歴史と信仰
御伽噺伝承信仰から歴史的事実探究への信仰へ、、と

こう言う生き方をせざるを得ない。歴史に正邪はない、が功利的観点から裁かれる、その功利基準は受益者の現在時点に於ける過去から背負って来た功利量=決算書である。その受益者(各個人、家庭、所属小集団、大集団たる民族、国家)事に違う決算書を作って、所謂歴史なるものは、各人がその立場で直面して引き受けた歴史の決算書と言える。

信仰心の成長も然りで、歴史に残る顕著な成長の決め手になっているのは、自身の、或は所属小集団の歴史への目覚め、覚醒である。簡単に言えば体験である。言い換えれば、御伽噺伝承信仰では突然やって来て生活が破壊される法難の苦痛に耐えられないと思う。

惰性に流されている時は歴史を忘れている時。その時は一緒に、真実に向き合う意味での戒律の精神が忘れられ軽視されている時。

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h30/12/31閉店

以降更新なし

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だから、赦しと慰めが許される三元論が必要。

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色法(科学)優位の時勢では色法重視の宗祖教義が霞み出番がなくなり、仏法の独自領域が求められるから。

色法同士が競合してしまう部分では、例えば在世の宗祖が胃腸病を医薬に頼った事を見れば、これは科学に道を譲った事を示している。

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