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今日の新聞を見てビックリしました。 漫画家の佃公彦先生が先月28日に亡くなられていたそうです(T_T 幼いころ、新聞をめくると『ほのぼの君』がいました。 当時は毎日切り取ってスクラップブックに貼ってました。 そうそう!北海道の北海道糖業の「ほのぼの印の上白糖」にはほのぼの君のパッケージが描かれてたっけ。 北海道糖業のタンクには巨大なほのぼの君が描かれていたのを思い出しました。 そしてラジオ体操のキャラクター「ラタ坊(ラジオ体操坊や)」も佃さんによるもの。
1978年のラジオ体操50周年には記念切手が発行されました。 また2008年の夏にはラジオ体操80周年を記念した"かもめーる"も発売されました。 もうすぐ夏休み。今年もラタ坊の季節ですね。 |
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2010年07月18日
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香港・台湾映画界の重鎮・ジミー・ウォング! いろいろある方です(^^ 67年に「片腕必殺剣」で大ブレイクした彼は"天皇巨星"と呼ばれるほどになり、当時片腕ドラゴンといえばジミーさんでした。 「吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー」をはじめ、日本でもジミーさんの映画はバンバン公開されていました。 当時アメリカでくすぶっていたブルース・リーは「吼えろ!ドラゴン〜」を見て、"俺の方がすごい!"と自身を持って香港映画界に名乗りを上げたという話もあります(^^; なんと「新座頭市 破れ!唐人剣」(71)では勝新太郎の宿敵としても出演しています。 さて、ブルース・リーとジャッキー・チェンという2大スターを発掘した映画監督ロー・ウェイという人がいました。 某誌では「香港映画界の金正日」と書かれるほどの権力者。 リーさんの『ドラゴン危機一発』、『ドラゴン怒りの鉄拳』、ジャッキーの『少林寺木人拳』、『拳精』、『カンニングモンキー天中拳』など多くの作品を生み出しました。 しかし、彼のワンマン主義にリーさんもジャッキーも彼から離れて行きました。 リーさん主演、ローさん監督で製作予定だった「冷面虎」もリーさんが離れたため、ジミーさんで作られました。 「冷面虎」(73)。日本ロケも行われ岡田可愛も出演しました。 この頃から、ジミーさんは黒社会とのつながりを持つようになり香港映画界における裏の顔役となります。 76年にはローさん監督、ジャッキー&ジミーさん主演「ファイナル・ドラゴン」が作られます。 いまいちパッとしなかったジャッキーを売り込むためにジミーさんの力を借りた作品でもあります。 ジャッキーは悪役です。 しかし、ジャッキーの映画はあまりヒットしませんでした。 その後、ジャッキーは2作品だけ他社の作品にレンタルされます。ここで作った「蛇拳」と「酔拳」が大ヒット! ローさんに見切りをつけたいジャッキーは、大手映画会社ゴールデン・ハーベストと契約します。 ところが、ジャッキーとローさんの間にはまだ契約が残っていたのです。 ローさんは三合会という香港マフィアを使い、ジャッキーを引き戻しにかかります。 その仲介に入ったのがジミーさん!三合会もジミーさんにはかないません(^^; いったいどんなことがあったんでしょうね〜 気になります。 これにより晴れてゴールデン・ハーベストの俳優となったジャッキーは大ブレイク。 ジャッキーはジミーさんのおかげで売れたといっても過言ではありません。 さて、黒社会とのつながりから活躍の舞台を台湾映画界にうつしたジミーさん。 自身の映画を売り込むためにどうしたらいいか…そうかアイツを使おう! 呼ばれたのが、ジャッキー。断れないよね〜。 で、作られたのが「ドラゴン特攻隊」(82)。 今度はジミーさんが悪役です。 85年にはジャッキー&サモ・ハン・キン・ポー主演の「ファースト・ミッション」を製作、86年には香港映画俳優たちが勢ぞろいした「上海エクスプレス」でコミカルな役を見せてくれました。 http://blogs.yahoo.co.jp/y_sirais/15483507.html 91年には「炎の大捜査線」を製作。自身も出演しました。 またまたジャッキーは呼ばれ、さらにサモ・ハン、レオン・カーフェイ、アンディ・ラウといった人気俳優がまとめて出演しましたが、駄作でした。 のちにジャッキーは「ドラゴン特攻隊」と「炎の大捜査線」に対し、「両方とも酷い作品だったが、借りを返すこと以上に重要なことはない」と語っています。 現在は実業家として活躍しているそうですが、また映画界に戻ってきてほしいですね。
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