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今回は、御陵衛士屯所址です。
御陵衛士(ごりょうえじ)は、孝明天皇の陵(後月輪東山陵)を守るための組織。高台寺塔頭の月真院を屯所としたため、高台寺党とも言う。
1867年(慶応3年)3月10日に伊東甲子太郎が思想の違いから新選組を離脱、志し同じ者を新選組から引き抜いて結成した。
一応の離脱理由は、泉湧寺塔中戒光寺の長老 湛然の仲介によって孝明天皇の御陵守護の任を拝命した事と、それに伴い薩摩、長州の動向を探るという事であった。
最初は五条橋東詰の長円寺に屯所を構えた。
なお、伊東甲子太郎の墓所は、泉湧寺塔頭の戒光寺にある。戒光寺墓地には御陵衛士伊東甲子太郎以下4名の墓があります。
御陵衛士は戒光寺堪然長老の肝煎りによって組織され、新選組参謀伊東甲子太郎以下15名が脱退参加しましたが、同年11月新選組の威信のために襲われ伊東以下4名が暗殺され、壬生寺に葬られましたが、明治元年に戒光寺に改葬されました。
戒光寺の関連ページ http://blogs.yahoo.co.jp/xz6y_tnk/11367954.html
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はじめまして
「長円寺」検索から来ました
長円寺は同じものじゃないかもしれませんが
これも何かのご縁と思いコメさせていただきました
トラックバックさせていただきます
2009/11/3(火) 午後 8:43