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当ブログでは、東日本大震災で被災された方や復興を支援する方からのブログ投稿をご紹介しています。
今回は2011年12月5日にピックアップした投稿をご紹介します。
この体育館の天井付近まで津波が押し寄せた 生き残ったのは運良く天井の鉄骨にしがみつくことが出来た人たちだけだったそうだ 体育館の柱についた時計は 3時30分で止まったままだった 震災10日後に陸前高田へ入った同僚の写真を見て、
何度か訪れたことがあるこの街の変わりように、目を疑った。 それから半年。 実際にこの足で、もう一度この街に行ってみたかった。 6年前に最後に訪れたこの街に、もう一度。 本当に衝撃的で、言葉に詰まる。 100人以上の児童が犠牲になった大川小学校、
すぐ隣は山である、 山に逃げていれば全員助かったと思われる、 綺麗な花祭壇がおかれ、 子供の彫刻があり、 児童の母親と思しき人が撫でていました、 釜石市箱崎地区は、太平洋に
突き出した箱崎半島にある小 さな集落。漁業中心で豊かな漁場だった。 津波の第一波が来たとき、若 い漁師たちは船が心配で港へ ゆく。 年長者たちは第ニ波があるか ら港へゆくのを止めたが、 若い漁師たちは港へゆき 戻らなかった。 距離にしてほんの十数メートル…高低差は僅か数メートル…その違いだけで一方は全てを失い、もう一方の被害は皆無。 そんな光景を見ていると、なんて言うのか”現実と異世界を行ったり来たり…”そんな表現がこれほどしっくりくる光景は他に無いんじゃないでしょうか…。 瓦礫の山です(^^; 漁港の埋め立て地の瓦礫はこのように山になっています 気仙沼市はがれきの撤去が97%終了、予定通り年内の完了を目指す。家屋解体の進ちょく状況 (棟ベース)は74,9%になっているそうです。このようながれきの山は市内26か所にあります。 私達の地区にはこの他にも数か所あります。市内から集められたがれきです・・・
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東日本大震災 被災地からの声
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詳細
東日本大震災で被害に遭われた方に、心よりお見舞い申し上げます。
Yahoo!ブログでは、今回の震災で被災された方からの投稿をご紹介するブログを立ち上げました。
Yahoo!ブログのスタッフが、様々なブログサービスから投稿をピックアップしています。
テレビや新聞などでは報道されない生の投稿を拾いあげて、被災された方からの声や、被災地の状況などを伝えていきます。
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コメント(10)
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当ブログでは、東日本大震災で被災された方や復興を支援する方からのブログ投稿をご紹介しています。
今回は2011年11月28日にピックアップした投稿をご紹介します。
日用品
衣類毛布・・・etc
これらを道の駅を通し、配布してきました。
メディアの情報が薄れつつある現状で、実際に眼で見て肌で感じた現場と、
被災者の方々から聞いた状況は本当に悲惨でした。 東日本大震災から、8か月以上が経っていますが、被災地によってはまだまだ復旧・復興の進んでいないところがたくさんあります。国・県・市町村など行政のスピード感を持った対応を切に願うところです。
また、ボランティアの数も最近はかなり減ってきているようです。現地に行ける人は現地に行って頂きたいと思いますし、現地に行けなくても支援の方法は色々あると思います。
気仙沼の市街地を通って帰ったのですが、陸前高田と違い、未だに震災直後の姿を
残している建物が多くありました。
道路の横に流された巨大な船も、そのままです。
桟橋がズタズタになった気仙沼湾には、たくさんの漁船が停泊していました。
皆さん前を向いて頑張っているのですね。 22日の夜から24日の夜まで、東日本大震災生活支援協会(LSA)という団体のボランティアバスで東北に行ってきました。
魚市場などの対岸に行くと、こんなに大きな船↓が陸に打ち上げられたままになっていました。津波の威力にただただ圧倒されるばかりです。 息子2人と今も建築の仕事しているが、
PCやデーター資料が津波でながされ、一からやりなおしだとか。途中でポロリと今回奥様を亡くされたとお話されました。皆さんつらい思いをされています。都会では絆が崩壊したために不幸な事がおきていますが、今後、益々メンタルなケアが必要だと痛感しました。 天候が心配されましたが、みんなの想いが通じたのか、無事に大凧を揚げる事が出来ました。
