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みなさん こんにちは。
本州では また雪が降ったみたいですね。
こちら北海道は
穏やかな日が続いていて
雪が解け 路面が出まくってます。
だから歩きやすいです。
今日は 長文です。。。
やっと心が落ち着いてきました。
でも たまに フッとした時
涙が出ちゃうんですが。
先月 うちの義母が亡くなりました。
私が嫁に来て ずっと同居をしてて
初めから 私を娘のように可愛がってくれ
孫達も可愛がってくれて
とっても大好きな義母でした。
とっても明るく いつも笑顔でした。
ここ2年ぐらいは 事情があり 離れて生活をしていましたが
同居中は 特に 嫁姑問題もなく
でも たまーに イラッときた時もありましたが
うまくいってました。
結婚して すぐ ダンナさんは 長期出張。
子供が 生まれて すぐ ダンナさんは 長期出張。
義母たちと 同居してなっかたら
私は どうなってたでしょう??
何もわからない状態で、何も知らない土地で 途方に暮れてました。
義母がいたから 子育てもできたと思います。
私の母は 物心ついた時から 寝たきりで
母の存在は 私の中には ありませんでした。
母には悪いですが 義母が 母親のような存在でした。
晩年 義母は 認知症になり
私が元気で お手伝いしにいければ いいのですが
それも出来ず ダンナさんが 毎日 義母たちのところへ 行ってました。
私が行けたら・・・・
淋しい想いをさせる事なんて なかったのに・・・。
ずっと 謝ってばかりです。
こんな嫁で ごめんなさい。
至らない嫁で ごめんなさい。
淋しい想いをさせて ごめんなさい。
何も出来なくて ごめんなさい。
本当 ごめんなさい。
最後は 肺炎になり 入院してて
もともと 心臓が悪い人でしたから
呼吸が 弱くなって。。。
亡くなる前の晩に 担当医から電話があり
『まだ意識があるうちに親戚とか仲の良かった人に会わせてはどうでしょう。』
と言われ 次の日 たくさんの親戚たちが
お見舞いに来てくれ 嬉しそうにしてたそうです。
その日の夜 私は お見舞いに行ってなかったので
子供二人を連れて お見舞いに行きました。
呼吸は荒く 目を閉じたままでしたが
耳元で 『○○(私の名前)だよ。 聞こえる?』って言ったら
目を パチリとあけ 返事は出来ませんが わかってくれたみたいでした。
子供達の顔も見せ
帰ろうとした時 私は なかなか 義母から 離れる事ができず
でも 今日は いろんな人が来て 疲れてるかと思い
帰る事にしました。
病院から自宅まで 10分弱。
自宅に着き すぐに病院から電話があり
すぐ病院に向かったのですが
眠るような、穏やかな顔の義母が いました。
会いたい親戚達に会い 最後に 私や孫達に顔を見て
安心したのでしょう。。。。
お棺に入るまで ずっと 顔色もよく (生きてた時よりも)
自宅にいる時から 寝てるように
声を掛けたら 今にも 起き上がって
孫達に ご飯を作ってくれそうでした。
義母は とっても優しい人で とっても友達が多い人でした。
お通夜も
『こんなに弔問に来てくれた!!』
予定してた人数の倍の方に 来て頂きました。
私とダンナさんは 同じ会社だったので
懐かしい顔が たくさん見れて 嬉しかったです。
友達も イッパイ来てくれて 嬉しかったです。
長男の嫁として しっかりしないといけないのですが
ずっと 泣き通し でした。
ダンナさんも 私が書いた挨拶を読んでて 泣き
付き合ってから 泣いた姿を見たことがなく
私は それを見て 号泣。。。。
参列のみなさんも 泣き・・・・。
ダンナさんも とっても 優しい人です。
毎日 朝行って お薬を飲ませたり
仕事でクタクタの時も 行って ご飯の支度をしたり
それが終わって 自宅に帰って 雪が積もっていると 除雪します。
私が具合悪く寝ていたら 何か夕食を買ってきます。
寝てる私に 大丈夫?って 心配してくれます。
こんなダンナさん。。。
私には 勿体無いです。。。。
私が 健康で 元気だったら
ダンナさんの負担が減ったのに。。。。
ダンナさんは 寡黙な人なので
あまり愚痴など 言いません。
弱いところも 見せません。
いつも 感情を押し殺して 我慢する人です。
そんなダンナさんが お通夜の前の晩に
私が書いた挨拶文を読み
泣いて挨拶できない。 と言うのです。
私も 義姉の話を聞いて 文章を書いてましたが
泣いて泣いて なかなか完成できませんでした。
お通夜の前の晩は 義母が寝てる横には
義姉と3人の子供達、私達。
みんな義母の思い出話をして 泣きっぱなしでした。
ダンナさんも 今までの苦労が思い出されたのか
泣いて 弱音を吐くのでした。。。。
お通夜も 告別式も
本当 いい式でした。
ギリギリの予算でしたが
斎場の方が 色々頑張って頂いて
義母には いい式で 送れました。
こんな優しかった お母さん。
ダンナさんの優しさは お母さんに似たんですね。
色々大変な人生だったけど
お母さんの優しさ、笑顔は いつまでも 忘れません。
お母さんと 出会えて ホント 幸せでした。
私も 何年か後には そちらに 行きます。
その時は また お母さんの ごぼう天とキンピラ 食べたいなぁ。
お母さん。
こんな嫁で ごめんね。
そして 今まで 本当に ありがとうございました。
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