ザ・タイガース 昭和の郷愁タイムトンネル

昭和ブラウン管グラフィティ満載。 保守本流による言いたい放題。道理主義の正論毒舌ご注意。

皇 室

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 拙ブログには日本国を貶めんとする国賊どもの立ち入るを許さず。
 日本人の恥晒しでしかないネトウヨ狂犬病や酔っ払いどもは、家の外の電柱でも相手に気が済むまでブツブツ呟いてればよい。それで喋り疲れたらトラ箱にどうぞ。
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秋篠宮の苦悩

皇室とて自由恋愛がいいに決まっている。
そんなことは誰だって解かる。
できることならば娘の思いを叶えてやりたいのが親心というもの。
さりとて一般の国民と同じわけにいかない。
国民の理解を得られないのでは認めるわけにいかない。
どんな教育してきたのだというお叱りを受ける。
〈皇室廃止論〉に飛躍しかねない危険性も孕む。
そこのところを言外に繰り返し伝えているのに
小室さんは私たちの苦悩を理解できていないようだ・・・
とても困ったことだ。という葛藤が殿下から感じとれる。



秋篠宮と親交の深いジャーナリストが苦言
「小室圭さんはいつまで眞子さまを振り回すつもりなのか」 - 江森 敬治

https://blogos.com/article/372952/

「結婚したい気持ちあるなら相応の対応を」
小室圭さんに“異例の苦言”…秋篠宮さまが父として強く願うこと

https://www.fnn.jp/posts/00394840HDK

立ちはだかる「小室家問題」 
女性宮家創設の検討は“結論ありき”に - 朝霞 保人

https://blogos.com/article/375329/



小室圭さんというのは勘違いされてるのかな。
自由恋愛や結婚する権利を当て填めてないか?
 (いまボクはアルバイトだから婚約が許されないのだ、ならば国際弁護士の資格が得られればいいのだ、意地でも資格を取得してみせるぞ)なんていうふうに勘違いして意固地になってない?

 いまの動きみていると、プリンセスの婚約者ということを最大にアピールすることでちゃっかり学費免除を狙ってるかも。そういうことをすれば余計に胡散臭いやつと見做される。コネや裏口入学と同列のズルい奴だと見做される。敵が増えるだけだというのがわからないのだろうか。

 だから学費免除されようと司法試験に合格しようと、なんら評価に値しないし(そういう気遣いのできない人物なのか)(そんなに空気が読めないのか)と否定評価を招くだけと思われます。
 いまの時点では(私は相応しくない)と婚約を固辞するが正しい。
(いいじゃないか、いじらしいじゃないか、眞子さまの婚約者でいいのではないか)と世間が認めるようになるまで五年でも十年でも待つべし。




 先ずは四の五の言わず、黙って全額返済すること。
それから渡米留学が筋というもの。
 肝心なことを放っておいて秋篠宮の苦悩にも向き合わず、さっさと渡米留学しているようでは話にならない。
許されるものなら眞子さまの思い叶えてあげたいけれど、いまの相手の不適切な状況では無理というもの。
 ここは一旦「婚約辞退します」と申されてはどうかな。
 広く世間に認めていただけるまでは辛抱自粛すべし。

 #眞子さま婚約問題 #小室圭

空気が読めないのは元華族の池坊といい勝負だよ。

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 この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が一日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。
 ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは、昭和34年、昭和天皇の名代として、伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。

 今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近づいてきています。
 私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います。

 第2次世界大戦後の国際社会は、東西の冷戦構造の下にありましたが、平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉(しゅうえん)を迎え、これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。

 しかしその後の世界の動きは、必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し、また、テロにより多くの犠牲者が生まれ、さらには、多数の難民が苦難の日々を送っていることに、心が痛みます。

 以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。終戦を11歳で迎え、昭和27年、18歳の時に成年式、次いで立太子礼を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を遂げ、次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年、英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠(たいかん)式に参列し、その前後、半年余りにわたり諸外国を訪問しました。

 それから65年の歳月が流れ、国民皆の努力によって、我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め、平和と繁栄を築いてきました。昭和28年に奄美群島の復帰が、昭和43年に小笠原諸島の復帰が、そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。

 そうした中で平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています。

 そして、戦後60年にサイパン島を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。

 次に心に残るのは災害のことです。平成3年の雲仙・普賢岳の噴火、平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり、平成7年の阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり、多くの人命が失われ、数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。ただ、その中で、人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ、防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また、災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には、いつも心を打たれています。

 障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも、私どもの大切な務めと思い、過ごしてきました。障害者のスポーツは、ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが、それを越えて、障害者自身がスポーツを楽しみ、さらに、それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。
 パラリンピックを始め、国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を、皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

 今年、我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら、各国を訪れた際には、できる限り会う機会を持ってきました。
 そして近年、多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ、各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また、外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め、各国との親善友好関係が進むことを願っています。

 明年4月に結婚60年を迎えます。
 結婚以来、皇后は、常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました。また、昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし、愛情深く3人の子供を育てました。振り返れば、私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく、現在の皇后と出会い、深い信頼の下、同伴を求め、爾来(じらい)この伴侶と共に、これまでの旅を続けてきました。
 天皇としての旅を終えようとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労(ねぎら)いたく思います。
 そして、来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります。
 多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。新しい時代において、天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており、皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。