風の不安定さに苦戦しましたが、皆で一緒に大凧を揚げる事が出来た事は、今までの積み重ねによって出来た信頼関係、被災地の方々を想う気持ちが一つにまとまった瞬間でした! カレーは万国共通・老若男女「みんな大好き!」300人前は約一時間で配布が完了してしまうほどの人気ぶりでした。
今後冬季に向け、冬物関連品などの拡充を図り継続的な支援を行います。
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当ブログでは、東日本大震災で被災された方や復興を支援する方からのブログ投稿をご紹介しています。
今回は2011年11月21日にピックアップした投稿をご紹介します。
そして次に向かったのは陸前高田市
ここも夏来た時とほとんど変わることも無く悲惨な状態でした 自分の家の瓦礫を片付けにきていたおじいさんに話しかけると最後に「わしたちはもういいんじゃ」と・・・ 正直なんて言葉をかけたらいいのかわかりませんでした 車に戻りおじいさんを元気にさせられなかった自分の非力さに涙がでてきました 「まだ何もよくなってないじゃないか・・・」
そのあと震災後有名になった「一本松」の所に行きました
大津波を受けたにもかかわらず海沿いで天に向かって力強く生きてました 震災から8ヶ月経過しましたが、被災地は相変わらず瓦礫の山です。 報道などで見てはいましたが、平地などの残骸はある程度処理されていますが、未だ半壊した家屋等は手がついていません。 一日も早い復興と復旧を祈るばかりです・・・ 南三陸町
まだまだ片付いてませんね。 これからですね。 防災センターを見てたら涙が出てきそうになりました。
友達の手前泣きませんでしたが・・・ 一人だったら泣いてただろうな。。。( ノД`)シクシク… 自分に出来ることを少しずつしていきたいと思います。 これを機にまた行きたいと思います。 今頃行くということと、たった2日間ということで、
本当はこっそり行って黙っていよう・・・と思ったんですが、震災直後から災害ボランティアをずっとされている方から、 「短期間のあなたは、ありのままの姿を多くの人に伝えるのが使命」 と諭され、あちらこちらで話をしたり発信をすることにしました。
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今回は2011年11月14日にピックアップした投稿をご紹介します。
いろいろ考えられますが 今となっては本当に残念です。私も実は高台に車でいったん逃げてみていたのですが 第一波の津波を見て むしろわざわざ下の方に下がって見に行こうとしたのを覚えています。
大きな津波の被害を受けた気仙沼市の港近くに仮設の復興屋台村「気仙沼横丁」が12日(土)にオープンしました。
廻りはまだ倒壊建物や打上げられた漁船が残っています。 今回の支援物資は、掲示板、広島白菜、球根、防寒着、米、キャンディでした。
米崎小学校の児童たちには、少し遅れましたが、ハロウィンのキャンディです。 多くの方が犠牲となり、一瞬のうちにご家族をはじめ大切な方々を失い、家や生活を失った被災地の方々の心の痛みは計りしれません。
今後も被災地の復興と皆さまのご健康をお祈りすると共に、本県心のケアチームの派遣にご協力をいただきました関係者の皆さまに感謝申し上げます。
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今回は2011年11月7日にピックアップした投稿をご紹介します。
震災から、約8ヶ月。 道路が、うねってます。 走っていると波にうたれている感じ。 通行止めも多いです。 海側は、堤防や木が無いところは、家もごっそり無いです。 瓦礫の山から異臭がします。 子どもの頃から、よく来ていた海水浴場とは思えない、、、。 活動は2日間 1日目 ボランティアセンターの受付で 「根性のある方!」と言われ 反射的に手をあげてしまった! 活動内容は 土嚢袋に砂利を積める作業! さて、作業の現場は、気仙沼港のちょっと先の「鹿折(ししおり)」という場所です。
いずれ、「復興市場」という商業エリアになる建設予定です。 遠くに港のクレーンの頭がいくつも見えています。 話を聞くと、もうちょっと海よりに行くと、缶詰工場などが並んでいるそうです。 10月8〜9日と29日の2回にわたって、バレンタインチームは宮城県登米市にある『南方イオン跡地仮設住宅』集会所で活動してきました。 ここは300世帯以上が暮らすマンモス仮設として知られるところ。 その集会所を借りて、飲み物などを提供しつつ 手芸や水彩画、アロママッサージなどで寛いでもらい、仮設に暮らす人どうしの交流のきっかけ作りになれば・・・というもの。
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