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雑学探偵の妄想推理とか……

不思議

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とある統計によりますと、アメリカ人のうち約400万人が「エイリアンに誘拐された可能性がある」そうです。

いくらなんでもこれは多すぎる…… 実際、多数のごく普通(要するに精神的な疾患や、脳に異常がない)の人が、エイリアンに誘拐されたという「確固たる記憶」を持っているようです。

なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか スーザン・A・クランシー/著 林雅代/訳において、著者はエイリアンに誘拐されたという人々から聞き取り調査(繰り返しますが、精神的な疾患や脳に異常がない人が対象)を行っています。

結果、調査をした人々に限って言えば、それらの体験は「入眠幻覚」か「精神療法による偽の記憶」である可能性が高いそうです。

「エイリアンによる誘拐」は、ほとんどの場合就寝中に起きており、日本でなら金縛りにあい、幽霊を目撃するところを、アメリカ人はエイリアンに遭遇するようです。お国柄の違いでしょうか。

さらに精神療法などで催眠術にかけられたりすると、容易に生々しい感情をともなった偽の記憶が頭の中につくられてしまうそうです。特に本人がエイリアンに誘拐されたと思いたがっている場合には。

一般の人においても「感情を伴った強い記憶」というのは、実は不正確な場合が多いそうです。私の場合でも、とても驚いたりしたときの記憶なんかは、あとで確かめてみると実際よりもオーバーに覚えていたりして、あらためて驚いてしまったりすることがあります。人間の記憶というものはかなりいい加減なものなんですね。まあ私の記憶が特にいい加減なだけかもしれませんが……



ところで著者が大学院生の頃、ある問題が世間を賑わせていました。それはセラピストによって子供時代に親から性的虐待を受けたことを「催眠術によって思い出した」人たちが、こぞって親を相手に訴訟を起こすという現象です。実際に有罪になった親もいました。

ところがあまりにも件数が多いうえに、証拠は催眠による記憶だけ。中には「私は子どものころ黒魔術の儀式で祭壇に載せられ……」という荒唐無稽(いくらアメリカでもそんなにたくさんの悪魔崇拝主義者はいないそうです)な証言が増えてくると、「これって本当にあった記憶なのか?」と疑いだす人もでてきます

研究により(もちろん本当に性的虐待を受けた人もいたのでしょうが)、現在では催眠によって記憶を取り戻した人の大多数が、セラピストの誘導で誤った記憶を植え付けられてしまったと考えられています。

テレビドラマでは催眠によって過去の記憶が呼び覚まされ、それがきっかけで事件が解決する、なんてストーリーがあったりしますが、現在アメリカでは催眠による記憶は証拠として認められていません

著者も恩師に依頼され「催眠によって回復された子供時代の性的虐待の記憶が、偽の記憶である可能性」の研究を始めたのですが、世間から「おまえは性的異常者の味方か!」と猛烈なバッシング。実際には中立的な立場で記憶の研究をしていただけなのですが。

あまりの中傷(友だちにはランチに誘ってもらえなくなり、同僚には「この研究をしていると仕事に就けなくなるぞ」と忠告を受けたり)にショックを受け、研究を中止。「もっと安全に偽記憶の研究ができないものか」ということで閃いたのが「エイリアンによる誘拐の記憶」の研究でした。確かに常識的に考えて、エイリアンに誘拐されたという記憶は、偽の記憶である可能性が高そうです。


ところでなぜ一部の人々は「エイリアンに誘拐された」という記憶を、後生大事にしているのでしょうか。頭がおかしいと思われてしまうというリスクがあるにもかかわらず。

著者によれば、こういう「特別な経験」の記憶は、本人のアイデンティティの支えになっている可能性があるようです。人間関係でうまくいかないのも、仕事を効率よく片付けられないのも「エイリアンに誘拐されたせい」というわけです。言い訳としてどうかと思いますが、本人が納得してさえいれば問題ないのでしょう。

さらにエイリアンに誘拐されたと思うことで「私は選ばれし人間」と考えることもできます。その思いを糧に、つらい日々を過ごすことに耐えられるというわけです。このへんは宗教的体験とも似ているところがあるようです。




私はエイリアンに誘拐された記憶もないし、幽霊も見たことがない……あまりスペシャルな記憶がないんですが、何を支えに日々を乗り切っていけばいいのか……
茨城県に菅原道真(すがわらみちざね)公の墓があるという話を知ったのは、「ホラースポット探訪ナビ 吉田悠軌/著」という本からです。

