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●26・満州の名刹と風光・・満州霊廟建設記念・・絵葉書・・

満州事変により満州全土を制圧した日本帝国陸軍(関東軍)は、1932年(昭和7年)3月に清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀を担ぎ「満州帝国」を建国した。

その翌年、1933年に発起人・西岡大元氏によって満州霊廟建設が提起され、日本軍部及び満州国政府の協力のもと、奉天市(瀋陽)皇姑区岐山中路11号に於いて着工され、1938年(昭和13年)竣工したものです。

絵葉書の販売による、国内での協賛金を集めたものでしょう。

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満州霊廟・・ 『執政府内廷局 為』(霊廟建設用地発給承諾書?)
        西岡大元上人に対して発行された内容と成っている。
・       大同2年11月17日(大同は満州建国時年号)は1933年


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                                                                 [チチハル]
                               |
[承徳]--[錦州]--[奉天(瀋陽)]--[新京(長春)]---[哈爾濱]--[佳木斯]
                   [遼陽]--[鉄嶺]                 |
             [山海関]    [鞍山]--[撫順]-------------[吉林]------------[牡丹江]
                       |
                 [金州]   [安東(丹東)]

              [旅順]-[大連]

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   満州霊廟建設記念 第壱集 (満州霊廟奉賛会発行)  包装紙
 
 【 満州霊廟奉賛会 】
名誉会長 前国務総理大臣   鄭孝将(鄭孝胥・ていこうしょ)
会長 国務総理大臣      張景恵
副会長 陸軍中将       楠山又助
理事長 日本駐在大使     謝介石
理事 陸軍中将       小磯国昭
理事 海軍中将        小林省三郎
常任理事 建立発起人     西岡大元
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  前国務総理大臣  鄭孝将       陸軍中将  楠山又助       


国務総理大臣 張景恵

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      日本駐在大使  謝介石   陸軍中将 小磯国昭    建立発起人 西岡大元

若し満州方面で戦病死、或いは殉難せられました御縁故の方が御座いましたら、御手数ながら左記へご法名又は俗名、死亡年月日、年齢等適当に御記入下さいませ。
霊廟で朝夕ご供養させて戴きます。
 
大阪市天王寺区勝山通り2丁目38番地  満州霊廟絵葉書頒布会
大阪市天王寺区東平野町3丁目34番地  満州霊廟 総務部


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満州霊廟・・     日光殿」及び日本僧堂の一部

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満州霊廟・・ 東大門より工事場を望む(上記日光殿」の後ろ側と思える)

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    現在は・・遼寧省公安庁老幹部活動中心(センター)らしい
・         上記「日光殿」と棟瓦を含めて同じ建造物です・・

【参照】加藤正宏の瀋陽史跡探訪(皇姑区岐山中路11号の『満州霊廟』)http://www.geocities.jp/mmkato75/reibyouya.html

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満州霊廟・・      東大門より工事場を望む

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満州霊廟・・  西北方土木工事場より日光殿日本僧堂を望む

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満州霊廟・・      日本僧堂用 満州瓦製作所にて・・

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満州霊廟・・      日本僧堂用 琉璃瓦製作所にて・・

卍 修行尼、浄蓮師より「満州霊廟」及び「西岡大元上人」について、下記教えを乞うことが出来ました。              浄蓮師のブログ→http://blogs.yahoo.co.jp/mphfp651/39649638.html 

「近代日蓮宗年表」(日蓮宗宗務院発行)「満州霊廟」の記載
昭和9年9月9日 ・・満洲霊廟地鎮式を修す。
昭和13年12月25日 ・・開教師西岡大元 日満殉国霊追悼のため奉天に日光寺を建立す。

