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執拗なネット攻撃はストーカー防止法にも抵触する可能性あり ネット上の検索エンジンを巧みに操り名誉毀損を続ける行為に時効は成立しないとの見解 皆様ご承知の通り、私と山岡俊介氏は、「武富士盗聴事件」に関する弊社の刊行物で掲載した記事を巡り、民事訴訟を双方原告被告の立場で継続しています。山岡氏が起こしている民事裁判に関しては、私が経営する会社が発行した雑誌に掲載された記事に対しての名誉毀損による損害賠償請求というものです。こちら側が起こしている裁判は、山岡氏がネット上で、私のことを誹謗中傷し、事実無根の事柄を吹聴していることに対しての民事訴訟です。 山岡氏は、私のことを同時に東京地検特捜部に起訴しました。しかし、私は、言論は言論で対処すべきであり、それがジャーナリストとしての本分。言論に対し司法権力を行使し、金銭的結果を生み出すということは、正道ではないと理解しました。ただ、自らの身を守ることもしなければ、ということで先方の請求額に合わせこちらも民事訴訟を起こしました。その本意は、損害賠償金の取得ではなく、あくまで先方からの攻撃を守る意味でのことでした。 その間、東京地検特捜部のよる事情聴取を数回受けました。何も後ろめたいところはないので、取材の経緯、取材先、その検証等、全てを事実に基づいて有り体にお話しました。結果、未だ起訴されておりません。 あれから既に、二年近い月日が経過していますが、未だにネット上での攻撃は止みません。その影響は、家族や会社の経営にまで及んでおります。具体的に、現在続けられている行為は、ネット上の検索エンジンでの行為です。私の名前等で検索をかけると、そこには過去に山岡氏が執筆した「東京アウトローズ」での記事やら、彼と親しいフリーランスの記者達のサイトで書かれた私に関しての記事等が山ほど表れます。裁判内容に関しても、山岡氏が現在運営している「アクセス・ジャーナル」や「ストレイ・ドッグ」なるブログ・サイトで公開し、担当裁判官も激怒しております。 そのような状況を打開するために、私はこのブログを立ち上げました。検索エンジンで私の名前を検索した際に、このブログも表示されれば、一方的に山岡氏が操っている私に関した悪意に満ちた記事のみが記載表示されるのではなく、私の主張をも公平な立場で検索閲覧する人々に見てもらいたいと思ったからです。ところが、私のこのブログの紹介表示がアップされると、1〜2日の内に削除されてしまいます。どうやってなのかは、技術的に疎い私にはわかりません。しかし、消されて葬り去られてしまうのです。そして、「東京アウトローズ」に、山岡氏が私に関して書いた悪意に満ちた事実無根の記事の紹介文が掲載されてしまうのです。その記事の内容が事実無根であることは、とっくにマスメディアによって検証されていることで、まったくの事実無根なのです。ですが、初めて目にする人は、それが本当であるかのように思ってしまうのがネットなのです。 検索エンジンは、不特定多数の人々が見るサイトです。中には、私の子供達の父母や教師が見てしまい、学校でも噂になり、子供達も肩身の狭い嫌な思いをしなければならない、ということにまでなっております。私は当事者ですから、多少の痛みは致し方ないでしょう。しかし、関係のない家族に、何の恨みがあるのでしょうか? また、自宅の住所や電話番号まで公開する必要性が、どこにあるのでしょうか? 非常に大きな疑問を感じます。 ネットがこれだけ社会に浸透し、コンピューターや携帯電話なしの生活が想像できない現状、インターネットの人々に与える影響力は、新聞や雑誌やテレビ以上に絶大です。その影響力の大きさに、規制が比例していないというのが現状です。ネット上では、不特定多数の誰もが、記事を配信することが出来ます。そして、不特定多数の誰もが、それらを見聞することができます。しかし、新聞や雑誌やテレビのようなマスメディアのように、規制する組織もシステムも、まったくない無法状態というのが現状です。 そのようなネットが無法地帯である状況下、読む人間は、そこに書かれていることが、新聞や雑誌やテレビと同じく、信頼性の高い記事と勘違いして見聞してしまっている、というところに大きな問題があります。それほど、その信頼性を意識せずに、目で捉え、感覚的にそれらの情報をそれぞれ個人の中で消化し、また発信する。ここに、ネットの怖さがあるのです。 事実は一つですが、真実とは当事者の数だけあります。何故ならば、事実は一つでも、その事実に関わった当事者の数だけ、それぞれの当事者の思惑が働き解釈されるからです。そして、そのようなそれぞれの当事者の思惑にのっとった、よく精査していない偏向した真実までもが、ネット上では自由に発進されてしまうのです。これは大きな問題であります。極論を言ってしまえば、ネットの使い方によっては、一人の人間の社会での信用や存在自体を抹殺することさえ可能なのです。何故なら、例え間違った情報であっても、その情報を受け止める側に受け止める自由があるからです。これは、非常に大きな問題であり、大切な問題です。ネットというのは、使いようでは恐ろしい人を抹殺するマシーンにさえ成り得るのです。 このような状況下、私は、裁判とは別に、警視庁も含め関係機関に相談を繰り返しております。何故なら、私には家族を守る義務があるからです。ここでいくつかのことがハッキリしてきました。また、動きを得ることができるようになってきました。まず、印刷物に掲載された記事に関しての時効は、6ヶ月であります。だが、しかし、ネット上のサイトに記載され公開され続けている記事に関しての、名誉毀損をはじめ各種の法令違反に関する時効は、ネット上で掲載されている期間成立しないという結論を導き出すことができました。また、司法的解釈に至った場合、ネット上で掲載され続けた期間が、一つの大きな判断材料になってくるという見解をも導き出すことができました。 何故、私が、時間と労力を費やし、大きな犠牲を伴いながらもここまで頑張るのか。それは私だけではなく、このような被害にあっている人々が沢山いるからです。そのほとんどの人々が、声を上げることもできずにいるのです。社会での信用を失墜させられても、泣き寝入りをしているケースが非常に多いからなのです。今までは、そのようなネット上での悪質な行為を、誰の仕業か特定することは困難を極めました。金銭的にも、時間的にも、非常にハードルが高かったのです。ところが、技術の進歩により、配信元や配信先、操作をしている経由サーバー等を特定することが以前に比べ正確に、しかも容易にできるようになってきたのです。 だからと言って、私はそんなことで仕返しをしたり、人を傷付けたりするようなことをしたいとは思っておりません。しかし、自分や家族の身に影響や被害が及ぶのであれば、私には家族を守る権利も義務もあります。それまで、認められないというのであれば、日本という国は、どこかおかしくなってしまったということではないでしょうか。 最後に、このブログの紹介文が、また検索エンジンから消えたら、何が私の身の上に今起こっているかが、皆さんに分かって頂けるでしょう。そして、その時は、皆さんが、声を大にする時です。
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