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北緯37度付近の中世城郭
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これも最近確認された城です。HPでは初公開となります。

茨城県大子町、ここの一番の観光スポットが袋田の滝・・しかない。
二番が浮かばない。
渋い観光地だけど、なかなかのもの。
ここにも大陸、半島から観光客が大勢来る。
滝を見ながらのピーチクパーチクは騒音で閉口、
うるさいので最近は全然行っていない。

その袋田の滝の入口部、西側、国道118号線とJR水郡線、久慈川に挟まれた南北に長い独立した山がある。
山の南端部下で滝川が久慈川に合流する。東西が川に挟まれ、水堀の役目を果たすので要害堅固な山である。

この山の麓はもう何度も通っている。
その度、「この山には城があるんじゃないかなあ?」と思う。
でもついぞ登ったことはなかった。
イメージ 1

ところがこの山を歩いた人から「堀切らしいものがある。」との情報が。
そこで行ってみる。

情報どおり「あった!」。でも尾根に堀切1本のみ。
でもそれは本物だった。周囲は川と崖なのでそれで十分なのだろう。
南端部にあったので南の方向を監視する物見台のようである。

おそらく黄金郷大子の侵略を企てる佐竹氏を警戒する白河結城氏の城だろう。
天文年間(1540年ころ)のものだろうか。
何で堀切1本か?この山、北から攻められたら逃げ道がない。
そんな場所で戦うなんて冗談じゃない!
で、敵襲の一報をして、即、撤収という方針で造ったのだろう。
とは言え、北の方にバックアップ施設のような場所もあったけど。

しかしさあ、たかが堀切1本の城にこれだけのHPスペースを割いて・・・。
ではHP http://www7a.biglobe.ne.jp/~ao36/

にて

全然HPの更新ができない。
1城の記事を作るのに10日もかかる。

ネックは鳥瞰図だけど、ちょっと理由があって縄張図も付けている。
加えて文も書かなくてはならないし、記事の構成も考えなくてはならない。
こんな手間をかけていると在庫ばかり貯まってしまい・・
まあ、ぼやくのはここまでにして。

ネットを始め、世間に初公開になる城です。
まだ、こんなのが埋もれているんです。

茨城県北部は山間の地である。
それも余り人の手が入っていない場所も多い。
開発するメリットも少ないためだろう。
そのため、多くの山城がそっくりそのままの形で残っている。

一方で最近は人も減り、過疎化が進行している。城などの伝承を知っている老人も次第に「人間」を廃業するので伝承も途切れつつある。
それとは逆に山中を徘徊して城を探して来ちゃうような不審な人達、通称「ビョーニン」も増えている。

そのような者を増殖させ、マニアックな病的趣味を感染させた容疑者の一人が俺かもしれない。自覚はないけど・・。
名誉なことではあるが・・・

そのようなビョーニンの方々、色々な情報をもたらしてくれる。
もたらしてくれる情報、確認に行けば、多くの場合、「本物」なのだ。
一部は怪しい「シロシロ詐欺」物件もないことはないのだが・・。

すでにそんな物件、この冬場で10件は越える。
いずれも小さな物件が多いが、大小は問題ではない。
本物はやはり本物の価値があるのだ。
中にはけっこう立派なものもある。

何でこんな物件が知られていなかったのだろうか?と思うくらい。

ここで紹介する物件もその一つである。

場所は茨城県北部袋田の滝で有名な大子町。
戦国時代、ここは白河結城氏の領土だった。
金が採れる場所なので重要な地である。
重臣を町付城に置きここを支配していた。
金が採れるなら当然、それを狙う大名が出てくる。
佐竹氏である。
イメージ 1

この町付城を奪えば、ここを支配できる・・金も俺のもの。
と考えたか分からないが、町付城の真ん前、城内を覗ける山に城を築き威圧する。
ご丁寧に町付城からよく見える山の斜面部に帯曲輪を10状ほど築き、旗を林立させ嫌がらせをしたらしい・・。

近所を大音量で嫌がらせする迷惑ババアのニュース、どこかで聞いたことあるような?それとも地上げ屋の嫌がらせか?
それと重なる。

そんなスケベな魂胆丸出しの城に俺には見えた。・・・妄想である?
ここまで妄想すると半島人並みか?
いや、死んでもあいつらとは一緒にされたくはない!

・・全然違うかもしれない。
常識的にはこれは町付城防衛用の出城だろう。
さて、真実は如何に。何も語らない遺構だけが知っている。
ではHP  http://www7a.biglobe.ne.jp/~ao36/
http://yaminabe36.tuzigiri.com/ibaraki2019/daigo_matitukemukai.htm
 にて