 今年もあと僅(わず)かとなりました。国民の皆が良い年となるよう願っています。



今日5月1日(火)
東京新聞の主張
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戦後七十年の節目を迎えた二〇一五年八月十五日。
天皇陛下は政府主催の全国戦没者追悼式のお言葉で「さきの大戦に対する深い反省」に言及された。

陛下は翌年以降の追悼式でも、「深い反省」と繰り返した。

歴史観だけでなく憲法観も含めて首相の安倍晋三とのスタンスの対比が指摘され、ネット上には陛下を「反日」「自虐史観」と批判する書き込みがみられるようになった。

こうした極端な意見だけでなく、伝統的に皇室を崇敬してきた保守派の中には、陛下の言動を批判的に捉える傾向が広がっている。

保守派の論客、麗沢大学教授(憲法)の八木秀次合もはその一人。
「どう読んでも護憲と取れ、歴史認識に触れる発言を陛下がする。
心の内が表明され、ときとして政治的発言と取られかねないようなものになってきている」と指摘し、疑問を呈する。

「政治的発言になれば、賛成の人も反対の人もいるわけで、国民が対立し抗争する関係になる。それは憲法が求める国民統合の象徴と
しての機能から大きく外れかねず、制度の存続を考えたとき、どうなのか」

他方、皇室と距離を置いていたはずのリベラル派の中に、陛下への支持が広がる。

神戸女学院大学名誉教授(フランス現代思想)の内田樹(六七)は、かつて天皇制は「立憲デモクラシーとは矛盾し、氷炭相いれざるもの」と思っていた。

「若い頃、もし聞かれたら廃止した方がいいと答えただろう」とふり返る。
しかし近年、こうした矛盾を受け入れてきた論壇の戦中派が世を去り、原理主義的な保守傾向が強まっていくことに危機感を覚えるようになった。

退位の意向をにじませたビデオメッセージを聞き、「陛下自身がその矛盾と葛藤を生きてきた。この提案を支持すると、はっきり言わなきゃいけないと思った」という。

保守派の批判について「高みに祭り上げて一切何もさせないようにしている」と切り捨てる。
天皇を巡る保守派とリベラル派の奇妙なねじれ。
陛下のそばに仕えた前侍従長の川島裕(七五)は「陛下はご自分の言動で国が割れるような状況は望んでいないし、これまで一貫して自分の信じることを続け、述べてきた」と話し、ねじれの一原因を社会の側の移ろいと見る。

退位の意向が明るみに出る少し前の二〇一六年三月三十日、陛下の学習院初等科時代の同窓会が開かれた。
学友の明石元紹(八四)によれば、気心の知れた仲間との会合は和やかに進み、参加者の一人が「陛下は絶対平和主義者みたいな人た
ちと同じお気持ちなのでしょうね」との問いを投げた。

すると陛下は「違うよ」と応えたという。
明石は「イデオロギー、とは言わなかったけれど」と言いながら、陛下の言葉を記憶の中から手繰り出す。

「そういった立場に左右されるんじゃなくて、その時点、時点で国民が安全で幸せであれば、それに越したことはないんで、それだけを願っているんだよ」


そのような中、改憲を国民投票に掛けるという議論そのものが拙速すぎると思う。と思うのは私だけ?
明治150年。
天皇を利用した明治政府は「統帥権」という名の軍部独走を許してきた日本。
また同じ繰り返しで亡国を目指すのか!

転載元転載元: country-gentleman

改憲阻止のシナリオ

これは私の希望である。こうなることを切に祈る。
改憲阻止のシナリオ

明年
1月には今上陛下はご退位される。
天皇でなくなれば憲法に束縛されず自由に発言できる。
小沢一郎なら前陛下に自由な発言を促す。

ご退位された前陛下は全国民に思いを伝える。
私(前天皇明仁)は憲法改正は望まない。
国民の皆さまと共に現憲法の護持を強く希望する。



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私たちの日本国憲法は決して
連合国から押し付けられた屈辱の憲法ではない。

万国に先駆けた平和憲法として誇る」と。
これで国民の大勢意見まとまる。

国会議員は与野党を問わず、思想の右左を問わず、
厳粛に受け止めざるを得ない。
前陛下が明確に反対を表明し、前皇后さまと共に新陛下が同意する。
それを世界各国が賞賛するなか
それでも改憲を主張する国賊ども果たして幾人残る?
危険な極右思想の基地外どもを除いて。
ここに安倍晋三と日本会議の野望は挫折する。


国際社会における日本の地盤沈下は停まる。
天皇家・皇室に逆らって何が日本会議だ。
なにも解体しろとはいわない。
ただ、憲法護持を掲げて
平和を祈念する団体に生まれ変わることを望む。



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 一日も早く両陛下が安心なさる世に戻したい。
 それには平和を脅かす極右団体をどもの壊滅を、市井の国民の晴れやかな日の到来を祈る。
真(まこと)の保守なれば異論の余地あるまい。


 陛下の読まれた全文。

 戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。
 私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。
 そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。
 私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。
 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが胸に去来することもあります。
 始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
 国民の理解を得られることを、切に願っています。


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