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◆趣旨◆
一昔前までは、メディアといえば新聞、雑誌、テレビ、ラジオしかなかった。しかし、近年、メディアも多様化してきた。その代表が、インターネットという地球規模での媒体である。
メディアの多様化ということは、人間社会を豊かにする一助にはなる。しかし、同時に、より複雑化した社会構造をも生み出してしまった。また、手軽に各種情報を手に入れることも、発信することができるようになり、メディアの意味や意義が、以前よりも軽薄になってしまったということも否めない。
このような状況下、「真実とは何か?」という大きな疑問が生じてきた。昔より、人は「真実とは何か?」という疑問を追い求めてきた。しかし、その明確なる答えは、未だに導き出されてはいない。真実とは、明確であるはずなのだが、実際には非常に不確実なものであり、非常に哲学的なものである。それは、人間自身が、煩悩に満ち溢れた感情に支配されているからである。そして、インターネットの普及によって、この「真実とは?」という問題は人類に課せられた最も大きな問題の一つになりつつある。
多分、「真実とは?」という問題の答えは永遠に得られないであろう。しかし、一つだけ現世を生きる人間が、この問題の解決に近づく方法がある。それは、真実を見極める目を持つということである。
それでは、その真実を見極める目とは、一体何なのであろうか? どうすればよいのであろうか? 答えは、一つである。心眼を持つということだ。心で見、心で聞き、心で感じる。そうすれば、必ずや物事の本質が見えてくる。「心で見聞、体感する」、解決方法はこれしかない。
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