林城見学会

2019年4月7日、茨城県鹿嶋市にある林城の見学会に補助者として参加した。

この林城は林外城と林中城からなり、ほぼ完全な形で残っており、地元の林城保存会が整備してくれている。

長らく放置状態で荒れ放題だったが、数年前にようやくその価値に気がついたという。
その要因はHPなどで紹介されたことがきっかけだったという。

こんなやくざ稼業をしている俺のことも会長さん以下、知っていてくれた。
イメージ 1


両城とも巨大な城なので藪払いも重労働であるが、藪が刈られた城の遺構はお尻からため息が連発するくらい素晴らしいものである。

⇒林外城の堀でうごめく見学者
以前、林外城は見学会が行われたそうであるが、林中城は私有地でもあったことから今回が初公開だそうである。

見学会は大々的に宣伝すると見学者が増え管理できなくなるため、地味に宣伝したそうである。それでも地元を中心に60名が来た。
この60名程度が見学会で管理できる限界だろう。
その見学会の案内を茨城城郭研究会メンバーが担当した。
イメージ 2桜が咲く、好天の下、杉花粉でくしゃみを連発しながら中世城郭を堪能。
こんな大勢が城内に侵入するのは廃城以降、ほとんどなかっただろう。
←かつてはド藪だった林中城の帯曲輪

いい年をした大勢の大人たちが興奮して中世城郭遺構の中を徘徊していた。

この城の価値を認識してもらっただろう。
最後は皆さんヘトヘト状態ではあったが。
イメージ 3

林中城は3年ぶりに来た。
かつては凄まじい藪だったが、3年ぶりに見たその場所は・・
「あれ?本当に同じ場所?」という変貌ぶりだった。

⇒堀底で解説するP氏

これでも藪を払ったのは半分、これから残りをやるそうである。
ともかく、林城保存会の皆さま、茨城城郭研究会メンバー、協力いただいた茨城大学の方々、ありがとうございました。

御礼と感謝を含め HP
に見学会の様子も追加してリバイス
では
HP  http://www7a.biglobe.ne.jp/~ao36/
http://yaminabe36.tuzigiri.com/ibaraki_kasima/hayasitojou.htm

山の尾根に城があることも多い。
これもその1つ、山中を徘徊する自称不審者M氏からの情報を基に新規に確認された物件である。

しかし、考えてみれば、こんな山中にノコノコ出かけるM氏も俺も「狂っている?」、いや半島人に比べたら俺たちは足元にも及ばない。

彼らなら遺構を捏造し、ないはずの城をでっちあげることも朝飯前、日常茶飯事である。
「ここは日帝からの独立の叛旗を挙げ烈士が立て籠もった聖地である。」とか?ってことになるのだろう。

俺にはそんな根性はない。というか羞恥心があってできない。
おっと、話が逸れた。

地図を見れば、その場所、麓から比高が200m弱ある。そんな比高を登るのは疲れる。
イメージ 1























できれば楽して行くのがベストである。
瞬間物移動装置かヘリコプターがあればいいのだが・・。
で、楽できるルートはないかと地図を確認する。

すると目的地の西側に道路があるではないか!
道路が尾根にかかる場所に車を置けば・・・という「スケベ」な発想をする。
このルートなら標高差10mのアップダウンを繰り返すだけで目的地に到達できそう・・・。しかし、現実は・・

地図に藪はないのだ。
道も載ってない訳である。かくしてまた冥界を彷徨う羽目となる。

ようやく到達した目的地、そこは藪一つないきれいな小さな神社の境内。
さらに尾根沿いに立派に整備された参道が麓に向かって下っている。

地元の氏子さん達が管理しているようだ。
この道を上がってくれば・・・。
それを見て思わずへたり込む。

まあ、世の中、現実はこんなもの。
これが人生の縮図なのだろう。
このようなチョンボを飽きもせず何度、繰り返しているのか?

そしてまた藪地獄の中を車まで戻ることになる。
途中、戻るルートが分からなくなり、野ばらとタラの木地獄にトラップされ往生極まることになる。

教訓、
「最短の道は必ずしも最短ではない。遠回りの道が一番楽な道の場合がある。」

でも、そんなことは承知のうえでこのミスをこれからも繰り返すのだろう。
「あの程度の篠竹・倒木地獄、俺にとっては草原を歩くようなものさ!」

では、日立市東河内町と常陸太田市西河内中町の境界にある「水瀬愛宕館」を
HP http://www7a.biglobe.ne.jp/~ao36/
http://yaminabe36.tuzigiri.com/ibaraki2019/hitati2019.htmにて

新元号予想

4月1日に新元号が発表される。
漢字2文字だと思うが、ズバリ当てるのはまず無理。

そこでどんな漢字が使われるか勝手に予想した。
平成のH、昭和のS、大正のT、明治のM、つまり「は行」「さ行」「た行」「ま行」の読みを持つ漢字はおそらく2文字のうち、上の字にはつかないだろう。

ただし、下の字に「は行」「さ行」「た行」「ま行」の読みの漢字が採用されるのはあり得る。
字画はできるだけ少ないことと縁起のいい意味を持つ漢字が使われるだろう。
って、ことで使われそうな漢字を予想してみた。

、宇、、英、、益、桜、温、、賀、久、花、、紀、君、恵、敬、光、、高、好、功、考、紗、沙、志、思、斉、晴、仙、泰、則、、長、天、哲、奈、任、、富、勉、芳、宝、豊、万、、有、裕、祐、洋、理、利、良、礼、・・。

赤字はいいんじゃないかな?と思った漢字。
これらから2字の組み合わせの中に選ばれるかな?
さて、単勝複式、当たるか?1字でも当てたらラッキー!

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