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”仕分け”で、交付税の見直しは当然の事
交付税「見直し」地方は反発…削減警戒
政府の行政刷新会議の13日の「事業仕分け」で、地方自治体に配分する地方交付税に関して、「制度の抜本的な見直しを行う」との判定が出たことについて、地方自治体は反発を強めている。
改革が交付税総額の削減につながることを警戒しているためだ。
2010年度予算の概算要求で、総務省は交付税の配分額を今年度の約15兆8000億円から約1兆1000億円積み増すよう「事項要求」で求めている。原口総務相は同日、増額要求と仕分けの関連性について「全く関係ない」と述べた。
それでも地方自治体側の懸念は消えない。全国知事会の井戸敏三・地方交付税問題小委員会委員長(兵庫県知事)は同日、事業仕分けの結果について「(小泉政権の)三位一体改革の結果、交付税の地域間格差是正機能が大幅に減少している。今後の交付税改革では、地方の疲弊した実情を十分に踏まえ、交付税を復元・増額することを基本に検討を」とのコメントを出し、減額の方向に向かわないようクギを刺した。
地方自治体側の懸念の背景には、仕分け作業における交付税増額に慎重な財務省の影響力の強さを感じていることがある。同日の仕分け作業で、財務省は「交付税額を決める地方財政計画が過大計上の疑いがある」などと説明。この後、民間人の仕分け人から「交付税の仕組み自体が無駄な歳出をつくっているという話は納得できる」など財務省の説明に賛意を示す意見が飛び出した。
ある県の幹部は交付税改革について「民間人の仕分け人が1時間で議論するようなテーマではない。国と地方の協議の場で時間をかけて議論するべきだ」と疑問を呈した。
(11月13日 読売新聞)
という報道がありました。
民主党は、”補助金など全てのひも付き交付金を廃止して、その財源を、地方が自由に使える交付金に変える”と公約で謳っていますね。
であるならば、今回の仕分け段階において、”見直し”が提示されて当然かと思うところです。ひも付き補助金まで含めた交付金の見直しですね。
では何故、ひも付きがいけないかのかというと、ひも付きで国から採択基準が決められている場合、例えば、オペラハウスを建設する際でも、50人にも満たない要望に対して、600人規模の施設を作るハメになるからです。国のひも付き基準は、ムダに事業を拡大させてきましたからね。地方は地方で、どうせ国からの金ということで、自己の実績とも兼ね合い、躊躇無く、大きな施設を建ててしまってきました。地元の有権者である業者も喜びますからね。
そして、その結果、更なる維持管理費で借金が膨らみ、施設自体は閑散として、閑古鳥が鳴いている始末です。
それらが、そんなこんなで、現在の財政破綻寸前の公的債務の膨張の大きな要因になってきたかと思います。
国に対し何も言わず、何の工夫もしなかった地方行政、議会の責任は大きいと思いますね。
それで、”地方に与えるお金は、補助金・交付金併せて、これだけです。あとは、一切、配分しません。自分達が効果的に使ってください。”と国が断言して、地方分権を図るべきかと思っています。そうなれば、地方も、ムダに不相応な施設を作ることは無くなると思いますね。
そうなれば、”政治家の資質の差により、地域間格差が生まれる”と反論されるでしょうが、地方の自主性に任せられる以上、地域間格差が生じるのは当然の話であり、それは、地方責任の範疇としなければいけません。それだけに、地方では、資質の高い為政者を選出する必要があるのですね。地方が、今のままで、何も変わらないとすれば、自由裁量の交付金が”ムダ金”に終わってしまいますからね。
もちろん、ある県の幹部の話、「民間人の仕分け人が1時間で議論するようなテーマではない。国と地方の協議の場で時間をかけて議論するべきだ」とは、仕分け人が論議するのは当然の事だと思います、国と地方の協議の場で、じっくりと話す必要はある内容かとは思います。しかし、少なくとも、来年10月までには、結論を出して欲しいものだと思いますね。
ちなみに、”地方主権戦略会議”とは、何とも、時代錯誤の名称です。地方主権とは可笑しい話です。分権とは言っても、裁判権や憲法制定権など主権は与えることにならないからです。”地方分権推進会議”、この名称のままで、良かったかと思うところです。何でも名前を変えたら、心機一転されたように思う民主党の幼稚さに、あらためて食傷を感じます。
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