菅原道真公といえば学問の神様。あれ、確か九州でお亡くなりになったのでは? 道真公の遺体を牛車で運んでいると、牛が動かなくなり、その場所に太宰府天満宮を建てて祀ったということになっていたハズです。

ともあれ「真偽は問わず」の不思議ウォッチャーとしては、見捨てておけません。個人的にヘヴィな悩みを抱えていたこともあって「ここはひとつ、菅原道真公のお力を!」とばかりに、行ってみることに。



菅原道真公は903年にお亡くなりになりましたが、三男の三郎景行が道真公の遺骨を持参して常陸国(要するに茨城県)に役人として赴任。926年に桜川市羽鳥にて遺骨を祀ったそうです。それが羽鳥天神塚古墳です。

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羽鳥天神塚古墳は柿沼製粉さんの裏手にありました。伝承によれば、最初にここへ葬られたそうです。

塚の上に生えているのは梅の木です。道真公はことのほか梅が好きだったそうです。

上まで登ってみようとしましたが、草が多くて断念しました。



3年後、景行さんは遺骨を別の場所に移します。常総市大生郷町にある「大生郷天満宮」です。

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大生郷天満宮(おおのごうてんまんぐう)です。

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社伝です。これを読むと、この地に道真公が葬られているのは「史実」なんじゃないかという気がしてきます。

それにしても何で今まで私の耳に入ってこなかったんでしょうかね? 不思議系の場所はマメに情報蒐集していたつもりなんですが。それほどマイナーなスポットなのか、それとも他に理由でもあるのでしょうか……

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狛犬です。心なしか渋い表情に見えます。

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神社の裏手をどんどん歩いていくと、ありました。菅原道真公の御廟所(つまりお墓)です。

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ここに菅原道真公の遺骨があるのかもしれないと思うと、とても不思議な気持ちになります。

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御廟所の前には、広い道路がありました。実はカーナビで目的地を大生郷天満宮にしたら、かなり狭い道に誘導されて大変でした。もしここを訪れるなら、御廟所の前を通るこの道に出るように来た方がいいと思います。



さて、どうなんでしょう。本当に道真公の三男が遺骨を持ってきたんですかね? ところで「将門記」にこんなエピソードが記載されています。

939年、上野国府(群馬県にありました)を攻め落とした平将門公の前に、妖しげな巫女が現れます。彼女は何かに憑依されたかの状態で「私は八幡大菩薩の使いである。皇位を将門に授ける。これは左大臣菅原朝臣(=菅原道真公)の霊によるものだ」と告げました。

これ以降、将門公は「新皇」を名乗ることになるのですが、なぜ彼は巫女さんの託宣を信じたのでしょう? というより、なんでここに菅原道真公の名前が出てくるのでしょう?

この話、どうやら「将門記」にしか出てこない話らしく、あまりに唐突に「菅原道真公」の名前が登場するので、作者の創作ではないかと考えられているようです。

大生郷天満宮のある常総市は、将門公のホームグラウンド圏にあります。巫女さんのお告げを聞いた時に、彼の頭に「菅原道真公の遺骨」のことがよぎったのかもしれません。

そう考えればこの不思議なエピソードに説明がつくような気がするんですが……



とはいえ、玄奘三蔵法師サマのときもそうでしたが、「分骨」というシステムがある以上、有名な人物の墓が複数存在するのは、ある意味当然のことなのかもしれません。
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学研のムーを読んでいる人なら「オーパーツ」という言葉を耳にしたことがあると思います。オーパーツとは「その場所、その時代にそぐわない遺物」のことで、何百年も後の時代にならないと発明されないものにそっくりだとか、どう見ても宇宙人にしか見えないものだったりします。

本屋さんにはたいがい、このオーパーツ関係の本が何冊か置いてあるものですが、そういった本に必ず掲載されているのが「アンティキテラの機械」です。

1900年に地中海のアンティキテラ島の海底で、古代の沈没船から大量の美術品等とともに引き揚げられた、謎のブロンズの塊。表面をきれいにすると、なんと歯車が出てきました。まるで近代の時計の内部のように見えます。調査の結果、この遺物は紀元前1世紀ごろに制作された可能性が高いことがわかりました。