「新編日蓮宗年表」影山尭雄他編 日蓮宗宗務院・日蓮宗新聞社発行
昭和13年10月24日・・ 身延山は奉天の満洲霊廟(日満蒙三国英霊合祀所)日光殿日本僧堂の本尊として身延釈迦堂安置の釈尊像と七面山の鏡を奉じて法要を営み、これを満州に送る。
昭和13年12月25日・・ 奉天の西岡大元は、満洲霊廟と日本僧堂との落成式を挙ぐ。
唱題修行

私どもの唱題修行の信行会の会名は「地涌題目奉唱道場」、略して「涌唱会」と言います。
目的は宗綱に記されている通り、釈尊の御教えに従い、本化上行日蓮大菩薩の御心に沿うお題目をお唱えすることです。
大聖人の御遺文に「日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか・・・云々」とあります。
その地涌の菩薩の流類として、大聖人同意のお題目に一歩でも近づく為に唱題修行を致し、心を磨くことです。

会祖は西岡 大元上人「覺證院日龍聖人」と申します。宗門に残る記録として平成元年の「新編日蓮宗年表」に

一、昭和十三年十月二十四日身延山は奉天の満州霊廟(日、満、蒙三国殉国英霊合祀所)の日光殿、日本僧堂の本尊として身延釈迦堂安置の釈尊像と七面山の御鏡を奉じて法要を営み、ついでこれを満州に送る。

二、昭和十三年十二月二十五日、西岡 大元は満州霊廟の日光殿と日本僧堂の落成式を挙ぐ。 と掲載されています。

また、昭和三十一年の「妙法誌」によれば、
当時、大元上人は愛国の志士であり、少年時代は軍人を志して幼年学校に行き、士官となられました。
「満、蒙独立運動」に参加され、在郷軍人の育成に努められました。
ある日、自然に腹の底から涌き上がってくるものがありました。
やがてそれは「ナーナー」と口をついで言いだし、一日中「ナーナー」と言い続けました。
翌日、「ムームー」と言い出して、抑えようとしても抑えられず言い出してしまうのです。
やがて、一週間が過ぎると、一音の「南無妙法蓮華経」を唱え出されたのです。

その頃は信仰に入っていなかった上人は、何のことか解らず、不思議に思って日蓮宗の門を叩き、仏道に入って修行を志されたのです。
と書かれています。

上人は潮師法縁の瑞輪寺に於いて得度なされました。
時に、私の師である渡辺練定上人の弟弟子となったのです。

満州事変当時、上人は宣撫工作をなされており、先ほどの宗門誌に掲載された霊廟で、満蒙人に布教なされたと伺っています。

大東亜戦争の終戦後、幾多の困難を乗り越え、帰国されました。霊廟で育てられた弟子達も、それぞれが帰国でき、故郷に帰りました。

大元上人は埼玉県滑川町月輪という所に「月の輪草庵」を建てられ、そこに落ち着かれました。
現在は御廟所となっています。
当時の御上人方はすでに遷化されておりますが、法脈図に示します。

西岡大元上人遷化の後、八代上人・西岡上人・青山上人は兄弟子の渡辺練定上人の弟子となり、寺院住職となりました。

以上はhttp://blogs.yahoo.co.jp/mphfp651/25925033.htmlより


満州国の名刹と風光・・↓  ↓


●1・満州国・・一般風俗・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31798775.html 

●2・満州国・・一般風俗・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31820434.html 

3・満州国・・一般風俗③・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31841151.html

4・満州国・・一般風俗④・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31865374.html

5・満州国・・一般風俗⑤・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31881377.html

6・満州国・・一般風俗⑥・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31898162.html

7・満州の名刹と風光・・奉天(瀋陽)の北陵ほか・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31919516.html

8・満州の名刹と風光・・奉天(瀋陽)の東陵と喇嘛(ラマ)寺・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31936523.html

9・満州の名刹と風光・・奉天城(瀋陽)と市街・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31956783.html

10・満州の名刹と風光・・首都新京(長春)と市街・・  https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31974071.html 

11・満州の名刹と風光・・新京(長春)の市街・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/31993622.html

