斬り捨て御免

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偽りの絆

2年前の東日本大震災以降、人と人との繋がり(それを「絆」と呼ぶこともある)が見直されるようになってきたという話をよく見聞きするようになった。
 
それに伴い、家族の絆とか恋人同士の絆とかを前面に押し出すような話なども増えたような気がする。
 
しかし、現実はどうだろうか?
 
相も変わらず家庭内等でのドメスティック・バイオレンス(DV)は多いらしいし、親から子供への虐待だって後を絶たない。
 
結婚の件数が増加したと言ってるが、実際のところは離婚の件数の方が多いなんていう話も聞く。
 
10代の学生たちの間での陰湿ないじめだって、自分たちの頃と比べて遥かに悪質なものになってる。
 
 
こんな状況で、絆がどうのこうの言ってるのは、甚だ筋違いではないだろうかと思ってしまう。
 
自分の中では、世間一般で取り沙汰される絆というものが、単なるハリボテのモノであるようにしか見えないのである。
だからこそ、これ見よがしに人の絆などを美談として取り上げて、あれやこれやと盛り上げようとする動きが、いかにも嘘臭くて鼻についてしまうのだ。
 
 
ハッキリ言って、人の絆とか家族の繋がりなんていうものは、人に促されて感じ取るものに非ず。
当の本人が、そういったものを身近に感じた時こそが正しく絆なのではないだろうかと思ってしまう。
 
別に、マスコミや、いろんな論評などに振り回される必要なんて全くない。
むしろ、東日本大震災以降の様々な報道等に流されてしまった人々の先々が不安だ。
 
なんか、いいようにそっちの方向に仕向けられた感が満載で、数年経って落ち着いた頃に「なんでこんな風になったんだろう?」と思う人が多数出てくるのでは?などという下衆な勘繰りをしてしまう。
 
 
まあ、全ては個人の自由だから、これ以上あれこれ言うのは止めておくことにしよう。
所詮は、ひねくれ者の戯言に過ぎないんでね。
 
以前にも、昔のサントリー「BOSS」のCMで矢沢永吉氏が言った
「今どきの若い者も何ですが、
今どきの古い者もどうかと思いますね」
というセリフに関してあれやこれやと話したと思う。
 
それを今改めて思う。
 
やはり、今どきの古い者には面倒くさい人間が多くて困る。
自分の身内においてもそうだし、職場においてもそう。
対外的に見て、世間一般的にも同様だ。
 
とにかく今どきの古い者には、マナーのなっていない人間や、礼儀を知らない人間、自分勝手な人間、下品な人間などがやたらと多いような気がしてならず、見かける度に苛立ちを覚えてしまうのだ。
 
 
それらをひっくるめて一言でいうなら、やっぱりこの言葉だろうか。
「まさに、下衆の極み」
 
以前にも似たような話をしたかもしれないが、またこの場を借りて斬らせてもらう。
 
先日、とある週間の漫画雑誌を購入した。
目的は中の漫画ではなく、その時の巻頭グラビアだった。
 
ただ、それだけではさすがに勿体なさ過ぎるので、中の漫画も少し読んでみた。
それらの中には、自分も知っている作品もあったりするので、久々にどんな話になっているのか興味を持って読んだ作品もあった。
 
しかし、そんな中で1作品、とんでもないことになっている作品があった。
その作品は、かなりの人気を誇るもので、一時期アニメも放送されていた漫画である。
念のため作品名を挙げるのは封印しておくが、もしかすると、その作品の正体を見破る人もいらっしゃるかもしれない。
 
その作品の状況とは、こうだ。
 
その雑誌に限らず、一般的な漫画というのは、4コマ漫画などの特別なものを除けば、大抵が1話につき約20ページくらいで構成されていることが多い(はずである)。
しかし、その作品は、4コマ漫画でもないのに、1話あたり10ページ程度で構成されている
つまり、標準的な作品の半分の量だ。
 
それでも、その中にたっぷりと話が詰まっているなら良い。
しかし、その作品は、たかだか10ページの量にも関わらず、その半分以上は擬音で埋め尽くされている。
しかも、途中に盛り込まれる登場人物のセリフも少ない
 
