ちけん坊のブログ

日頃の仏事での出来事や感じた事などを綴っています。写真は花や虫を中心に自然の風景を掲載しています。

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雨の中の作業

昨日は日曜日であったが、朝から雨が降り続いていた。ぼけ封じ観音の法要が次の日曜日にあるので、その準備の為に朝の八時から寺の役員さん達が奉仕作業に来られている。法要の前日の土曜日に最終の準備作業をする予定であるが、この雨でも何とか大まかな準備作業をしておかなければ終わらないからだ。

このぼけ封じの霊場は都会の大きな寺院が多くて本堂と客殿などは別であるが、私の寺は本堂と庫裏が一体で客殿がない。従って今までも寺の大きな行事があると、寺の下にある公民館などの施設を使わせて頂いて来た経緯がある。今回も昼食の弁当を食べて頂く場所がないのでそうなるが、前日にはその準備をしておかなければいけない。

そんなこともあって少しでも前日の作業を軽減する為、雨にもかかわらず奉仕作業をして頂いた。メイン作業は、境内から参道にぼけ封じ観音と印刷したのぼり幡を五十本建てるのと、ぼけ封じ観音の前に設置してある手洗い場の水源を確保して常時水が出るようにすることだ。約二時間半余りの作業であったが、雨でずぶ濡れになりながら作業をして頂いた。私一人ではとても出来ないが、役員さんたちのおかげである。本当に有り難く、感謝の念で一杯だ・・・

◇雨に雑草がぬれている
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西方浄土ではないの?

一昨日の水曜日、檀家様の満中陰忌の法事をさせていただいた。土日の法事がほとんどであるが、商売をされているので土日は忙しく、定休日の水曜日を希望されたものだ。また偶然にも逮夜参りが水曜日に当たっていて、ちょうどその日が七回目で四十九日という巡り合わせである。故人が遺族に迷惑をかけたくないという配慮をして旅立ったかのように思えた。

読経が終わってから少し話をさせて頂いたのであるが、その時の話が気になったのか、お斎の宴席で故人の弟さんに当たる方が、「おっ主(す)さん、兄貴は西方浄土に逝ったんじゃないのですか?」と尋ねられた。私は、「西方浄土に行かれるのは三回忌になってからで、四十九日では守り本尊の薬師如来さまの浄土である瑠璃光浄土に行かれるのですよ・・・その浄土は東にあります」と説明するも納得がいかない様子である。

その方は阿弥陀如来さまが、浄土のすべてを支配されているように思っておられたのだろう。仏さまの世界も東西南北があって、それぞれの方角に仏さまの浄土がある。亡くなられた故人の御霊は修行の為にその浄土を定期的に移動しているのだ。その世界も三層になっていて、その修行が終わると菩提、涅槃と高い所へ移動して最終的には仏さまになられるに違いない。

◇雑草が夕日に輝いている
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逮夜参りの妙味

先週、市内に住まれている八十五歳のおばぁちゃん宅へお参りさせて頂いた。ご主人が九十五歳で亡くなれたのであるが、奈良県に菩提寺があって四十九日が終わるとそちらの寺へお世話になるとの事だ。それまでは頼まれてお葬式をした縁で、逮夜参りをさせて頂いている。

一人暮らしになられたおばぁちゃんであるが、まだ原付バイクにも乗られていて元気だ。しかし二人の子供に恵まれるも、若い時分に娘さんを亡くされ、それから二十年余り経ってその悲しみが癒えようとしていた頃に息子さんを亡くされている。そんな波瀾万丈の人生を乗り越えて、晩年は十歳年上のご主人と二人暮らしをしておられたようだ。

今回、高齢になられたおばぁちゃんが喪主を務められた気持ちを考えると、何とも複雑であったことだろう。お葬式が終わってから初めてのお参りてあったが、読経が終わった私に一生懸命に話しかけられる。気が付くと一時間半余り長居していた。「孫でもおったら・・・」とポツリと言われた言葉が、おばぁちゃんの胸中を吐露しているようだ。

日増しに寂しさが増しているのだろう。一週間ごとの逮夜参りが、その寂しさを紛らせる一助となればと思うが、こればかりは時間と本人の気持ち次第だ。ただ一つ言えるのは、逮夜参りの妙味はこうしたところにある。数週間後には奈良の知人宅へ身を寄せられるらしいが、それまでの間しっかりとおばぁちゃんの仏心に寄り添いたい。

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先日、遠方に住まれている信者さんから電話をもらった。彼女と知り合って二十年余り経つ。私が役僧で勤めていた時に知り合った方で私と年齢はそんなに変わらないが、若くして夫を亡くして苦労をして来られたようだ。久しぶりの電話であったが、その苦労は今も続いているようである。

今回電話をもらったのは、実家の仏壇に私の主人の位牌を祀っていることは良くないと親戚筋の方から言われたことを気にしてのことであった。家の中でホトケさん達の仲違いが起こって良くないので、位牌はお寺さんに預けるか別に祀りなさいと言われたようである。

私は、「言われている事の方が間違いで、あなたに何の落ち度もないので遠慮しなくていいですよ」と話すと安堵されていた。私たちは、不幸などか起こるとそうした行為のせいにしてしまう傾向がある。仏壇はあくまでも仏さまを祀る場所であり、任意で祀るのが位牌で仏さまの慈悲は皆平等に届くはずだ。お墓も「俱会一処」と言われるように、皆同じに会同するのが仏の世界なのだろう。

◇近くの公園の風景
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家族葬の流れ

今日は、この26日に亡くなられた女性のお葬式をさせて頂いた。昨日の午後七時からの通夜のお参りが少なかったので、お葬式はどうだろうかと思っていたが、まずまずであった。家族葬ということで、普段しているお葬式より僧侶の数が少ないので導師の私も引導の傍らに読経に参加しなければいけない。

初めての試みであったが、意外とうまくいった。田舎のお葬式の次第は、都会と違って昔ながらの土葬の流れを引き継いでいる。葬儀会館のなかった頃は自宅葬で、自宅で内式をしてお墓まで棺桶と共に練り歩いて人々の見送りを受けていたものだ。そしてお墓に到着すると、墓に設けられた仮段に御棺を祀り外式の供養をしていた。

そうした流れで葬儀会館になっても、内式と外式の供養を行うので導師一人ではできないのだ。今回も喪主さんは都会に住まれている息子さんで導師一人でして欲しいと頼まれたが、それを断って初めて脇に役僧を二人配置する形式をとった。正式のお葬式なら役僧三人と諷経(ふぎん)が必要であるが、家族葬ということで譲歩した格好である。

田舎もこうした家族葬が増えつつあり、小さな寺院が多いので死活問題でもある。檀家数が少ない分、他の寺への役僧で補ってきたからだ。今日の方式は役僧は一人少ない分、一人の役僧さんに二人分の負担をしてもらわなければならないが、これまでの次第で出来るので違和感はない。家族葬に向けての一つの対策で、これからは結集寺院の連携が必要になってくるのだろう。

◇大きな葉っぱの模様が美しい
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