12・満州の名刹と風光・・ハルピン(哈爾濱)の市街・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32009354.html

13・満州の名刹と風光・・ハルピン(哈爾濱)の町と松花江・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32031681.html

14・満州の名刹と風光・・チチハル(斉斉哈爾)の市街・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32049763.html

●15・満州の名刹と風光・・佳木斯(ジャムス)と牡丹江の市街・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32068554.html 

16・満州の名刹と風光・・吉林の市街と満州幼児の寸描・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32085306.html

17・満州の名刹と風光・・石炭産出地、撫順・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32103030.html 

18・満州の名刹と風光・・鉄嶺と安東(丹東)・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32120285.html 

19・満州の名刹と風光・・遼陽と鞍山・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32137814.html 

20・満州の名刹と風光・・錦州と山海関・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32153319.html 

21・満州の名刹と風光・・承徳の夏の離宮・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32170334.html 

22・満州の名刹と風光・・承徳の喇嘛(ラマ)寺院・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32194577.html    

23・満州の名刹と風光・・金州周辺・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32207513.html 

24・満州の名刹と風光・・大連市街・・  https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32219407.html 

25・満州の名刹と風光・・大連と旅順・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/32243045.html 

26・満州の名刹と風光・・満州霊廟建設記念・・ https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/34464614.html 



この記事に

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    貴重な記録に写真等を使っていただき、有難うございます。
    渡辺練定上人が常々、「物事に偶然という事は無い。皆必然である。ただそれが解らないだけだ。」と仰っていたのを、この年になって実感致しました。

    浄蓮

    2015/1/21(水) 午後 6:25

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    浄蓮様、こんばんは・・
    西岡大元上人が満州で建設された「満州霊廟」も、この絵葉書が無ければ「満州瓦を使用した満蒙型寺院」として伝えられたことでしょう。
    日光殿の前の僧侶の中央に、西岡上人が立っておられる事と思います。

    恐らく日本で設計され、日本の宮大工が資材は現地調達で建設に従事したのでしょう。
    日本僧堂の建築様式は、正に日本建築様式ですね。

    [ 泰弘さん ]

    2015/1/21(水) 午後 9:58

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    貴重な記事を拝読、御存知とは想いながらも下記参考まで付記します。
    なお、建国忠霊廟の祭祀は日本でも継承されておられるのか、気になるところであります。
    山口県の中山神社では愛親覚羅氏の御霊が祀られておられます例も、及ばずながら併せて紹介申し上げます。
    建国忠霊廟
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E5%9B%BD%E5%BF%A0%E9%9C%8A%E5%BB%9F
    建国神廟
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%BA%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E5%BB%9F
    「満洲国」建国忠霊廟と建国神廟の建築について 両廟の造営決定から竣工にいたる経過とその様相
    http://www.himoji.jp/jp/publication/pdf/seika/701/02-071-087.pdf
    中山神社 愛親覚羅社
    http://www.oidemase.or.jp/tourism-information/spots/15927

    [ gok*qu*ooni ]

    2015/1/22(木) 午後 0:43

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    gok*qu*ooniさん、ご親切に情報を有難うございました。

    私もこの絵葉書を、最初見たときには場所の明示が無く
    首都の新京か?又は奉天か?の判断に苦慮しておりました。
    然し下記の加藤様のブログの写真や、建設発起人・西岡大元上人を調査しましたところ、「満州霊廟」は【奉天市】に建設されたことが判明しました。

    西岡大元上人は戦後帰国され、埼玉県滑川町月輪に住居され、ご廟所が同所に在るそうです。(身延山系)

    加藤正宏の瀋陽(奉天)史跡探訪
    http://www.geocities.jp/mmkato75/reibyouya.html

    長春(新京)に残る日本に関わりのあった宗教建造物
    http://www.geocities.jp/mmkato75/changchun7.html

    [ 泰弘さん ]

    2015/1/22(木) 午後 5:39

    返信する

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