真実とは?(恩田葉一郎見聞録)

メディアが多様化する現代社会における「真実」を見極める心の目

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東京地裁による誹謗中傷記事の削除命令

 私、恩田将葉こと恩田葉一郎と山岡俊介氏の間で、双方によって起こされていた裁判は、ネット上に掲載された私に関する事実無根の誹謗中傷記事を全て削除するという和解条件が東京地裁から出され、その和解条件を実行する約束で和解が成立しております。そのことは、「東京アウトローズ」の運営管理者等にもご理解頂き速やかに記事を削除して頂きました。にもかかわらず、未だに一部心なき人々によって、これらの事実無根の誹謗中傷記事が転載され、私をはじめ家族全員が、精神的、肉体的痛手を負い続けております。

 司法関係者からの心温まるアドバイスもあり、なお誹謗中傷記事の掲載・転載が続けられるようであれば、各サイトの運営管理者に対し法的手段も辞さぬ覚悟でおりますことをここに告知致します。

 また、定期的に、過去の記事に関しての検索エンジン上での順位アップは、記事を転載している心ない人々による故意で作為的な行為であり、その証拠となる操作の際に使用されたPCのIPアドレス等は、既に関係機関のご協力を頂き逆探知を完了しております。後は、私が、再び法的措置を取るか否かという段階に入っておりますことも、重ねてここに告知させて頂きます。

 最後に、前裁判進行時と比較すると、IPアドレスを特定するための技術を含め、法的にも整備がなされ、刑罰として立証することも可能となる確率が格段に上がりました。また、関係司法当局のこのような誹謗中傷を含めたネット犯罪へ対しての認識にも変化があり、被害者にとっては少しずつ希望の光が見えだしてきたということをお知らせしておきます。

 このよな状況をもご理解頂き、匿名で影のように人を傷付けるような卑劣な行為を重ねている方々には、一日も早くご自分の愚かさ虚しさに気付かれ、取り返しのつかぬことになる前にこのような理不尽で卑劣極まりない犯罪行為を止められることを切に願います。
執拗なネット攻撃はストーカー防止法にも抵触する可能性あり
ネット上の検索エンジンを巧みに操り名誉毀損を続ける行為に時効は成立しないとの見解

 皆様ご承知の通り、私と山岡俊介氏は、「武富士盗聴事件」に関する弊社の刊行物で掲載した記事を巡り、民事訴訟を双方原告被告の立場で継続しています。山岡氏が起こしている民事裁判に関しては、私が経営する会社が発行した雑誌に掲載された記事に対しての名誉毀損による損害賠償請求というものです。こちら側が起こしている裁判は、山岡氏がネット上で、私のことを誹謗中傷し、事実無根の事柄を吹聴していることに対しての民事訴訟です。

 山岡氏は、私のことを同時に東京地検特捜部に起訴しました。しかし、私は、言論は言論で対処すべきであり、それがジャーナリストとしての本分。言論に対し司法権力を行使し、金銭的結果を生み出すということは、正道ではないと理解しました。ただ、自らの身を守ることもしなければ、ということで先方の請求額に合わせこちらも民事訴訟を起こしました。その本意は、損害賠償金の取得ではなく、あくまで先方からの攻撃を守る意味でのことでした。

 その間、東京地検特捜部のよる事情聴取を数回受けました。何も後ろめたいところはないので、取材の経緯、取材先、その検証等、全てを事実に基づいて有り体にお話しました。結果、未だ起訴されておりません。

 あれから既に、二年近い月日が経過していますが、未だにネット上での攻撃は止みません。その影響は、家族や会社の経営にまで及んでおります。具体的に、現在続けられている行為は、ネット上の検索エンジンでの行為です。私の名前等で検索をかけると、そこには過去に山岡氏が執筆した「東京アウトローズ」での記事やら、彼と親しいフリーランスの記者達のサイトで書かれた私に関しての記事等が山ほど表れます。裁判内容に関しても、山岡氏が現在運営している「アクセス・ジャーナル」や「ストレイ・ドッグ」なるブログ・サイトで公開し、担当裁判官も激怒しております。

