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当ブログでは、東日本大震災で被災された方や復興を支援する方からのブログ投稿をご紹介しています。
今回は2012年2月27日にピックアップした投稿をご紹介します。
間もなく3,11から一年が過ぎようとしていますが痛ましい傷跡は消えるどころかそのままになっています。 忘れたくても忘れられないと口々に語る被災した方々の想いを見てください。 マンション5階まで押し寄せた形跡を確認してください。 岩手沿岸部から石巻にいたるまでの津波の高さです。 沿岸部の津波被害があまりにも、甚大だったため、報道も少なく影に隠れてしまいがちだが、被害は少なくはない。 最大震度7が、栗原市で記録された。(後、仙台市での細部に渡る地域検証で最大震度7があった)2008年の岩手・宮城内陸地震で特に被害が多かった事でも、全国区になってしまった。 水門閉鎖に従事し、犠牲になった消防団員 東日本大震災で消防団活動中に亡くなった団員は8市町村で90人。 陸前高田市が最多の34人で、宮古市が16人、大槌町が14人と続く。 このうち水門操作中、または水門閉鎖後の活動中に犠牲になったとみられる団員は49人に上る。 しかし今まで体験したことのない
ゆっくりとした大きな揺れに、書庫から本や資料が落ち、書類棚も倒れて 書類がその上に散らばる。 私は買ったばかりのPCを押さえて、揺れの収まるのを待つことしかできなかった。 足下の本と書類を押しのけ、事務所の外に出たのが15分ほど経ってからだった。 今回の作業内容は、お初の解体作業津波を被ったお家を改装するので、基礎以外の所を全部取るという作業でした。
簡単に言うと家を骨組みだけにしちゃうので、壁とかすべて壊すのが主な内容です。 「志津川駅」を中心に街があったと思われますが、
この南三陸町志津川地区で唯一あった商店に寄り三陸の名産品などを購入しました。 その商店にいた地元の方と少し話す時間があり 3月11日当日のお話をしてくださいました。
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東日本大震災 被災地からの声






写真をお借りしていいですか
[ 小松ハムニダ ]
2012/3/21(水) 午後 9:11
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