いてみましたが今は荒れています
閑話休題
この日の海の様子です
西風で荒れに荒れています
しかし 「いい釣りができそうだな」とかつてのワタクシなら思ったはず
太公望でしたから。。。。
人間変われば変わるものです(笑)
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伊豆八十八ヶ所霊場
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四国八十八ヶ所霊場を筆頭に西国、坂東、秩父など全国には、大小の霊場巡りが数多くあります。
弘法大師が弘仁六年(815)四国を巡幸されてから、千二百年余ですが、遠くて四国まで行けない地方では、それになぞらえて、札所を作りお参りする事で、四国遍路に代えたのが、始まりと思われます。
またその功徳は四国遍路となんら変わらないもの、とされています。
"豆国八十八ヶ所巡礼"と呼ばれた"伊豆八十八ヶ所霊場"遍路もその一つです
弘法大師が弘仁六年(815)四国を巡幸されてから、千二百年余ですが、遠くて四国まで行けない地方では、それになぞらえて、札所を作りお参りする事で、四国遍路に代えたのが、始まりと思われます。
またその功徳は四国遍路となんら変わらないもの、とされています。
"豆国八十八ヶ所巡礼"と呼ばれた"伊豆八十八ヶ所霊場"遍路もその一つです
弘法大師(空海)の修行時代の足跡を辿る、伊豆八十八ヶ所霊場
順不同でお寺さんを訪問します
順不同でお寺さんを訪問します
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長九郎山トレッキングの出発地「宝蔵院」は
伊豆半島各地に点在する弘法大師 ゆかりの霊場巡り
「伊豆88ヶ所霊場」の第81番札所だそうです
山号は富貴野山(ふきのさん)の宝蔵院(ほうぞういん)
創建は800(延暦19)年で空海が密教の霊場として開基したそうです 左)庫裡を改装した本堂のようです
右)開山堂の裏のイチョウの葉も残すところわずか
左)樹齢400年高さ30m周囲6.5mの弘法杉
右)本堂裏からの晩秋の宝蔵院です 住職がいないようで残念なことに荒れぎみです
長太郎山登山前の森閑とした宝蔵院
左)苔むした石段が歴史を感じます
右)石像は信仰あつい村人一体ずつ背負って運びあげたそうでその数約120
左)病気の神様仏様「薬師瑠璃光如来様」と案内されていました
右)右の開山堂と弘法杉の間を通り遊歩道に向かいます
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コメント(4)
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「伊豆88ヶ所霊場」の第80番札所 帰一寺
左)幹線道路には案内看板がでていて容易く駐車場に到着できました
右)駐車場には車が2台ほど止まっていましたが巡拝者ではなさそうでした
左)参道はよく手入れされていて明るい雰囲気です
右)一礼して入ります
1301年(正安3年)に開かれた寺院で、当初は帰一庵と称し 後に帰一寺と名称を改められた。
1848(弘化5)年に現在の本堂が建立されたそうで立派で凛とした佇まいです。
萬法山(まんぽうざん)帰一寺(きいちじ)は
臨済宗(建長寺派)でご本尊は観世音菩薩だそうです
この辺りは臨済宗(建長寺派)が多いようですね
御朱印をいただく趣味もありませんので
さっさと引き上げます
閑話休題
下の写真は長九郎山下山後に立ち寄った道の駅花の三聖苑の建物です
ここ松崎でのオススメは何といっても春の那賀川の桜並木とお花畑です
皆さんもぜひお出かけを
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いつもは素通りする観光案内所に入ると
こんなものが置いてありました
で いただいて持ち帰りました
一番札所から目をやると。。。。
24番と29番の札所が何故か訪問していない
このペースでは結願までかなりの時間がかかりそう
こんな可愛いお遍路さんに会えるのはいつのことだろう
参拝後に鐘を撞くのは「戻り鐘」といって
縁起がよくないそうだね
お世辞を言ってはなぜいけないだろう
なぜ? 大師さま!
一読しただけですがとても参考になりました
永久保存版だね
2日19時追記
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第29番札所 龍豊院(りゅうほういん)
伊豆急行「伊豆大川駅」より約120mの至近距離にあります
樹齢400年以上と云われる東伊豆町指定天然記念物の枝垂れ桜がお迎えしてくれました
第29番札所 大川山(おおかわさん)龍豊院(りゅうほういん)
宗派は曹洞宗でご本尊は釋迦牟尼佛だそうです
創建は弘治元年(1555)で当時は真言宗の寺院
慶長年間(1596〜1615)に最勝院七世和尚を開山とし曹洞宗に改宗したようです
1879年に火災により全焼し1884年に再建したようです
関係者の方の姿が見えず早々に退去しました
気になりました
伊豆急行「伊豆大川駅」 駅員さんも所在なさげ。。。。
2〜30分ベンチで休憩させてもらいましたが乗降客は三人だけ
閑散とした駅前にはかけ流しの足湯があり立派な某宗教団体の案内所もあります
【追記】駅係員による窓口業務を9月30日で終了とのことです
16時半追記
駅前で子供たちが遊んでいたのでググると小規模校のようでした
いずこも子供たちが少ないね
桜の咲いている四月にまた来てみたいね
所在地は賀茂郡東伊豆町大川278
八月最後の日とは思えない涼しい一日でした
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