ちけん坊のブログ

日頃の仏事での出来事や感じた事などを綴っています。写真は花や虫を中心に自然の風景を掲載しています。

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良い顔で死にたい

インデアンは各人の心の中に守護霊をもっているそうで、守護霊がいろいろ話するのを聞いて行動すると云われる。年老いて病気になった時に、守護霊が「おまえは死ぬ」と言うとそれに従い、親族を集めて思い出話しをしながら断食をして死ぬのを待ち、「良い顔で死ねるように」と乞い願うそうだ。良い顔で死んだ者は、再生してくると信じられているからである。

現代人の私達には何とも理解し難いが、「良い顔で死にたい」という気持ちは現代人も少なからず抱いている人がいるだろう。それは安らかな死を意味するのかも知れない。私は僧侶という立場で枕経に行って多くの死に顔を拝見してきたが、死に顔にはその人の人生が表れているような気がする。

いつだったかお参りに行った時に、その家の小さな子供が亡くなられたおじいちゃんの顔を見て「赤ちゃんみたいやなぁーおじいちやんの顔・・・」と言っていたのを思い出したが、当に仏さまのような純真無垢で安らかな顔だったからに違いない。それは天寿を全うされたからに他ならず、私たちも良い顔で死ねるような生き方をしたいものだ。

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十七回忌の法事

一昨日の事であるが、檀家様の十七回忌の法事をさせて頂いた。私にとっては古い回忌の単独法事は有り難く、しかも祥月命日を希望されたので平日である。ほとんどの方が古い回忌になると合同法事でされるのにどうしてだろうと聞いてみると、「夫婦揃って親の法事ができるのもこれが最後と思いまして・・・」と施主の奥さんが答えられた。

この老夫婦は二人暮らしで、息子たちは遠方で所帯を持っていて娘さんだけは近くに嫁いでおられるので、法事の参列者は年老いた夫婦と娘さんの三人だけである。法事の最初の五分ぐらいと終わりの十分は参列者と一緒に経本を見ながら読経するのが常であるが、私の読経に合わせてしっかりと唱えられていた。

いつもより少しゆっくりとしたリズムで理諏経を唱えたので、法事が終わり時計をみると五十分もかかっていたのであるが、とても短く感じたのはどうしてだろう。私は大きな読経を信条としているが、時には最後まで声が続かずにトーンダウンしてしまうことがある。今回は、かなりの声量で息を切らすことなく最後まで持続できた。

それは私と施主さんと仏さまが三位一体となって供養し夢中になっていたからに違いない。十三回忌と十七回忌は大日如来が守り本尊で当家のご本尊様である。拝みながらご本尊さま金色の身体が明るく輝いて見えたのは、仏さまが歓喜されていたからだ。本当に私にとっても有り難く、これも信心深いご夫婦が毎日お勤めを欠かさずにしておられるお蔭だろう。

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就活と終活

先日の事であるが、何気なしに見ていたら葬儀屋さんの前に終活相談という大きな看板が立てかけられていた。辞書には就活という言葉はあるが、終活という言葉はない。しかしながら、終活という漢字からすると人生の終わりの活動相談ということになるのだろう。

就活と終活は言葉の響きは同じであるが、意味は対照的で全く違う。私はその終活という看板を見て少し違和感みたいなものを感じて良い気はしなかった。それは私自身が人生の終盤となる年齢になってきているからに違いない。しかしそれも考え方次第なのだろう。

お大師様は、「風燭きえやすく、良辰遇いがたし。いたずらに過ごさば、後会なんぞ期せむ。」と云われている。いのちの儚さは風の前の灯火のようで、いつ消えるかわからず、幸運には滅多に巡り合えないものである。今頂いているいのちをどう生かしきるかが問題であるという意味だ。

そうみるとと、就活よりも終活の方が大切ではないだろうか。私たちは仏さまのいのちを生きて、現生での活動を終えると仏さまのところへ帰って行く身である。お大師様が「十住心論」という著書の中で、人がこの世で完全に生きる為の十の段階を示しておられるが、凡人には難しい。自分なりに人生の終盤をどう生きるか考えて行きたい・・・

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二人の逝き方

今年は先代である父親の十三回忌である。親戚の兄弟も亡くなったり年老いているので法事をしても集まらないので、毎年十一月末にしている合同法事でするつもりだ。家内も七回忌であったが、この十月の初めに行ったばかりである。二人ともガンという病気であったが死に方は全く違う。

父親は喉頭ガンと肺ガンを患っていたが、直接的な死因は喉頭ガンであった。モルヒネを投与されていたこともあって夜中に暴れたり、幻覚症状でベッドの上からおしっこをしたりして婦長から呼び出され何度怒られたことか・・。医者からよく生きても九月末ぐらいと言われていたが、結局は年明けまで生かして頂いた。

私と家内が病室に詰めて交替で看病していたが、いつまで続くかわからない不安と疲れで精神的にフラフラであったのを思い出す。それから三年後に家内が子宮体ガンの末期であるのがわかったが、今となってはその時の献身的な看病でガンの発見が遅れたのかも知れないと思ってしまうのだ。

父親は喉頭がんで喉を手術したので声が出なくなったが、看病する私達にはそれが幸いした。何故なら職業柄かよく看護士さんや私達を説教して大変だったからである。父親が逝った時、ある意味で安堵したものだ。それに対して家内は自分の死を受け入れて二年間の闘病生活の末に、誰にも迷惑をかけないで自宅で静かに逝った。

先ほど合同法事の準備で父親の塔婆を書きながらそんな二人の死を回想していたが、私も死ぬ時は誰にも迷惑をかけずに家内のように逝きたいと思う。私は僧侶であるので亡くなられた方の家にお参りさせて頂くが、故人と家族の絆が強いとそれだけ悲しみも深い。それを癒すのも僧侶の務めであるが、その悲しみは故人の生き様によっても違って来るのだろう。

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紅葉のきれいな季節となった。私の寺の近くに高源寺という臨済宗のお寺があるが、紅葉の名所でたくさんの観光客が毎年この季節に訪れている。その観光客の入山料が地域の方や寺の大きな財源となっているが、そこからのおこぼれらしき観光客が私の寺へもここ数年やって来るようになった。

私の寺は観光寺院でもないので入山料はもらっていない。そんな事もあって年々増えているようであるが、目的は裏山の元の境内地にある天然記念物の大公孫樹である。寺の下の方にバスが入る大きな駐車場があるのであるが、困った事に境内の上まで登って来て水子霊園の前の空き地に停める方が多いのだ。

寺には全く参拝もせずに一目散に山へ登っておられる。完全に観光とその延長線上に健康があるが、信仰とは無縁である。巷では信仰、健康、観光の三つの幸と言われるが、現役の子育て世代には信仰の幸は少しまだ先のことなのかも知れない。

逆に私の寺にあるぼけ封じ観音へお参りに来られる方は年配の方が多いので、裏山にある大公孫樹を見たいけど体力面で残念されるようだ。信仰も観光も健康でなくては何もできないので,信仰と健康と観光の三つの幸は健康をベースとすると達成できるのだろう。

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