写真を見る限り、とてもイエス・キリストが生まれる以前に作られたものには思えません。興味がある方は「アンティキテラの機械」と検索すれば、いろいろ出てきます。

超古代文明のテクノロジー(多分アトランティス起源)だとか、宇宙人が古代の人間に作らせたものだとか、さんざん言われてきたせいで、アンティキテラの機械の研究者はキワモノ扱いをされるという被害にあったようです。

ですが、そういった先達の研究者の面々のおかげで、この機械の正体がほぼ明らかになっています。

遺物をX線撮影することによって、内部に何枚もの歯車があることがわかりました(最終的に30枚ほど確認されています)。さらにCG解析で表面に刻まれたギリシャ文字や記号も相当量、読めるようになりました。

歯車の数を地道に数え、歯車同士の組み合わせによってできる数字を調べていくと、日食と月食の起きる周期と対応していることがわかりました。

それだけではなく余分な歯車の存在から、水星・金星・火星・木星・土星の位置も表示されるようになっていた可能性が高いそうです。

要するに古代ギリシャの天体計算機だったということです。

機械は木製の箱に納められ、持ち運びが可能。コンピュータと呼ぶのは大げさかもしれませんが、紀元前1世紀ごろの制作物と考えると、信じられないほど進んだ技術です。

研究者によれば、かのアルキメデスが最初の原型となるものを考案し(当時の書物にそれらしきことが書かれている)、それが後々改良され精度が高められていき、小型化されたものが「アンティキテラの機械」になったのでは、とのことです。

機械自体もすごいですが、歯車の刻みを数えていき、それが何を意味するのかを推理していく研究者の方々もすごいですね。アンティキテラ 古代ギリシャのコンピュータ ジョー・マーチャント/著 木村博恵/訳を読んだのですが、謎が解明されていく過程で、濃い人間ドラマが展開されていました。数学の部分はイマイチよく理解できませんでしたが……





久々のブログですね。
最後のブログを書いた頃に、むちゃくちゃ仕事が忙しくなり、ずっと根を詰めてパソコンに向かっていたので、夜までパソコンに文字を入力する気力がなくなってしまいました。そのうち面倒になりズルズルと今に至る……

かなり間をおいたので、またダラダラと再開しようと思います……トホホ。
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1974年、ユリ・ゲラーが来日した際、彼のパフォーマンスに日本は興奮で沸きました(日本テレビの「木曜スペシャル」という番組に多く出演)。彼の主なパフォーマンスは「スプーン曲げ」。他にテレパシーや透視などもありましたが、何といってもこのスプーン曲げは、衝撃でした。今の若い人たちにはピンとこないと思いますが、あの頃テレビの前でスプーンを、何十万という視聴者が夢中で擦っていたのです

まるでお祭り騒ぎでした。

万一「スプーン曲げ」を知らない方のために説明しますと、指の力や腕力では無しに、スプーンを曲げることをいいます。強いて言うなら「心の力」「イメージの力」で曲げることを指します。

私も当時、真剣にスプーンの柄をこすった一人ですが、全然ダメでした。清々しいくらい曲がりませんでした。

ユリ・ゲラーに触発されて、日本のあちらこちらで「私も曲げられる」という人が現れました。一時期たいへんなブームでしたが、否定派から「トリックだ」「インチキだ」と騒がれ、実際にトリックを目撃された演者もいて、ブームは急速に収束していきました。


……現在。YouTubeで検索するとスプーン曲げのトリックを解説した動画が山ほど出てきます。これらを見ていると「やっぱりスプーン曲げはトリックだった」と思いたくなります。ネットなどで「スプーン曲げは100%トリック」と発言している人も少なくありません。念力では無しに「腕力」で曲げているってことになるのでしょう。

しかしながら。

職業欄はエスパー 森達也/著を読んでいると、どうもそれほど単純に全部インチキと決められないような気がしてきます。著者の森さんは、どう見てもトリックを使っているとは思えない場面に、何回も遭遇しているようです。だからといって100%本物と信じることもできず、モヤモヤした気持ちを引きずっているようですが。

本書に登場するKさんは、スプーンの一方の端を著者に持たせた状態で、ゆっくりと柄の部分をさすります。すると「粘土細工のように」ゆっくりとスプーンがねじれていくのです。

もしこれがトリックだったら、凄いテクニックです。腕力の余地がないからです。

Kさんは、曲げる際にかなり特殊なアルファ波が頭から出ているそうです(実際に測定データあり)。切断もできるようですが、切断面は力任せに折ったものとは明らかに異なっているそうです。また、折った直後は磁気を帯びていて、お互いにくっつき合うらしいです。著者によれば「また元のスプーンに戻りたがっている」ように見えるとのこと。