 そのような状況を打開するために、私はこのブログを立ち上げました。検索エンジンで私の名前を検索した際に、このブログも表示されれば、一方的に山岡氏が操っている私に関した悪意に満ちた記事のみが記載表示されるのではなく、私の主張をも公平な立場で検索閲覧する人々に見てもらいたいと思ったからです。ところが、私のこのブログの紹介表示がアップされると、1〜2日の内に削除されてしまいます。どうやってなのかは、技術的に疎い私にはわかりません。しかし、消されて葬り去られてしまうのです。そして、「東京アウトローズ」に、山岡氏が私に関して書いた悪意に満ちた事実無根の記事の紹介文が掲載されてしまうのです。その記事の内容が事実無根であることは、とっくにマスメディアによって検証されていることで、まったくの事実無根なのです。ですが、初めて目にする人は、それが本当であるかのように思ってしまうのがネットなのです。

 検索エンジンは、不特定多数の人々が見るサイトです。中には、私の子供達の父母や教師が見てしまい、学校でも噂になり、子供達も肩身の狭い嫌な思いをしなければならない、ということにまでなっております。私は当事者ですから、多少の痛みは致し方ないでしょう。しかし、関係のない家族に、何の恨みがあるのでしょうか? また、自宅の住所や電話番号まで公開する必要性が、どこにあるのでしょうか? 非常に大きな疑問を感じます。

 ネットがこれだけ社会に浸透し、コンピューターや携帯電話なしの生活が想像できない現状、インターネットの人々に与える影響力は、新聞や雑誌やテレビ以上に絶大です。その影響力の大きさに、規制が比例していないというのが現状です。ネット上では、不特定多数の誰もが、記事を配信することが出来ます。そして、不特定多数の誰もが、それらを見聞することができます。しかし、新聞や雑誌やテレビのようなマスメディアのように、規制する組織もシステムも、まったくない無法状態というのが現状です。

 そのようなネットが無法地帯である状況下、読む人間は、そこに書かれていることが、新聞や雑誌やテレビと同じく、信頼性の高い記事と勘違いして見聞してしまっている、というところに大きな問題があります。それほど、その信頼性を意識せずに、目で捉え、感覚的にそれらの情報をそれぞれ個人の中で消化し、また発信する。ここに、ネットの怖さがあるのです。

 事実は一つですが、真実とは当事者の数だけあります。何故ならば、事実は一つでも、その事実に関わった当事者の数だけ、それぞれの当事者の思惑が働き解釈されるからです。そして、そのようなそれぞれの当事者の思惑にのっとった、よく精査していない偏向した真実までもが、ネット上では自由に発進されてしまうのです。これは大きな問題であります。極論を言ってしまえば、ネットの使い方によっては、一人の人間の社会での信用や存在自体を抹殺することさえ可能なのです。何故なら、例え間違った情報であっても、その情報を受け止める側に受け止める自由があるからです。これは、非常に大きな問題であり、大切な問題です。ネットというのは、使いようでは恐ろしい人を抹殺するマシーンにさえ成り得るのです。

 このような状況下、私は、裁判とは別に、警視庁も含め関係機関に相談を繰り返しております。何故なら、私には家族を守る義務があるからです。ここでいくつかのことがハッキリしてきました。また、動きを得ることができるようになってきました。まず、印刷物に掲載された記事に関しての時効は、6ヶ月であります。だが、しかし、ネット上のサイトに記載され公開され続けている記事に関しての、名誉毀損をはじめ各種の法令違反に関する時効は、ネット上で掲載されている期間成立しないという結論を導き出すことができました。また、司法的解釈に至った場合、ネット上で掲載され続けた期間が、一つの大きな判断材料になってくるという見解をも導き出すことができました。

 何故、私が、時間と労力を費やし、大きな犠牲を伴いながらもここまで頑張るのか。それは私だけではなく、このような被害にあっている人々が沢山いるからです。そのほとんどの人々が、声を上げることもできずにいるのです。社会での信用を失墜させられても、泣き寝入りをしているケースが非常に多いからなのです。今までは、そのようなネット上での悪質な行為を、誰の仕業か特定することは困難を極めました。金銭的にも、時間的にも、非常にハードルが高かったのです。ところが、技術の進歩により、配信元や配信先、操作をしている経由サーバー等を特定することが以前に比べ正確に、しかも容易にできるようになってきたのです。

