ピッツァ マリオネッタ

本物のイタリアのピザを召し上がれ!

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

何て悲しいことだろう。ノリックが子供の頃から見続けてきた、同じバイカーとして残念でならない。。。

オートバイレースの世界的プロライダー、阿部典史(あべのりふみ)さんが10月7日に交通事故で亡くなった。公道をオートバイで直進中、禁止区域をUターンしたトラックに衝突されるという非業の最期。「ノリック」の愛称で世界中からファンを持つ数少ない日本のヒーローだった。

全日本ロードレース選手権の500ccクラスを史上最年少の18歳で制覇。世界グランプリ(GP)最高峰の500ccクラスに参戦すると、いきなりケビン(米国)、ドゥーハン(オーストラリア)らトップライダーと激しいバトルを演じた経歴をもつ。

メットの後方から見えるロン毛と、深い前傾姿勢をとった独特のライディングフォーム。そして子供の頃からの負けず嫌いな性格と闘志。お年なのに現役で頑張るオートレース選手の親父さんの血を引き、「天才」と評価されたテクニックで、日本でこそバイク=危ない、、というマイナーなスポーツだが、欧米では貴公子の扱いを受けるほど、活躍したといっても過言ではない。スーパーバイク世界選手権を経て今季から全日本に復帰。厳しい世界の大舞台から遠ざかる形となっても、やさしい性格に変わりはなかった。

10年ほど前から「ノリックと親子のバイク教室」を開催。自身が大好きなオートバイとモータースポーツの魅力を、次代の担い手たちに伝えた。ノリックも小さい頃からポケバイで鍛えたのだ。これはどんなスポーツにも言えるが、世界的選手を育てるには最低30年くらいはかかるのだ。バックヤードの整備ということになると、50年(半世紀)とも言われる。

2003年、鈴鹿でレース中の事故で亡くなった、世界選手権シリーズ250ccクラスの元総合王者の加藤大治郎選手(享年26歳)も、埼玉の秋ヶ瀬に練習で集まる親友だった。そして良きライバルでもあった。ノリックもまだ、32歳である。あぁーこの若さで友達のところに逝ってしまった。世界に名前を馳せた日本の超エースが、また一人消えてしまったのだ。

私は、バイクが好きなので、鈴鹿にも応援に行ったことがあるし、お父さんは川口で近いので応援?にいったこともある。親子に声援を送ったものだ。

現在、モーターサイクルスポーツ(バイク)は世界的地位を築けたと言ってもいいだろう。それは彼らの活躍そのものだ。しかし、60年代以降、モータリゼーションが日本に訪れてから90年代半ばぐらいまで、モーターサイクルスポーツに関して、世界から見た時に日本はまったく相手にされない国だった。

80年代頃のの記憶をたどると、オートバイレースでは片山選手が世界的活躍をした。しかし「一人だけ!!」。っと言ってもいいくらい寂しいものだった。世界で日本ライダーが活躍することは無く、ケニー、スペンサーなど、優秀なバイクを作るのは日本、優勝するライダーはアメリカ人、ヨーロッパ人という笑えない時期が長く続いた。

平選手がWGPで表彰されたくらいではないだろうか。。。日本人が表彰台あがるなんて誰も予想しておらず、日の丸の国旗が用意されていなかったなんてエピソードもある。それほど蚊帳の外だったのだ。

それからの時代、世界で125ccを舞台にし日本ライダーが台頭、続いて500ccでも活躍。ノリックは、片山選手から長い間、空白だった500ccの世界的優勝を日本人として欧米人から、もぎ取った。。

事故から一夜明け、事故現場の市道脇には、雨にもかかわらず朝から多くの報道陣や知人、若いファンらが駆けつけた。ファンらは花束を手向けるなどして「ノリック」の愛称で親しまれた天才ライダーの早すぎる死を悼んだ。幼なじみという渡辺里文さん(36)は、「世界で活躍するようになっても気さくで、地元のヒーローだった。兄ちゃんって慕ってくれたのに」。と声を詰まらせた。

葬儀・告別式は13日午前11時から東京都港区南青山2丁目の青山葬儀所で行われる。喪主は父光雄(みつお)氏。熱狂的なオートバイファンの多いイタリアの大手スポーツ紙「ガゼッタ デロ スポルト」(電子版)もトップページで、サッカー・セリエAの結果とともに、WGPを初制覇した1996年の日本GPの写真付きで阿部選手のことを報じたとある。

最後の写真は、親友であり、やはり天才といわれた世界的GPライダー加藤大治郎(故)選手を一緒に飾ってあげた。加藤選手も3歳の誕生日に両親からポケットバイクをプレゼントされ、それをきっかけに、自宅近くのサーキット秋ヶ瀬(埼玉県)に通うことになる。<私は今でもたまに遊びに行きます>武田雄一、亀谷長純(従兄弟)、阿部典史も皆、そこに居た。。。。

まだ、かわいい子供の時代、加藤大治郎も典史(ノリック)も競いあい腕を磨いていった。その小さな町のサーキットから世界のサーキットへ飛び出していったのだ。そして早すぎる死をもって、今度は天国への階段を登って行く。また天国で大治郎とノリックは二人でレースをするのだろうか‥‥

開く トラックバック(1)

全1ページ

[1]


.
greenhorn
greenhorn
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ハリボウファンさん

仲良しさん

新しい仲良しさん

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事