これだけ調査されていても(世間から)本物と認めてもらえないというのは、少し悲しいものを感じますね。

最近、安倍首相の発言で有名になった「悪魔の証明(無い、と証明するのは基本的に無理)」ですが、反対に「有る、存在する」っていうことの証明も、こと超能力に関しては難しいようです



私自身、スプーンを曲げることはできず、私の周囲にも曲げることができる人はいないようです。私個人の考えでは「(トリック抜きで)本当に曲げられる人は存在する」んじゃないかと思っています。心の力がダイレクトに物質に影響を与えることができたら凄いんじゃないかと……
昔むかし大野村(鹿嶋市)青塚に、たいそう美しい神、弁天さまがいました。ビミョーな風体の道祖神は彼女が大好きで、毎日のように会いに行ってました(今だったらストーカー行為ですね)。

頻繁に会いにくる道祖神にうんざりして、弁天さまは弁天池の中に潜って隠れてしまいました。知らずに会いにきた道祖神、弁天さまがいないのでガッカリ……。しょんぼり帰ってしまいました。

すると突然地震が起きて、弁天池が干上がってしまいました。(隠れるところが無くなってしまい)困った弁天さま、海岸を南、南と下り、神栖町(神栖市)奥野谷へたどり着き、奥野谷の弁天さまとなったそうです。

鹿嶋デジタル博物館より (※かなり適当にアレンジしています)




神栖市奥野谷の弁財天が、どうして王昭君ということになってしまったのか。自分なりに考えてみました。もちろん無責任な推測に過ぎないことを、前もって念押ししておきます。

青塚山弁財天があった弁天砂丘は高さ27.2メートルで、漁師や船乗りたちのランドマークになっていました。

さらに近くに神之池という広大な淡水池も存在します(現在は大部分が埋め立てられて、小さくなってしまいましたが)。利根川もかなり近くです。

海と池と川のそばにある小高い丘に、水の神様である弁財天が祀られることは極めて自然なことだと思います。

まず先に弁財天信仰がその場所にあった、ということです。



その弁財天と王昭君が、なぜ結びついたのか。

弁財天は美しい神様で、琵琶(ビワ)を弾いています

王昭君も琵琶を持った姿で描かれることが多いです。しかも絶世の美女

神栖市も開発以前は砂丘に点々と森や林があるといった風情で、王昭君の没地の青塚を想像させる場所です。

そういった諸々が、人々の間で語られていくうちに「弁天塚に葬られているのは王昭君」という風説ができあがったんだと思います。



ここでいつもの妄想推理をひとつ。

大野村(鹿嶋市)にたいそう美しい女性がいました。その美しさから周囲から「弁天さま」と呼ばれていました。

よその土地の実力者がしつこく彼女にいいよります。嫌がる美女。

あまりにしつこい求愛に、彼女は船に乗って逃げ出します。彼女の船は奥野谷の海岸に打ち上げられます。寒い季節に沖に出たせいか、低体温症により彼女は虫の息。

彼女は漁師に発見され、介抱されますが、ほどなく息を引き取ってしまいます。

彼女は弁天砂丘に葬られます。もともと信仰されていた弁天さまの化身とみなされ、祀られました。

彼女の身の上と、葬られた場所が、中国の美女の王昭君と似ていることに気がついた人が、「まるで彼女は王昭君のようだ」と感想を述べたが、その話はいつしか「彼女は王昭君自身だった」というものに変わっていきました。

もちろんこの話はフィクション(妄想)です。これまで調べたことをもとに、勝手に推測して作ったストーリーです。



しかしこの神栖市で、私が歩いた辺りは、とくに不思議な話が多い場所のようです。

近くには星福寺や蚕霊神社があり、「金色姫伝説」が伝わっています。これは最近「うつろ舟の話の元になったものでは?」と、研究者の間で話題になっています。

さらに私が訪れた日吉神社と般若寺の間にあった山本家住宅(国指定重要文化材)には、安倍晴明伝説が伝わっているそうです。なんでも北西の楠の木の下に、晴明の乗った馬が埋められているのだとか。



今でこそ近代的な工業都市の茨城県神栖市ですが、そのすぐそばに異界の入り口があるのかもしれません。……なんてね。(おわり)

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