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当ブログでは、東日本大震災で被災された方や復興を支援する方からのブログ投稿をご紹介しています。
今回は2012年3月12日にピックアップした投稿をご紹介します。
何もかもなくなってしまった街で、ぽつりと佇んでいるものが、いくつかありました。 元々そこにあったのか、それとも誰かが置いたのか。 ここに暮らしていた方々の、心の美しさを見ているような気持ちになったのですが、 暮らしていた家がなくなってしまった場所でも、、神様を祀っていた祠だけは、 ひっそりと立っていたりしました。 東日本大震災に襲われた後の様子を、当時の会話を中心に綴ってみます。 ① 当日の夜、海側から避難してきた人から聞いた話 「 市街地の様子はどうですか?」 「 全滅だ。家が次々と流されて行った。のん兵衛横町もドミノのように並んだまま1回で流された」 揺れが収まり、窓の外を見ると向かい側の建物からは、大勢の人が吐き出されるかのように駆け出てくるのが見え、建物の前の芝生の広場は、すぐに大勢の人で埋まりました。 違う方向を見れば、住宅地から昇る黒煙。火災です。 消防車が目の前を走り去り、鳴り響くサイレンが 今思えば、仕事、生活における厳戒態勢の到来を告げる合図でした。 この忙しい世の中、余裕もなくって支援らしい支援を出来ないから、心の中で被災地のことを想ってますという人も多いでしょう。そんな人でもせめて耳を傾けて現実を見続けてほしい。そして自分なりに学んでほしい。被災した人々が助け合い、どうやって過ごしてきたかを。
津波によって、あらゆるものが奪われて、 いまだ見つからない、大事な探し物をしている 方の映像が放映されていました。それは自分 の娘だと言うことです。 あの日のことは今も鮮明に覚えています。
最初に知ったのは、外出先でのラジオから。 その情報を聞いたとき、「やはり来たか。」と思いました。 しかし、それでも、まだタカをくくっていました。 仕事が終わり、家に帰り、その映像を観たとき、はじめて、事の重大さを思い知ることになります。
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2012年03月15日
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