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人の悪口なので、
気分を害しそうな方は、
ご遠慮ください。
毎週木曜日の午前中は、
近くの児童館に遊びにいく。
広いフローリングの部屋。
茣蓙を敷いたスペースで、
のんびりオモチャで遊ぶ母子。
フローリングを走り回る子。
いつも5〜10人の乳幼児が思い思いに過ごす。
そこに珍しく、グレーのスーツを着たおじさんが二人登場。
先月、張り替えたばかりのフローリングをチェックしに来た模様。
大切な大切な限りある市の予算を割いているのだから、
適正な出費かどうかを確認するのだと思う。
張替えは、スペースの半分だけしかされていない。
児童館の先生が、
残りも張り替えて欲しいと頼んでいるところだといっていた。
乳幼児や母親たちには目もくれず、
スーツのおじさんは二人で何やらしゃべってる。
さっきまでくつろいでいた母親たちの
おしゃべりのトーンが、幾分、低くなる。
2歳の男の子が「お父さん?」
と見上げながら話しかける。
彼にとって、スーツの男の人はお父さんなのだ。
二人組みは無反応。
相変わらず、二人の会話を続ける。
たまらず私は、男の子に語りかけた。
「こんにちは!っておじさんにちゃんとご挨拶してるね。」
「こんにちは!上手だね。」
そこでようやく、二人組みが
「こんにちは」と挨拶を返してきた。
乳幼児と母親に向かって、
「この床は、気持ちいいですか?」
と年かさのスーツ男が聞く。
私は、男の子の方を見ながら、
「床がきれいだと、走りやすくて気持ちいいね♪」
と語りかける。
二人組みは立ったまま、
「こういう交流スペースがあるのはいいでしょ。」
と自慢げにいう。
私は思わず、二人組みを見上げながら、
「ご自分のお子さんが小さいときに、
一緒に子どもたちの遊び場に来たことがありますか?」
と、ちょっと苛立ちのある言葉で聞く。
年かさの男は、
「小学校が67校。
でも児童館は17箇所。
なかなか館を利用できる環境にはありません。」
と答える。
さらに、今日初めていらした2ヶ月の子の母を巡る会話。
彼女は何と5人目の出産。
年かさのおじさんが発したのは、
「お母さんは歯とかぼろぼろでしょ。」
彼女は、「元々歯は丈夫なので」
とステキな笑顔で答える。
さらにおじさん、
「それは良かった。
でも、筋力なんかも落ちて、
身体はくたくたでしょ。」
私は、思わず口を挟む。
「出産て、デトックスになるっていうぐらい、
身体は、すっきりするわよね。」
この発言へのおじさんの返事。
「お母さんが長年溜め込んだ毒が、
全部子どもに移るから、
お母さんは毒が抜けるんだね。」
あり得ない発言だと思う。
出産がデトックスになるって言うのは、
代謝があがって、
ホルモンバランスが良くなって、
関節も柔らかくなって、
母体にもいい影響がある、ってこと。
母親の毒を赤ちゃんに押し付けるなんて、
とんでもない発言を、
可愛い子供と、母親の前でするなんて。
私は、二人組みに非常にイライラした。
分析するよりも前に、
この人たちが嫌いだと感じた。
何に不快を感じたのか、と改めて考えると、
結局、まともに挨拶も出来ないということなのだ。
既に人がいる空間に入ってくるなら、
「こんにちは。」って声をかけるか、
せめて目礼ぐらいはするもんだと思う。
そして、
子どもと会話をしたかったら、
まず、しゃがんで目線を合わせるべきなのだ!
