|
"ギララ"や"妖星ゴラスのロボット"など、比較的最近のマルサンソフビを紹介しましたが、たまには当時モノを(^^ ギャンゴだよ〜
かわいいね〜 実際のギャンゴも茶目っ気たっぷりでしたが、こちらも負けてませんよ。 本放送では青島幸男がゲスト出演し、ギャンゴに負けずコミカルな演技をみせてくれましたね。 まさか、その後「泣いてたまるか」でまたまたギャンゴに追われることになろうとは(^^; |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年06月01日
全1ページ
[1]
|
ここでは、廃線時まで現役で活躍した車輌を紹介します。 「くりはら田園鉄道」には「KD95」の1〜3号車、「KD10」の2両編成、若柳駅構内で列車の移動に使用される「DB101」と保線車両1台が在籍していました。
カンテラ風の前照灯が特徴で車内はセミクロス仕様で椅子や床に木材を使用したレトロ調レールバス。 形式記号のKは「くりはら」、Dは「ディーゼル」をあらわし、これらの後につく番号は導入年数および号数です。 たとえばKD951の場合は1995年に導入された”くりでん”の気動(ディーゼル)車の1号機となります。 ↑KD951 ↑KD952 ↑KD953 KDの車内 ↑栗原電鉄時代の架線跡がそのまま残されてました(^^
学校開校時の通学時間帯にのみ使用されましたが末期は稼動することも無くなってしまいました。 ↑塗装は名鉄時代のまま。
|
|
宮城県北部、登米市と栗原市を結ぶ25.8Kmの路線「くりはら田園鉄道」(通称くりでん)は大正 7年12月15日「栗原軌道株式会社」として発足以来、地域住民の足として、また細倉鉱山の貨物輸送そして栗駒国定公園への観光などで重要な役割を果たしてきました。 昭和16年には「栗原鉄道株式会社」、昭和30年には「栗原電鉄株式会社」に商号変更。昭和39年には「陸前乗合自動車株式会社」と合併し,「宮城中央交通株式会社」に商号を改めましたが、昭和44年にバス部門を分離し再び「栗原電鉄株式会社」と改めました。 しかし、年々減り続ける乗客数、細倉鉱山の廃鉱などにより欠損補助金助成が打ち切られ廃線の危機に陥ります。が、平成5年12月15日より経営を第三セクターに移管。電化を廃止し平成7年4月1日より「くりはら田園鉄道株式会社」に商号を変更し現在に至っています。 そんな「くりでん」も2007年3月31日をもって90年の歴史に幕を閉じました。 「栗原電鉄」時代には「男はつらいよ」のロケも行われ、第41作『寅次郎心の旅路』のロケでは寅さんはM15型に乗車しました。
|
全1ページ
[1]




