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更新ご無沙汰しておりました。 時間が空いてしまいましたが、2週間ほど前に行った香港&マカオ旅行のこと書こうと思います。 香港は私は2度目で、今回は初めて行く友人の付き合い&前に行かなかったマカオを訪れるという のが旅の目的でした。 旅の3日目、以前宿泊したロイヤルパシフィックホテルの下のフェリー乗り場からマカオ行きの フェリーに乗りました。ここのフェリーターミナルは予想より遥かに規模が大きくて端から端まで 相当な距離になります。中国本土行きの船も多く出航されていました。 途中、何隻ものフェリーとすれ違い、1時間足らずでマカオに到着。 マカオはカジノの町として有名ですが、かつてポルトガル領だったこともあり、日本で行ったら 小さな長崎といったイメージです。カジノホテル系はフェリー乗り場近く一帯だけでちょっと中に 入るとヨーロッパ風建築のカラフルでおしゃれな建物が乱立しています。その一方で中国風の 古い建物も多く残っていてまさにアジアとヨーロッパの融合を目の当たりにすることが出来ます。 まず小さいバスに乗って「セナド広場」まで行ってみました。 お昼近くなると観光客の数も増えてきて、世界各国の言葉が飛び交っています。 中国人はもちろん、ポルトガル語・スペイン語を話すヨーロッパ人の観光客が多かったです。 そこから歩いて数分で聖ポール天主堂跡へ到着しました。火災で焼けた教会の門だけが残った というものです。かつて修学旅行で訪れた長崎の大浦天主堂やグラバー邸の風景を思い出します。 マカオ博物館というのに入ってみました。入場料は15ドルほど(225円)リーズナブルですね。 中国から伝えられたお茶の精製方法、ポルトガルから伝わったキリスト教や大砲の技術、 世界各国と活発に貿易していた当時の様子が写真やセット、映像をふんだんに使用して 展示されていました。ポルトガル人は最初は船が故障したという理由でマカオに乗り込み、 あっという間に領地を拡大、商業や貿易を発達させました。16世紀の頃のことです。日本では ポルトガル船が長崎の出島に到着した同じ流れでしょう。長崎でキリスト教の弾圧にあった人達が マカオに逃げてきたという話もあります。 町を歩いてみると古くておんぼろビルの狭い路地裏に綺麗な公園や外人墓地があったりと、 当時の歴史の跡地に今の生活がしっかりと根付いているようです。 これほど狭い面積(27.5㎢)に濃厚な歴史や文化を見ることが出来る土地は少ないんじゃないでしょうか。 ガイドブックにあったレストランを探すためにみやげ屋で道を聞いたら、ある人は英語が分かるが 漢字が読めない(ポルトガル人?)、ある人は漢字は分かるが英語をほとんど知らない(中国人?)、3人目に 出てきた人にやっと道を聞くことが出来ました。一体何語が通じるんだろう??という感じですね。 それでも行った先のレストランで挑戦したポルトガル料理は予想通りの美味でした。
甘辛い照り焼き風ソースが効いた鳩の丸焼きは柔らかくてかなりおいしかったですよ。 香港だけを訪れた時とは違った異国情緒を味わうことが出来るマカオを一度訪れることを 是非お勧めします。(^o^)丿 |
旅記録:香港・マカオ
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上の写真、『尖沙咀(チム・サァ・チョイ)』という繁華街に進出していた『そごうデパート』 |
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skyscrapersで有名な香港。現在建築中のビルは最低でも40階以上だとか。それが普通の住居なのだから、驚きですね。今最高の建物が87階だそうです。50平米の敷地に4,5人で住むのが普通らしく、子供も自分専用の部屋などもたず、二段ベッドが当たり前。驚いたのが小学校で、学校の数が少ないので一斉に授業を行うことが出来ず、「午前クラス」「午後クラス」と一年置きに交代するらしいです。だから、学校に自分の物を置いて帰ったり出来ません。予備校みたいですね。でも学校が半日というのは嬉しいかもしれません。 |
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中華といえば、飲茶!(ヤムチャ)香港で、毎回苦しくなるほど中華料理を食べまくりました。 |
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週末を利用して家族で香港へ旅行へ行ってきました。 |
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