 だからと言って、私はそんなことで仕返しをしたり、人を傷付けたりするようなことをしたいとは思っておりません。しかし、自分や家族の身に影響や被害が及ぶのであれば、私には家族を守る権利も義務もあります。それまで、認められないというのであれば、日本という国は、どこかおかしくなってしまったということではないでしょうか。

 最後に、このブログの紹介文が、また検索エンジンから消えたら、何が私の身の上に今起こっているかが、皆さんに分かって頂けるでしょう。そして、その時は、皆さんが、声を大にする時です。

武富士から1円たりとも貰ったことも要求したこともない
300万円の話も3000万円の話もその話をした人間の妄想
2006年6月12日

 山岡氏に近いジャーナリスト寺澤有という人物のサイトで、小早川茂氏へのインタビューということでありもしない妄想ゴトが、まことしやかに掲載されている。まず、最初に明言しておくが、天地天命に誓って武富士から1円たりとも金銭の授受はない。それどころか、武富士へ対して金銭の要求をしたこともない。

 300万円貰って返したとか何とかと書かれているようだが、そのような事実はまったくない。また、3000万円に関しても、そのような事実はまったくない。このようなことはあったが。

 私の亡父は、週刊文春時代に記者として故児玉誉士夫番をしていたことは、世間に知られている。その頃、故児玉誉士夫を介し故小佐野賢治とも記者として知り合った。そして、その故小佐野賢治から、彼の門下生であった人物を多く紹介された。その中に、既に他界された廣済堂の創始者故櫻井義晃氏や武富士の武井保雄氏もいた。そんな関係で、長年盆暮れには中元と歳暮が届いていた。

 しかし、亡父は癌の闘病をしている最中、最期の時が迫っている頃、サンデー毎日の記者が再三再四、お断りしているにも関わらず執拗に取材を申し込んできて、会社や闘病先のがんセンターにも連日連夜やってきていた。武富士の盗聴に関しての取材だと言っていた。それは、亡父も武富士に盗聴されていた被害者の一人として、また、武井氏に近い人間の一人としての取材申し込みであった。警視庁の捜査二課からも、自宅と会社が盗聴されていた可能性があるというような旨の話がきていた。だが、亡父は、臨終を目の前にして、静かな時を過ごしたい意思を示していたので、記者にも刑事さんにもその旨を伝えていた。ところが、何としても、サンデー毎日の記者は引き下がらなかった。亡父と共に4年間壮絶なる癌との闘いをしてきた私達家族は、非常に不愉快な感情を抱いた。そして、仕方なく、その時、私は一度だけという約束で、亡父に代わって取材に応じた。当然のことながら、盗聴をされている当方が、盗聴をしている相手の心情、内情などわかるはずがない。ただ、この時、このサンデー毎日の取材の背後というか原点の部分に山岡氏がいる、ということを聞いた。この時、私は初めて山岡俊介という人物の存在を認識した。

 その直後、武富士の広報だか総務だか忘れたが、元産経新聞の何とかという人間から、サンデー毎日の武富士に関しての記事は、恩田がやっているのではというようなことを遠回しに言われ、サンデー毎日へ対してと同じように、非常に大きな不快感を武富士へ対しても覚えた。亡父は、兎に角、静かな時を過ごしたかった。私達家族も、そうしてあげることを心底より願っていた。にもかかわらず、皆そんな我々家族や本人の気持などお構いなしに、ずけずけと最期の時を汚したのである。私は、武井氏へ対しても、非常に不愉快である旨を手紙で伝えた。そして、今後一切お付き合いは遠慮させて頂く旨も伝えた。それでも、詫びに総務の人などが弊社を訪れたりもしていたが、お引取り頂くようにそれ以来していた。盆暮れの付け届けも続いたが、その度ごとに丁寧に手紙を添えて送り返すようにしていた。

