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北緯37度付近の中世城郭
北緯36度付近の中世城郭の姉妹ページです。
この城に到達するのには2時間もかかった。
まともに行けば精々10分もあれば行けるのであるが・・・。

こんな田舎の山の中で2時間、俺は汗だくで何をしていたのだろう?
だいたい、丘や山などにある城は高い場所にあるのが常識である。

その常識という潜在的な思い込み、先入観が思わぬ誤算を招くのだ。

この城、検索すれば「らんまる殿」以外に取り上げていない。
まあ、あの「らんまる殿」と管理人程度しか取上げていないということは、その程度の城ということである。

そのらんまる殿、管理人と同じチョンボをしていた。
それを知ったのは訪問後だった。

訪問前にそれを把握しておれば良かったはずではあるが、だいたい、ここに行こうとしたのは、近くを通り、地図を開いてみたら城のマークがあり、それが目にとまったからに過ぎない。

思いつきであるから予習もへったくれもない。
無計画の報いなのだが、それはいつものこと。
人生に、計画性などない!・・・って、開き直りか?

その誤算の要因、この城、一見、山城なのだが、尾根の末端のかなり低いところにあったのだ。
低地から見れば比高170mの場所にあるので立派な山城であるが、山側から見ればかなり山裾にあるので「穴城」である。

さらにこの近くには、猪を防ぐための鹿垣があちこちにある。
それも石で補強されている。
これが城の遺構に見えてしまい惑わされるのである。

まず、山城は高い場所という先入観から高い場所を狙うがあるはずの堀切はない!
ただし、尾根先端が平坦になっていた。
(実は、本物の城はこの場所の下にあった。平坦地は上の城であった可能性がある。)

ここを下れば大正解だったのだが、それが分かったのは後のこと。
登ったに引き返し、地図を再確認して進むと、途中に土塁のようなものがあり、それに迷わされ、先に行ってみる。

結局、尾根を1つ間違えていたわけであるが。
土塁や堀状の溝や石組みはある。でも行けども行けどもなにもない。
そのうち民家にでてしまう。
それで再度Uターン。既にこれまででロスタイム1時間半。
イメージ 1


そして、3度目の再チャレンジ。
このしつこさ、自分でも呆れるが、こうなると意地。
1時間半のロスタイムをリカバリーしないと元が取れん!
ただ、それが理由である。

道(いや、道などない。道の痕跡である。)を行くと途中に平坦地がある。
始めに行ってしまった尾根先端の平坦地の下に出た。
さらにその先の竹林を抜けると「あった。」堀切が見えた。

遺構?書くほどの価値はない。
主郭にいると「ゴー」と微小振動と音が。
そうこの下が長野新幹線のトンネルなのだ。

城の歴史は今一つ明確ではないが、この城の西側に千曲川方面に下る古道があり、その道を監視する城であるとともに、千曲川上流方面も監視したのであろう。
主郭部は狼煙を上げる場所だったと思われる。
その情報の伝達先はおそらく上田城であろう。
したがって真田氏が運用した城である可能性が大きいと思われる。

しかし、常識外のこんな訳の分らん城を造るのはさすが「真田」である。
昌幸親父のなせる技だろう。

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