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Halloween☆

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先日、赤ちゃんに会いに、
姉のところまで行ってきました♪

ホワホワで、すやすや眠って、
一緒の空間にいるだけで幸せ◎



写真は、
姉がレのために用意しておいてくれたクッキー。

ハロウィンまで待てずに食べちゃった!

レは、お化けなんてへっちゃらです。

北野武って、本当に「世界の巨匠」だったんだ。
っていうのが、映画全体についての率直な感想。

風景も、人の表情も、仕草も、
時にはしみじみと、時にははっとさせられて、
私の記憶に確かな足跡を残している。



しいて、一押しのシーンをと言うなら、
全てを幸せにする柔らかなラストも捨てがたいけれど、
やはり、赤い部屋のシーン。

かつて、
「トリコロール」のジュリエット・ビノシュを見たとき、
「心からの悲哀は、青を帯びるものなのだ。」
って思ったのだけれど、
この映画の中で、
赤の悲哀を見せ付けられて、
瞬きするのも忘れて、静かな畏れを感じた。



*****



この映画の劇場予告を見ると、
「売れない画家で、苦労もあるけれど、
 すぐ近くに良き理解者がいてくれて、
 それはそれで最高の人生だ。」
ってメーッセージの映画にも思える。

偶然から生まれたという、
ラストの缶を蹴飛ばす完璧なシーンは、
この映画に明るい解釈の可能性を広げている。



でも、本当だろうか。

北野監督は、いつだって、
専門の批評家には高い評価を得つつも、
興行的に成功しないこと=鑑賞者が少ないこと、
を独特のブラックユーモアと共に嘆いている。

真知寿が、さんざん駄目だしされながらも、
画商のアドバイスに正面から取り組み続けたのも、
彼の酷評だけが、
真知寿の絵の存在を確かなものにしてくれるからではないかと思う。



何かを表現し続けるためには、、
良き理解者は、必要条件ではあっても、
十分条件ではない。

たとえ酷い悪口であったとしても、
存在しないものとして扱われるよりはまし。

表現者が救われるためには、
表現された対象から、
何らかの世界の差異を感じてくれる人が、
絶対に必要だ。

「嫌い」
「気持ち悪い」
「意味わかんない」
そんな酷評でもいいから、
何かを感じて欲しい。

その表現の存在する世界と、
存在しない世界との間に、
何らかの差異があって欲しい、
そう、願っているのではないだろうか。

その差異が、否定的なものではなく、
何らかの意味で肯定的であれば、
さらに充たされるのだろうけれど。


*****


この映画を、誰に勧めればいいのかわからない。



表現者の生活って、
世間で思われているよりも、
気楽で華やかなものではない。

かといって、
世間で思われているよりも、
陰湿で苦しいわけでもない。



本気で表現しようとしている人と、
それを傍で支えている人に、
「苦労はあっても、ステキですね。」
って、心から思ってはいても、
なかなか口にするわけにはいかない。

安定した給与所得者の夫のおかげで、
のんびり主婦をやっていられる私には、
そんな言葉を口にする資格が無いと思う。

だから、そんなことを口にしそうな人には、
勧めたくない。



今まさに表現の現場にある人たちが、
この映画を見て、どう感じるのかもわからない。

励まされるのか、
先の無さを感じるのか、
ただ前に進もうと思うのか、
自分には無関係だと思うのか。

だから、頑張っている人にも、
勧めて良いのかわからない。



わからないけど、
でもやっぱり、
みんなに見てもらいたい。

公式ホームページは、かなり充実です。
http://www.office-kitano.co.jp/akiresu/

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日曜日、行ってきました。
2年ぶりのジャン=マルク・ルイサダのコンサート。

プログラムは、

ドヴォルザーク ピアノ五重奏曲 イ長調 Op.81

シューベルト  ピアノ・ソナタ第4番 イ短調 D.537
シューベルト  4つの即興曲 D.899より第4番 変イ長調
シューベルト  ピアノ五重奏曲 イ長調 D.667


モディリアーニ弦楽四重奏団とコントラバスのクリストフ・ディノと共に。




ドボルザーク ピアノ五重奏曲 イ長調 Op.81は、
ターリヒ四重奏団とルイサダの共演によるCDを持っているので、
かなり聞きなじみのあった曲。

CDでは聞きすごしていた、
チェロの柔らかい調べが印象的でした。


聴きながら、19歳から55歳くらいまでの、
女性の人生物語を思い描いていました。

全ての情熱をかけた初恋から、
昔を懐かしみつつも、地に足の着いた生活へ。
子どもと一緒に、かけすぎていく日常。
ようやくたどり着く、肩の力を抜いた、華やかさ。

家に帰ってから、ずっとCDを聴きなおしています。



アンコールに演奏された、
ショパン ピアノ協奏曲 第一番 ホ短調 Op.81の第2楽章。

キラキラが降ってきた気がして、
ふと、見上げたけれど、
そこにはもちろん、いつものシャンデリアがあるだけ。

幸せな幻想でした。

坊主頭

1月ほど前、
20年来の友人である
台湾人の友人からメールが届いた。

摘出した腫瘍に癌が見つかったらしい。

今は、科学治療中。




吐き気や、全身のがるさ、
副反応はいろいろ辛い。

中でも、
抜けていく髪の毛を見るのは、
わかっていてもやるせない、という。



彼女は、サクッと髪をそった。

もともと小柄で、顔も小さくて、
パッチリ二重で、頭の形もきれいに丸い。

写真を見たけれど、かなり可愛い。

本人は一休さんみたいだというけれど。



デミ・ムーアにナタリー・ポートマン。

きれいで強い女性は、
坊主頭がかえってチャーミングだったりする。




彼女は、赤ちゃんが大好きで、
レが生まれてから、3回も、
わざわざ台湾から会いにきてくれた。
(仕事の出張ついでではあるけれど)