 この寺澤有なる人物のサイトで小早川氏のインタビューとして書かれている3000万円の紙袋というのは、こういうことである。弊社に当時勤めていた女性社員が、武富士からの盆暮れの品は返却するということだけを理解しており、いつも返却する際に、返却する旨の手紙を添えて返却するということを知らずに、宅急便業者から受け取らずそのまま付き返してしまった。そこで、それまでとは対応が違ったということで、武富士側から担当者と思しき人間が、紙袋にその付き返された品を入れて弊社に参上したといことが、事の真相だ。当然のことながら、丁重に詫びお引取り頂いた。勿論、中元だか歳暮だか覚えていないが、その品も持ち帰って頂いた。それを、どういう訳か、小早川氏は、3000万円の紙袋を持ってきたが、付き返したとか、持ち帰ったとか、何だか分けのわからない妄想を言いふらしていた。中を見たわけでもなし、何十分も相手と話したわけでもなく、ほんの数分でお引取り頂いた。大体、小早川氏は、何かの用事で、丁度珍しく弊社に来社したところに鉢合わせただけであり、紙袋の中身が何であるか確かめる術もないはず。この話は、これ以上でも以下でもない。何だか、あれだけのことが、こんな話に膨らんでしまうことに、私自身驚いている。まるで、作家が小説でも書くようである。

 最後に、小早川氏との関係は、金銭の貸借がある関係だけである。当然、弊社が債権者である。また、寺澤有氏とは、一度だけお目にかかったことがある。それは、山岡氏との裁判で、第一回目の法廷の傍聴席に彼が来ていた時のことである。裁判が閉廷した直後、彼は私のもとに来て名刺を差し出した。「山岡さんと非常に親しくしている寺澤と申します。これは、取材ではありません。山岡さんの親友としての質問です。何故、あのようなことをされたのですか?」という質問をしてきた。私は、当然のことながら、裁判がこれから始まろうとしている時である。何もお答えせずに失礼した。私が法廷を出ると、寺澤氏は、山岡氏の弁護士と旧知の仲のように親しく歓談しながら去っていった。私は、彼らがあまりにも親しそうなので、わざと一緒のエレベーターにならぬようにして帰路についた。何故なら、当初私は弁護人無しに、自分独りで裁判に臨んでいたので、多勢に無勢、専門家もいるので用心した、というのが本音である。

 以上、これが事実であり、これ以上でもこれ以下でもない。山岡氏は、インターネット上で、検索エンジンも利用し、あらゆる手段を駆使して、執拗に私を追い込もうと攻め続けている。が、しかし、私は、事実は一つしかない、と思っている。ただ、それだけである。

「8月の証人喚問は先方が被告でこちらが原告」

 山岡氏に近いネット上の情報サイトで、「8月の証人喚問で全てが明らかになる」等と盛んに吹聴されているが、8月の証人喚問は、こちらが起こした裁判、すなわち私が原告で山岡氏が被告の裁判での証人喚問である。一部、ネット上に出回っている情報では、私が喚問されるような誤解を受けるような悪意に満ちた記述があるが、こちらが起こした裁判での証人喚問であることだけ、誤解を解くためにここに記しておきます。

「認めてもいないし、謝罪もしていないし、破産もしていない」

 山岡氏は、私が、山岡氏の主張を認め謝罪した、というようなことを山岡氏が主催する「アクセス・ジャーナル」なるサイトで記事として継続公開している。しかし、私は、山岡氏の主張を認めた覚えもなければ、謝罪をした覚えもない。また、現状、破産もしていない。

 ことの次第は、こうである。私の弁護士と先方の弁護士へ対し、裁判所より和解をしてはどうか、というような旨の打診があった。それでは、和解するにどのような和解条件があるのか、ということを双方の弁護士が考えた。当然のことながら、裁判所側から、和解をしたらどうか、という提案があったということで、裁判所は和解調停に切り替えることを望んでいるというふうに理解した私の弁護士が、双方にとっての和解条件として考えただけのことであり、申し入れたわけでもない。
 
 何故ならば、山岡氏側からの訴訟だけではなく、山岡氏による過度な名誉毀損行為に対して、こちら側からも裁判を起こしているからだ。双方で謝罪して和解をしてはどうだ、という申し入れではなく、双方で謝罪して和解をするという解決方法もあるのではという打診でしかなかった。

 それを、山岡氏が一方的に、こちらが山岡氏の主張を認め謝罪し、その上破産したため損害賠償金も払えないというように勝手に書きたてたのである。それどころか、武富士から金を受け取った、とまで決め付けて記事を書き公開した。これが、事実である。

 全ては、まったくの事実無根であり、このような行為自体が、山岡氏の報道姿勢を自ら証明しているような行為であると言わざるを得ない。思い込みで決め付け、検証することもなく文章にして公開してしまう。恐ろしいことである。

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