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駅弁以外にも、オイラは"駅そば"も好きだよ。 駅のホームやコンコースに設けられた立ち食いのおそば屋さん。 おじさんやサラリーマンが食べるってイメージが強いかもしれませんが、最近はご当地ならではの食材を使った名物そばなどが登場し、駅そばだけを集めたグルメ本も多く出版されるようになりました。 で、今日は列車で仙台に遊びに行ってきました。駅そばも食べたよ。 今回紹介するのは仙台駅の改札内にある駅そば屋さん「杜」の「牛タンコロッケそば」。 全国48の駅そばを紹介した『ご当地「駅そば」劇場』(鈴木弘毅著・交通新聞社新署)にも登場した仙台ならではの駅そばです。 ミンチにしてたっぷり詰め込んだ牛タン。 そばつゆが浸みこんだコロッケを一口かじった瞬間、牛タン独特の香りがヴヮ〜っ!と広がるよ(^^ これでたったの370円。
ということで90円プラスして唐揚げをトッピングしたんだけど、この唐揚げの大きさ見てよ! あ〜 満足満足(^^ |
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2010年12月23日
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ご存じアンパンマンの原作者である漫画家・やなせたかし。 現在、日本漫画家協会理事長でもあります。 でもさ〜、やなせさんの漫画を見たことある人って最近はいないんじゃないかな? アンパンマンもそう。アニメや絵本は知ってるけど、漫画は見たことないって人がほとんどだと思うんです。 やなせは、戦後間もなく大衆雑誌で大人漫画を描き始めます。 ↑『風流マノラマ富士』(「別冊モダン日本」1951年7月号) ↑『なつかしのヒラヒラ島』(「笑の泉1962年7月号) どれもヌードのグラビアや芸能界の噂話、風俗などといった内容の大人向け雑誌です(^^; そして、1962年、43歳の時に「手のひらを太陽に」を作詞。みんな知ってるよね(^^ 僕らはみんな生きている〜♪ 1966年ころから、詩や絵本になどでも活躍をはじめます。 そして1967年「ボオ氏」で週刊朝日漫画賞。 ↑『無口なボオ氏』 1969年には手塚治虫の劇場アニメ「千夜一夜物語」で美術監督兼キャラクターデザインを担当しました。 とはいっても、その後も漫画家としてはパッとしませんでした。 なかなか芽が出ず、アンパンマンが人気になったときには、すでに50歳を超えていました。 ホント遅咲きだったんですね。 では最後に数少ないアンパンマンの漫画をご紹介。 ↑アンパンマンの誕生シーン。 ジャムおじさんは言葉の最後に"がんす"を付けるでがんす。 ↑ひもじい人を助けるのがアンパンマンの仕事でがんす。 やっぱり、ちょっとグロい? ジャムおじさんのことを"パンパパ"よ呼ぶんでがんす。 今年で91歳!これからもがんばってくださいね〜
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