自分は、その作品を読み終わった後、思わず「雑誌の後ろの方に後編が続いているのか?」と思いつつ最後の最後までページをめくり続けてしまった。
でも、後編は存在せず、たったの10ページ程度で終了。
先にも書いたが、セリフも少なく、1話の半分以上を擬音で埋め尽くされた、ほとんど中身の無い内容にただ唖然としてしまった。
 
そういう作品構成になっているのは、理由があるのかもしれない。
たとえば
「作者が病気がちのため、毎週10ページ程度しか描き切ることが出来ない:
とか、
「人気作品のため、出版元が売り上げを伸ばすために、1話あたりを短いものにして長期連載にするようにした」
など、いろんな理由が考えられるが、
少なくとも自分がたまたま読んだ回の内容からすれば、その内容は完全に読者をバカにしているようにしか見えなかった。
 
人気作品において、そんなことを平然とやってのけているという現状が実に情けないと思った出来事だった。
 
先日、自分がやっている「mixi」において、とあるマイミクの方がこう呟いた。
「AKBの選挙で大騒ぎする奴らは、ホンモノの選挙(国政・地方選挙)に行け!」と。
 
実にもっともな意見だと思う。
 
こう言っては何だが、どんなに騒ごうと、AKBの人気は永久に続くものではない。
ファンの方々には手厳しい言い方とは思うが、どんなに頑張っても向こう3〜5年ぐらいが精一杯だと思う。
実際にファンであり続けるにしても、今のスタイルをこの先ずっと続けられるか?と聞かれたら、「NO」と答える人も多いことと思う。
何故なら、今のAKB商法を続けたら、ファンの大半が経済力の意味で限界を迎えるからだ。
 
だから、大枚をはたいてまでアイドルの選挙に真剣に、熱狂的になるくらいなら、この国があり続ける限り避けて通れない国政選挙・地方選挙にこそ真剣になるべきだろう。
 
勝手な推測だが、それらの中には、いわゆる「無党派層」も多々いることと思われる。
そんな無党派層の人々が政治について真剣に考え、選挙に行くようになれば、最近のような投票率の低迷は改善されるのではないだろうか?
ただ、そういう方向に向かうようにするには、どうしても政治に携わる人々が現状を思い切り打破するだけの気概を持たなければならない。
その気概がないからこそ、政治離れや無党派層の増加が進んでいるのだから。
 
まあ、個人的な希望としては、たとえ不甲斐なくても国や地方の政治に対し、無党派層がもっと興味関心をもってくれれば良いのだが・・・
 
 
そんなことに思いを馳せつつも、7月21日の参議院選挙の投票日は間近に迫っている・・・
 

自虐のキャッチコピー

人にはそれぞれキャッチコピーというものがあると思う。
 
特に有名人などは、そのキャッチコピーで呼ばれることなどもあったりする。
 
アントニオ猪木の「燃える闘魂」
長嶋茂雄の「ミスタージャイアンツ」
などはその代表的なものである。
 
 
ちなみに自分も事あるごとに、調子に乗って勝手に自分自身にキャッチコピーをつけて言ったりすることがある。
 
身長165cm、体重92kgの体型から「チビ戦車(タンク)」
とか
やたらと電車の乗り換え等に詳しいから「Mr.ナビタイム」
なんていうのがその代表だ。
 
しかし、自分に相応しいキャッチコピーを最近発見した。
 
それは、若い頃からをひっくるめて、見てはいけない現場を目撃したり、こんなことありえねえ!っていう事態に遭遇したりする確率が高いことに起因する。
その状況をして自分は自分自身を「持ってない男」と言ってきた。
 
これを新たに表現方法を変えたのが、自分に相応しい新たなるキャッチコピーである。
そのキャッチコピーとは
 
 
「Mr.モッテナイ」(泣)
 
あっ、これだと「モテナイ」に見えるね。
まあ、いいか。
自分、モテナイ男なんだし。(泣)
 

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