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李平宿場跡に再び

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   10月初めに訪れた 100選の中にありました李平宿場跡(すももだいら)
 きのうは再び行ってきました。
 
 時おり小雨がぱらつくお天気でしたが
 400年前の宿場を感じるにはふさわいい日でした。
 
 100選のために訪れたときと違って 木々が葉を落とし
 風情も変わっていました。
 
 前には草に覆われて見えなかった 苔むした石が見えていまして
 確かにここは建物があったと感じることができました。
 
 街道沿いは結構広くて 52戸の民家や宿場が軒を並べ 狭いながらも
 畑を耕していたのでは・・・と感じました。
 
 人々も秋の深まりを感じ
 冬の準備にかかっていたのでは・・・
 そんな気配も感じ取れるほどでした・・・ 
 
 
 
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  今もこの地が大事に守られていることが解りました。
 刈りはらわれた道の上には お地蔵さんが見えました。
 道中の安全を祈願しながら 米沢や福島に向かっていたのでしょうね。
 
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  まあるい石や こういった角に加工された石が見つかりました。
 
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 大きな数個の石、庭石でしょうか・・・
 
 
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  水路が掘られた跡と思います。
  くぼんだ地形と石が組まれたものが続いていました。
 
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  刈りはらわれたところが数カ所みられました。
 
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  住む人と 行き交う人を楽しませてくれたのでしょうか。
 ほぼ中央に位置するこの場所には山桜の古木があります。
 
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  もしかしたら この道が昔の街道・・・
 細い道を見つけて また夢がふくらんできました・・・
 
 
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 藩政時代には米沢藩主・上杉家の参勤交代や物資の流通のための
 重要な基幹道だった米沢街道沿いの宿場だったそうです。
 
 この李平宿は 明治時代に万世大路や国鉄 奥羽線が開通して
 その役目が終わったそうです。 
 
  1613年に 開かれた宿場は52戸の民家や宿場があったものの
  明治14年に万世大路が開通し 明治32年に奥羽線が開通しますと
  哀しくも宿場の役目を終えたようです。
 
  明治35年に 村は火事にあい18戸残っていたものが 13戸が焼失
  大正7年には全戸が村を離れ 廃村になったとありました。
   
 
 
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