母親たちだって、子どもと一緒に座り込むなり、
腰をかがめるなりしている。
話す相手と目線を合わせるのって、
人として、動物として当然でしょ。
さらに、
私の問いに答えていない。
児童館なんてなくたって、
子どもがお友達とどんな風に過ごしているのかを見る場所は、
それなりにある。
家族で休日に遊び場に行くのと、
日常の中で、お友達と関わるのは何かが違う。
日常のお友達の中のわが子を知っている父親は、
あまりにも少ないのではないかと思う。
子どもを見つめる母親同士の
コミュニケーションのあれこれも、
きっと知らないのだと思う。
子育ては、母親の仕事だと思っているタイプに違いない。
何はともあれ、
目線を合わせて話の出来ない人は嫌い。
その上、なんだか偉そうに話されると、
本当に嫌い。
そんな態度で、いくら話をしたって、
なんにもわかりっこないのだ。
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泣き虫姫さんの気持ち、わかりますよっ!よくぞ二人に立ち向かってくれましたp(^^)q 今、携帯からなので、今度PCからゆっくり書き込みに参りますね♪
2008/10/9(木) 午後 7:21 [ 寿 玉緒 ]
玉緒さま☆
玉緒さんの「わかりますよっ!」の一言に、すごく救われました。
本当にありがとうございます。
こういう負の感情を、自分だけですっかり解毒できるような、
立派な人への道のりは、はるか遠いようです。。。
嫌な話に付き合わせてごめんなさい。
そして、本当に心からありがとう。
2008/10/10(金) 午前 0:27 [ 泣き虫姫 ]
こんにちはー、初コメントさせていただきます、ふかうみ嫁です☆
児童館の視察…いくら立場が偉いひととはいえ、おかしいと思ったことにはしっかり立ち向かえる泣き虫姫さん、尊敬です。
ちょっと違うかもしれませんが、主人の個展で小さな子供がきてほんわかした雰囲気だったときに、突然どこかの評論家らしき人(私も彼も面識ない)人がやってきて、ぐるっと会場をみてから、難しい美術の専門用語をまくしたてられて、なんとも嫌な気分になったことを思い出しました。
知識があるのは素晴らしいことだけど、それをひけらかすのではなくて、誰もが分かりやすいような言葉で話してくれたらよかったのに、と思ってしまうのは私があまり勉強できなかったからかもしれませんが(汗)
2008/10/10(金) 午後 4:11 [ あき ]
あきさん♪
コメントありがとうございます!
「立ち向かった」と言えるほどではないのですが。。。
優しい気持ちで過ごしたいときに、何だか嫌な話につき合わせてごめんなさい。
でも、一緒に怒ってくれる人がいると、嫌な相手のことも、
くだらないことに腹を立ててしまった出来損ないの自分のことも、
ちょっと許せる気がしてきます。
本当にありがとう◎
私は、難しい言葉でしか話せない人は、本当は何も見ていないし、何もわかっていないのだと良く思います。
一流の先生ほど、自由自在に、聞き手の個性・関心に合わせて、相手のわかりやすい、内容、言葉、比喩、リズムで、書いたり、話したりしているように思います。
わかっていないことがバレルのが怖くて、難しい言葉で虚しい武装をしているのだと思うのです。
あきさんの言葉は、不思議と私の身にじわじわとしみてきて、
しばしばその後数日、そこで感じたイメージが体内に回ってます。
2008/10/10(金) 午後 5:31 [ 泣き虫姫 ]
なぜか『生きる』の映画のラストシーンを連想しました。
結局、その方は、自分がそこにいないのです。
とりあえず、何とかやり過ごす仕事の一幕なんですね。
人は死と向かい合い、自分と向かい合わなければ、きっと他人とは向かい合うことはないのでしょう・・・。
2008/10/11(土) 午後 9:45
たかあきさん◎
「生きる」のラストって、黒澤監督のお役人への諦めが強烈でしたね。
課長さんのお葬式で高揚した正義感・使命感も、
日常の中ですっかりしぼんでしまって。
何かとしっかり向き合わなければ、生きていたって何もワクワクしないでしょうに。と、私は思ってしまうけれど、
組織の中で生きつづけるためには、やむを得ないのかなぁ〜。
組織的な人と話すのにうんざりして、結局、家の中にこもっている私には、何も言う資格がないのが悲しいです。
2008/10/13(月) 午後 2:44 [ 泣き虫姫 ]