レにとっては、身内も同然。

これからレが経験するはずの
七五三やら、成人式やら、結婚式やら、出産やら、
なんだって一緒に祝ってもらわねばならないのだ。



数少ない私の大切な大切な友人なのだから、
80歳のおばあちゃんになっても、
「あなたちっとも変わらないわねぇ〜。」
と、笑いあってくれなくてはならないのだ。



きれいで強い彼女は、
きっと大丈夫なのだ。

坊主頭にチャレンジするいい機会になったわ♪
と、きっと笑って話してくれるのだ。

憧れの女優のように。

児童館の視察?

人の悪口なので、
気分を害しそうな方は、
ご遠慮ください。
















毎週木曜日の午前中は、
近くの児童館に遊びにいく。

広いフローリングの部屋。

茣蓙を敷いたスペースで、
のんびりオモチャで遊ぶ母子。

フローリングを走り回る子。

いつも5〜10人の乳幼児が思い思いに過ごす。




そこに珍しく、グレーのスーツを着たおじさんが二人登場。

先月、張り替えたばかりのフローリングをチェックしに来た模様。

大切な大切な限りある市の予算を割いているのだから、
適正な出費かどうかを確認するのだと思う。

張替えは、スペースの半分だけしかされていない。

児童館の先生が、
残りも張り替えて欲しいと頼んでいるところだといっていた。





乳幼児や母親たちには目もくれず、
スーツのおじさんは二人で何やらしゃべってる。

さっきまでくつろいでいた母親たちの
おしゃべりのトーンが、幾分、低くなる。




2歳の男の子が「お父さん?」
と見上げながら話しかける。

彼にとって、スーツの男の人はお父さんなのだ。

二人組みは無反応。

相変わらず、二人の会話を続ける。




たまらず私は、男の子に語りかけた。
「こんにちは!っておじさんにちゃんとご挨拶してるね。」
「こんにちは!上手だね。」


そこでようやく、二人組みが
「こんにちは」と挨拶を返してきた。

乳幼児と母親に向かって、
「この床は、気持ちいいですか?」
と年かさのスーツ男が聞く。

私は、男の子の方を見ながら、
「床がきれいだと、走りやすくて気持ちいいね♪」
と語りかける。



二人組みは立ったまま、
「こういう交流スペースがあるのはいいでしょ。」
と自慢げにいう。

私は思わず、二人組みを見上げながら、
「ご自分のお子さんが小さいときに、
 一緒に子どもたちの遊び場に来たことがありますか?」
と、ちょっと苛立ちのある言葉で聞く。

年かさの男は、
「小学校が67校。
 でも児童館は17箇所。
 なかなか館を利用できる環境にはありません。」
と答える。




さらに、今日初めていらした2ヶ月の子の母を巡る会話。

彼女は何と5人目の出産。

年かさのおじさんが発したのは、
「お母さんは歯とかぼろぼろでしょ。」

彼女は、「元々歯は丈夫なので」
とステキな笑顔で答える。

さらにおじさん、
「それは良かった。
 でも、筋力なんかも落ちて、
 身体はくたくたでしょ。」

私は、思わず口を挟む。
「出産て、デトックスになるっていうぐらい、
 身体は、すっきりするわよね。」

この発言へのおじさんの返事。
「お母さんが長年溜め込んだ毒が、
 全部子どもに移るから、
 お母さんは毒が抜けるんだね。」

あり得ない発言だと思う。

出産がデトックスになるって言うのは、
代謝があがって、
ホルモンバランスが良くなって、
関節も柔らかくなって、
母体にもいい影響がある、ってこと。

母親の毒を赤ちゃんに押し付けるなんて、
とんでもない発言を、
可愛い子供と、母親の前でするなんて。






私は、二人組みに非常にイライラした。
分析するよりも前に、
この人たちが嫌いだと感じた。

何に不快を感じたのか、と改めて考えると、
結局、まともに挨拶も出来ないということなのだ。



既に人がいる空間に入ってくるなら、
「こんにちは。」って声をかけるか、
せめて目礼ぐらいはするもんだと思う。



そして、
子どもと会話をしたかったら、
まず、しゃがんで目線を合わせるべきなのだ!

母親たちだって、子どもと一緒に座り込むなり、
腰をかがめるなりしている。

話す相手と目線を合わせるのって、
人として、動物として当然でしょ。


さらに、
私の問いに答えていない。

児童館なんてなくたって、
子どもがお友達とどんな風に過ごしているのかを見る場所は、
それなりにある。

家族で休日に遊び場に行くのと、
日常の中で、お友達と関わるのは何かが違う。

日常のお友達の中のわが子を知っている父親は、
あまりにも少ないのではないかと思う。

子どもを見つめる母親同士の
コミュニケーションのあれこれも、
きっと知らないのだと思う。

子育ては、母親の仕事だと思っているタイプに違いない。




何はともあれ、
目線を合わせて話の出来ない人は嫌い。

その上、なんだか偉そうに話されると、
本当に嫌い。

そんな態度で、いくら話をしたって、
なんにもわかりっこないのだ。


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泣き虫姫
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