鳥取の城

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

米子城

島根と鳥取の県境にある米子城です。
 
戦国屈指の山城です。
 
城主も、山名、尼子、毛利(吉川)、中村、池田などめまぐるしく変わりました。
 
本丸からの大山は、とても美しいです。
大山では、昔、よくスキーしました。
 
城下の中海には、白鳥もやってきていました。
 
白鳥はやっぱでかいですね。
 
イメージ 1
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
イメージ 5
 
イメージ 6
久しぶりに里帰りして、
鳥取の大山にドライブした、
大山寺付近は霧の中で、大山おこわと大山そばを
食べて早々に撤退した。
 
大山の登り口の米子市尾高に戦国期の城跡がある
時間があったので立ち寄ってみた
 
米子に城が移るまではここが出雲と因幡の境で
軍事上の重要拠点だった。
 
尼子氏、毛利氏との争いの舞台として有名である。
イメージ 1
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
イメージ 5
 
イメージ 6
 
イメージ 7

鹿野城の天守台あと ケータイ投稿記事

イメージ 1

亀井氏が関ヶ原の合戦以前まで居城とした場所です。
以後は合戦の戦功で津和野に増封されました。その際、尼子旧臣の多くが同行したといわれています。

鳥取城

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 鳥取城は、戦国中期の毛利氏と織田氏の激戦地です。
そのころ、城代として入っていた石見の吉川氏が秀吉公の兵量攻めで
落城して切腹しています。
 そのころの秀吉公は、毛利氏とあとで手を組むことになるとは
まったく思っていなかったため、鳥取や美作の上月城の戦いでは
たいへん残虐な行為を行ったようです。
(秀吉公の戦史のなかで一番残虐な行為をした時期だと思います)
 現在残っている鳥取城の石垣は、関が原以後の池田氏による築城跡が
ほとんどで、たいへん大規模な石垣あとが整備されています。
(今現在も石垣の復旧工事が続行されています)
写真は仁風閣ごしに鳥取城の石垣とその上の本丸がある山を写しています。
なお、仁風閣は入館料150円で戦国時代から明治の池田氏(華族)に
いたる歴史資料がたくさん展示されておりたいへん良かったです。
建物のなかもすばらしいです。みなさんも是非いってみてください。

イメージ 1

イメージ 2

桜の花満開の人のごったがえす打吹山公園、公園一面に咲き誇った桜と
沢山の屋台からおいしそうな、ジャンクフードの香りがたちこめている。
その中を、あきらかに他の大勢の人々とまったく異なった目的で、ここに
きた私...これだけの人がいるのにここが昔、南条氏と尼子氏の壮絶な
戦いがあったことなど知っている人はほとんどいないだろう。
などと感慨にひったって、早速登山開始!
これだけ、人がいるのに打吹山の頂上(本丸)まで登る人は、ほとんど
いません。本丸で見かけたひとは数人です。
本丸は、松の木が茂っていてあまり眺望を望むことができませんでしたが、
登山途中の道の脇に模擬天主がありそこからだと倉吉の町が一望できます。
写真は、2枚しかとってませんすいません!またバッテリー切れです...
写真説明
本丸の一つ下のくるわの立て札です。なお本丸には石碑がたって
ましたが、バッテリー切れで写真はとれてないです。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
古城めぐり
古城めぐり
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事