真実とは?(恩田葉一郎見聞録)

メディアが多様化する現代社会における「真実」を見極める心の目

全体表示

[ リスト ]

武富士から1円たりとも貰ったことも要求したこともない
300万円の話も3000万円の話もその話をした人間の妄想
2006年6月12日

 山岡氏に近いジャーナリスト寺澤有という人物のサイトで、小早川茂氏へのインタビューということでありもしない妄想ゴトが、まことしやかに掲載されている。まず、最初に明言しておくが、天地天命に誓って武富士から1円たりとも金銭の授受はない。それどころか、武富士へ対して金銭の要求をしたこともない。

 300万円貰って返したとか何とかと書かれているようだが、そのような事実はまったくない。また、3000万円に関しても、そのような事実はまったくない。このようなことはあったが。

 私の亡父は、週刊文春時代に記者として故児玉誉士夫番をしていたことは、世間に知られている。その頃、故児玉誉士夫を介し故小佐野賢治とも記者として知り合った。そして、その故小佐野賢治から、彼の門下生であった人物を多く紹介された。その中に、既に他界された廣済堂の創始者故櫻井義晃氏や武富士の武井保雄氏もいた。そんな関係で、長年盆暮れには中元と歳暮が届いていた。

 しかし、亡父は癌の闘病をしている最中、最期の時が迫っている頃、サンデー毎日の記者が再三再四、お断りしているにも関わらず執拗に取材を申し込んできて、会社や闘病先のがんセンターにも連日連夜やってきていた。武富士の盗聴に関しての取材だと言っていた。それは、亡父も武富士に盗聴されていた被害者の一人として、また、武井氏に近い人間の一人としての取材申し込みであった。警視庁の捜査二課からも、自宅と会社が盗聴されていた可能性があるというような旨の話がきていた。だが、亡父は、臨終を目の前にして、静かな時を過ごしたい意思を示していたので、記者にも刑事さんにもその旨を伝えていた。ところが、何としても、サンデー毎日の記者は引き下がらなかった。亡父と共に4年間壮絶なる癌との闘いをしてきた私達家族は、非常に不愉快な感情を抱いた。そして、仕方なく、その時、私は一度だけという約束で、亡父に代わって取材に応じた。当然のことながら、盗聴をされている当方が、盗聴をしている相手の心情、内情などわかるはずがない。ただ、この時、このサンデー毎日の取材の背後というか原点の部分に山岡氏がいる、ということを聞いた。この時、私は初めて山岡俊介という人物の存在を認識した。

 その直後、武富士の広報だか総務だか忘れたが、元産経新聞の何とかという人間から、サンデー毎日の武富士に関しての記事は、恩田がやっているのではというようなことを遠回しに言われ、サンデー毎日へ対してと同じように、非常に大きな不快感を武富士へ対しても覚えた。亡父は、兎に角、静かな時を過ごしたかった。私達家族も、そうしてあげることを心底より願っていた。にもかかわらず、皆そんな我々家族や本人の気持などお構いなしに、ずけずけと最期の時を汚したのである。私は、武井氏へ対しても、非常に不愉快である旨を手紙で伝えた。そして、今後一切お付き合いは遠慮させて頂く旨も伝えた。それでも、詫びに総務の人などが弊社を訪れたりもしていたが、お引取り頂くようにそれ以来していた。盆暮れの付け届けも続いたが、その度ごとに丁寧に手紙を添えて送り返すようにしていた。

 この寺澤有なる人物のサイトで小早川氏のインタビューとして書かれている3000万円の紙袋というのは、こういうことである。弊社に当時勤めていた女性社員が、武富士からの盆暮れの品は返却するということだけを理解しており、いつも返却する際に、返却する旨の手紙を添えて返却するということを知らずに、宅急便業者から受け取らずそのまま付き返してしまった。そこで、それまでとは対応が違ったということで、武富士側から担当者と思しき人間が、紙袋にその付き返された品を入れて弊社に参上したといことが、事の真相だ。当然のことながら、丁重に詫びお引取り頂いた。勿論、中元だか歳暮だか覚えていないが、その品も持ち帰って頂いた。それを、どういう訳か、小早川氏は、3000万円の紙袋を持ってきたが、付き返したとか、持ち帰ったとか、何だか分けのわからない妄想を言いふらしていた。中を見たわけでもなし、何十分も相手と話したわけでもなく、ほんの数分でお引取り頂いた。大体、小早川氏は、何かの用事で、丁度珍しく弊社に来社したところに鉢合わせただけであり、紙袋の中身が何であるか確かめる術もないはず。この話は、これ以上でも以下でもない。何だか、あれだけのことが、こんな話に膨らんでしまうことに、私自身驚いている。まるで、作家が小説でも書くようである。

 最後に、小早川氏との関係は、金銭の貸借がある関係だけである。当然、弊社が債権者である。また、寺澤有氏とは、一度だけお目にかかったことがある。それは、山岡氏との裁判で、第一回目の法廷の傍聴席に彼が来ていた時のことである。裁判が閉廷した直後、彼は私のもとに来て名刺を差し出した。「山岡さんと非常に親しくしている寺澤と申します。これは、取材ではありません。山岡さんの親友としての質問です。何故、あのようなことをされたのですか?」という質問をしてきた。私は、当然のことながら、裁判がこれから始まろうとしている時である。何もお答えせずに失礼した。私が法廷を出ると、寺澤氏は、山岡氏の弁護士と旧知の仲のように親しく歓談しながら去っていった。私は、彼らがあまりにも親しそうなので、わざと一緒のエレベーターにならぬようにして帰路についた。何故なら、当初私は弁護人無しに、自分独りで裁判に臨んでいたので、多勢に無勢、専門家もいるので用心した、というのが本音である。

 以上、これが事実であり、これ以上でもこれ以下でもない。山岡氏は、インターネット上で、検索エンジンも利用し、あらゆる手段を駆使して、執拗に私を追い込もうと攻め続けている。が、しかし、私は、事実は一つしかない、と思っている。ただ、それだけである。


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事